2019年5月31日金曜日

定番時代劇のお決まりごとが通用しなかったら

20180529

 日本の時代劇には定番時代劇というものがある。きっちりパターンが決まった勧善懲悪のドラマである。その代表的なものはなんといっても『水戸黄門』である。悪人が出てのさばっている場所に行き合わせる、決して最初は身分を明かさない、そしてさんざん悪事を働らかせたところで悪人の前に黄門さんが登場する。おつきの助、格さんのセリフは毎回決まっている 「えぇぇい!静まれ、静まれ、この紋所が目に入らぬか」といって葵の紋章の付いた印籠を掲げる。しかしこれだけの提示だけではわからないかもしれないと親切に、「ここにおわすお方を何と心得る、恐れ多くも先の副将軍、従三位中納言水戸光圀公なるぞ!」 というので、この白髭のじいさんが天下の副将軍、徳川光圀であること悪人どもは認識し、「へへぇぇぇ~」と平伏して恐れ入りかしこまる。そして平伏する悪人に適した罰を与えてめでたしめでたし、となって大団円を迎え、次の漫遊地に向かって出発する。これが毎回の定番のお約束事である。

 黄門一行は助、格さんがいるので腕っぷしも無茶苦茶強いし、隠密に似た義賊の弥七という忍者みたいな能力を持つものも影からついて回っている、そのため、力だけで悪人をぶちのめし抑えることもできるが、解決には必ず身分を明かし、相手を平伏させている。先の副将軍、従三位中納言・・・というのはどれくらいの身分かというと武家でこれより上位の人はたった三人しかいない。征夷大将軍と御三家の水戸以外の二家・尾張と紀伊である。だから諸国漫遊に出かけ、地方で身分を明かされれば大名でさえ圧倒されるのであるから、ましてや陪臣や代官、役人などは地に這いつくばざるを得ない。

 しかし、昨日の水戸黄門の再再々・・放送を見ていて、この定番の「えぇぇい!この紋所が・・・」というのが通用しない悪人相手がいて、思わず笑ってしまった。決して、黄門さんの身分を知らなかったわけでも、無視したわけでも、破れかぶれになったわけでもない、ではいったいどうしてそんな定番狂わせの事態になったか、まず昨日のその場面を見ていただきたい。印籠の紋所を見せた後である。


 いったいこの不思議な御仁は何者?麿(まろ)だの、帝の臣なるぞ!とか文句をいってかしこまる気配はありませんね。この人は公家なんですね。公家は京都にいて天皇の廷臣ですから、まず、この悪公家がいった、麿は帝の臣で徳川(セリフでは徳川をトクセンという読み方をしている)の臣ではない、というのは事実です。ですから武家のヒエラルヒーの上下の服従は受けないというのは理論的に正当な主張です。また幕府が導入した官位秩序による上下を考えてみると黄門さんは従三位(じゅさんみ)中納言です。対す麿さん・悪公家は三位と言ってますね、これ正三位(しょうさんみ)のことです、そしておそらく近衛大将も持ってますから、黄門さんの従三位中納言より位階でも官位で上ということになります。だからこの悪公家が全然かしこまらずにえらそうにしているのです。つまり黄門さんの定番の葵の印籠の効き目が全くない事態となっているのである。

 悪公家さんは「そのほう、麿を何と心得る!恐れ多くも帝より三位の位を賜るもの、そのほうごときが・・・」って言ってますが、これ黄門さんがいつも悪人を平伏させるときに使うセリフほとんどそのまま、えらい皮肉なお返しとなって返ってきてますね。これは困りましたね、これでは大団円に持っていけません。無理に解決に持っていく方法は何かないのでしょうか。

 身分で恐れ入らせることができないのなら、お得意の「腕力・武力」でねじ伏せる。相手の悪公家は見たところ弱々しそうなのでブチのめすことは難なくできそうです。しかし、そうなるとお決まりの締めはできなくなり、暴力でねじ伏せて終わりという悪人らと変わらぬ手法で無理に解決させるということになり、後味が良くない結果になりそうです。

 黄門さんも諸国漫遊では地方には自分より身分の高いものはまずいません。黄門さんの従三位中納言の位は地方では超越した位なので、葵の印籠も役立つわけです。しかし京都はちょっと違います天皇の廷臣には黄門さんより位階官位が高い人はいくらでもいます。貧乏公家で下級旗本くらいの収入しかない人でも黄門様より高い位階官位を持ってますから、京都では黄門様にかしこまらない人が多くいるわけで、この悪公家もそうです。

 結局、どんな解決になるのか、力で無理やりねじ伏せて終わらせるのか?と続きを見ると、なんと悪公家が「ざまぁみろ、マロは、お前より偉いんだぞぉ~」と得意顔をしているところに、第三の人物が登場します。それは天皇の廷臣のトップ、従一位大臣の位を持つ公家です。この人は黄門様と顔見知りのエエ者(黄門まの味方)です。この人があらわれ三位の卿に向かって「悪事はすべておみとうしじゃ」というわけです。悪公家よりずっと身分の高い大臣が出てきたの悪公家はかしこまらざるを得ません。

 なるほど、こういう手があったか。ということで、葵の印籠の威力はなかったが、それに代わる別の権威が出てきて、やはり悪人をかしこまらせ平伏させ、解決の締めをきっちり行うことができました。めでたしめでたしでいつもの大団円で終わりました。

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