2023年5月21日日曜日

弥谷観音拝礼記

  讃岐にある弥谷寺(札所71番)の御本尊は千手観音菩薩さまである。しかし密教寺院らしく他にもさまざまな仏が祀られている。曼荼羅の仏の世界と同じである。山にあるためお堂、伽藍、さまざまな仏さまが、高低差のある位置に立体的に配置されているのも曼荼羅のようだ。

 徳島でも山中にある中津峰の「如意輪寺」、上勝の「慈眼寺」、岩脇の「星谷寺」、やはり山にある札所の鶴林寺、太龍寺に雰囲気がよく似ていた。

 昨日、鈍行列車を乗り継ぎ、讃岐三野駅からあるいて弥谷寺に参拝してきました。動画にまとめましたのでご覧ください。

2023年5月19日金曜日

明日からJR運賃も大幅値上げ

  これからみどりの窓口にいって明日の土曜日に使える四国内一日普通列車フリー切符(四国再発見切符と名づけている)を買うつもりだ。この切符は土日・休日しか使えない。先日の土日のいずれかに讃岐・弥谷寺参拝を考えていたが雨で流れた。しかし明日の土曜日は朝から晴れ間が広がるので、値上げの前日の今日、そのフリー切符を買う。今日までだと明日以降に使う切符でも値上げ前の運賃になる。

 天気は良さそうだが私の体調はそんなに良くない。昨夜は前立腺の具合が悪く、頻尿、しかも排尿困難で睡眠も十分取れなかった。しかしこの歳になるとなんやかやと体の故障が出てきて絶好調の日など望むべくもないし、比較的良好な体調を待っているといつまでたっても行けないような気がして、思い切って明日讃岐・弥谷寺参拝をすることにした。

 よほどのことがない限り明日列車で観音寺の手前のミノ駅まで行き、そこから4kmほどを歩き小さな山の中腹にある弥谷寺へお参りする。行きも帰りも鈍行普通列車乗り継ぎなので徳島帰着が午後7時半くらいになる。無事参拝が済んだらまたブログにアップしようと思っている。

2023年5月14日日曜日

今回は結局行けなかった「弥谷寺」札所71番

  せめてミニ四国八十八ヶ所参り、あるいは数ヶ寺を限っての遍路(これが遍路といえるかどうか問題だが)をやろうと思っていることは前に話した。次に行きたいと思っているのはまだ一度も行ったことのない讃岐の「弥谷寺」である。そう高くはないが弥谷山(382m)にある。ここは全山寺域といってもいい広い寺で古くからの密教寺院らしく、各所に護摩堂も含めたお堂、塔頭が散らばり、山のアチラコチラにたくさんの石仏があり、数え切れないほどの梵字や名号が彫られた崖、また四国では珍しく磨崖仏の釈迦三尊像もあるという。あらかじめ寺の説明や写真なんかを見るといかにも霊験漂う聖所の雰囲気を醸している。、また密教美術や密教の歴史好きには是非行ってみたい寺院である。

 山であり寺域が広いので少なくとも3時間は参拝に確保したい。ただ讃岐にあるのでこちらを早朝出たとしても駅(みの駅)着くのは午前十時、そこから歩いて弥谷寺口まで一時間、それから三時間寺域を参拝し、また一時間かけて駅まで、そして後は乗り継ぎひたすら帰るだけ、徳島駅着が午後7時台、山歩き三時間、駅往復歩きで二時間、でも帰りは鈍行列車で4時間だからこの間は列車でくつろぎ休める。まぁこれならジジイの私でも行けそうである。なぜ特急で行って往復の時間を短縮し、あちらでの滞在時間を長くしないのかと思われようが、できるだけ金をかけずに回るのが修行の一つと心得、その実、貧乏でできるだけ金を節約したいと思っている。ので切符は四国内一日鈍行乗り放題で2200円のお得周遊切符、だから特急には乗れないし、また仕えるのは休日(土日、祝日)のみとなっている。

 そのように胸算用で行こうと決めたのが連休前だった。連休はこの周遊切符が使えるが連休中は乗り物も含めどこも大満員であるので、敬遠して連休が終わった昨日・今日の土日のいずれかに行くことに決めていた。ところが昨日今日と雨、以前太龍寺の急坂をドすべって足の骨をベシ折ったこともあり、小雨でもぬかるんだり滑りやすい山坂を歩くのは危険なので、結局止めた。

 じゃぁ来週の土日はと、思うが、どうしてもこの土日に行きたかった。それはJR四国の切符が十数年ぶりに値上げされそれが今月の20日(土)なのである。前の値上げは3パーセントびゃぁだったが今回は大幅値上げで20パーセントも上がる。今度の土曜日から上がるのである(ただし前日までに日を指定して買えば一ヶ月以内なら前の運賃が適用される。)諸物価値上がりでこれも仕方ないと諦めなしゃぁない。でもこの雨で当分行く気も萎えてしまった。

 江戸時代中期の弥谷寺(山全体にさまざまな密教の聖所が広がっているのがわかる。阿弥陀三尊磨崖仏も崖壁に彫られているのがわかる。

磨崖仏と本堂の拡大図(本堂・観音堂の右の山の崖に三尊像と名号などが彫られている)

 下が弥谷山鳥瞰図

2023年5月10日水曜日

  夢は未来に向かって見ることもできるし、また過去に向かって見ることもできる。若者は未来に向かって大いに夢をみればいい。もしかすると実現する可能性もあるからだ。しかし本質的に夢は「心の作りだす幻(まぼろし)」と言っていいだろう。100パーセント実現することが無理でも、「夢」は、そうなったときのことを夢見ることができる。歳が行くと未来だけでなく過去に遡っても夢が見られる。すでに確定してしまった「過去」ながら、あのとき、こうであれば、こうなったかも知れない。とちょっぴりの悔悟を感じながら、過去を自分なりに少し手を加えて夢見られるし、あるいはまったく別の(人生だった)過去も夢見られる。ともかく心の作りです幻だから「自由奔放」に、そして「世間の道徳・規律」に関係なく夢はみられる。

 上に述べたことはいわゆる「白日夢」である。これは目覚めていながら頭の中でいろいろなことを表象しながら考えるのである。椅子に座って何もすることがないとき、あるいは寝そべってこれまたボンヤリしているとき、その「白昼夢」をみる。もともと私は子どもの時から、弱い性格だからか、厳しい生活環境からか、夢見がち(白昼夢にのめり込む)だった。もちろん良いシュチュエーションの「夢」を空想するから、気分がよかった。しかしこの歳になると子供の頃はよかった「白昼夢」もすぐ現実が侵食してきて、子どもの時のように手放しでイイ夢には没頭できない。それでもこんな爺になっても未だに実現不能な夢をみる。子どもの時と違うのは過去について夢を見ることが多いことである。そのことを「白昼夢」といったが、爺になってこのような白昼夢に浸ることは、言い換えると「過去の思い出についてあれこれ夢想する」といったほうがぴったりするかも知れない。

 夢は目覚めながらみる「白昼夢」と睡眠中にみる「夢」がある。「夢をみた」といえば、白昼夢よりむしろこの「睡眠中の夢」のほうをさすのが本来の夢であろう。睡眠中の夢はバーチャルなものでまるで映画を見るように風景、人物、本人も含めた特異なキャラが現れる、中には天然色の夢もあるから、白昼夢の場合でイイ夢を見たい場合は、ひたすら頭の中で表象しながらもくっきりとは描ききれない「夢想」より、「睡眠中の夢」のほうがくっきりとした現実感があるということで断然いい。

 しかし高齢になっての睡眠中の夢はほとんどが「イイ夢」でなくなっている。もっと別の言葉で言うと「寝覚めの悪い夢」である、悪夢とまでは言わないが、目覚めるとほとんど忘れてはいるが、なにか重苦しいような、切羽詰まったような、断片的な、筋の通らない、夢見ばかりであり、目覚めて数秒は覚えているが、脈絡のないものですぐ消えてしまう。しかし嫌な夢見の感覚は残っている。もともと鬱の傾向があり、安定剤のお世話になっている私である。朝はだいたい鬱が多いから、それと悪い夢見がかさなって気分は余計暗くなる。浅い睡眠と寝ても取れない疲れがその原因だろうな。

 高校の時見た(睡眠中)夢はドキドキするのもあったが、ジジイになってみる夢と比較すればみんなイイ夢であった、少なくとも重く沈潜するような夢はなかった。それは50数年たった今もその高校のときの夢の幾つかを覚えていることでもわかる。よく空を自由に飛ぶ夢をみた、急に墜落してハッと目覚めたときもあるが、目覚めの気分は良かった。他にも好意をもった人の夢もみた、あれやこれや・・。あぁ、歳ぃいくとそんなイイ夢なんど見ないわ。

 ところで自分は過去を夢見がちといったが、近未来にもある夢があった。それももしや実現するかもという夢である。それは歩いて四国八十八か所巡礼の通し打ちである。しかし今年になってそれを現実化しようと具体的に考え出すと、体力、気力、財力、また一人遍路をするにあたってのコミュニュケーション力、などを考えると、まず現実化することは無理と分かった。現実としては、せめて巡礼古道を日帰りで歩いたり、難所あるいは関所寺といわれるところを数か所回ることが実現可能な精一杯のことである。

 まず無理とは思いながらも、そのことを頭で考えていると「白日夢」に近くなる。以下は私の白日夢である。

 預金もすべて持って遍路の旅に出る。もう家へは帰らぬつもりだ。巡礼旅の途上、どこか山奥で行き倒れになり、死ねばよい。人の通らぬ山の細道で、夏なら丈の高い夏草が、秋なら積もる落ち葉が遺体を隠してくれれば理想的だ。旅に死んだ詩人は古来より多い。西行法師、一遍上人、松尾芭蕉、新しくは種田山頭火などもそうだ。ゆっくり歩いて、今までの生活ではじっくり見れなかった、海や川を見、そして寝ころびながら仰ぎ見る青空や雲、そして山奥の冴えわたる星空、など見つつ自然と一体となり、この身も朽ち果てればもう言うことなし・・・

 そんな理想的な「聖」のような生涯の終え方など無理とはわかっている、だから白日夢なのだ。

 今、夢ではなく、少し遠くの日帰りの札所参拝を計画している。今まで行ったことのない寺「弥谷寺」である。JRを利用し一番近くの駅から歩いていく、かなりの距離あるが、それくらいなら歩けそうだ。片道一時間半でいければいいと思っている。少し険しい場所にある寺で、ましてや県外(香川西部)にあるため、ほんとに日帰り参拝に出発できるかどうかまだわからない。私は先にも書いたように朝は極めて気分が悪く、鬱に近くなるので午前6時過ぎに家を出られる気力があるか、自信がない。このようにブログに書くとそれが既成となっり無言の強制力となって実現するかもしれないと、今ここにこうして書いているが、実のところ、行けるかどうかわからない。もし行けなかったら、これもまた夢で終わる。行けたらまたブログにアップしたいと思っていますが、うぅ~ん?実現は半々かな。

 下は弥谷寺鳥瞰図


2023年5月5日金曜日

イチゴのスウィーツを食べた

  海が見たかったので友人の車で大神子海岸へ行って海を見た。休日でそれもこどもの日のためか大神子海岸の手前の日の峯遊園にたくさんの親子連れがいてその駐車場も満杯、そこからすぐ近くの大神子に行っても駐車場はほぼ満杯、海岸の松林にも人が多く、バーベキュウの煙が立ちこめていた。

 風が強い中、何するでもなく海岸の砂利の上にたってボンヤリと白砂と打ち寄せる波を見つめていた。



 南バイパスを通っての帰り道、噂に聞いていた喫茶「カサブランカ」によった。今期間限定のイチゴフェア(イチゴ大盤振る舞いスウィーツメニュー)をやっているのでそれを食べてきた。値段は結構高いが新鮮で大きなイチゴがたくさん入っている。

 下がイチゴスウィーツメニューの全て、みなさんならどれにします。あ!下のメニューのブラボー、と超ブラボーは売り切れてました。で、友人はイチゴのドーム、私はイチゴのヨーグルトにしました。イチゴが少ないように見えますが器も大きくヨーグルトに隠されているだけで中はイチゴがゴロゴロたくさん入ってました。値段に見合っただけの価値はありました。イチゴの獲れる期間限定なので今月中旬でイチゴフェアは終わります。

2023年5月4日木曜日

立江八十八ヵ寺

 「立江町新四国八十八ヵ所霊場散策コース」という信心散策を兼ねた周遊路が定められている。下に地図をあげておく。


 昨日、その周遊道を回ってきた。その名の通り、各八十八ヵ寺の御本尊の石仏とそれとペアになったお大師さんの石仏が周遊路に配置されている。いつかは行きたい八十八ヵ寺歩き遍路を、と思っていたが気力、体力、金銭も十分でないこのジジイにはちょっと無理である。そこで本格的な歩き遍路はできない代わり今回この周遊路の八十八ヵ寺を参拝してきた。


 参拝の作法は左にあげてある本「四國徧禮道指南」しこくへんれいみちしるべ、と読む)によった。この本は貞享四年(1687年)に発行されたもっとも古い遍路のガイドブックである。著者は眞念(しんねん)、僧侶か修行者である。これによると各札所前で「光明真言、弘法大師の宝号を唱え、各札所の歌(御詠歌)を三回詠む」とあるので、各札所の石仏二体(ご本尊、御大師様)の前でその通り行った。



 立江寺から10分も歩かないうちにその入り口がある。


 少し行くと立江寺奥ノ院といわれる清水寺がある、寺というよりお堂である。


 そのすぐ横に一番札所霊山寺の御本尊・大師の石仏が祀られている、いよいよここから八十八ヵ寺参拝だ。


 道脇にヘビイチゴの真っ赤な槳果(ベリー)があった。名前のせいで嫌われるが、毒はなく、甘くはないが色が美しく、栄養価は高そうである。小鳥や昆虫などが食べている。


 ほとんどの周遊路はこのような竹林の中の道である。


 少し見晴らしの聞くところから立江の町と水を入れたばかりの田がみえる。


 周遊路のもっとも高い場所あたり、標高127m


 下っていると竹林の間から紀伊水道がみえる、沖には船もみえた。


 丁度三時間かけて最後の大窪寺札所の石仏の参拝を終える。最後の八十八番目は「景岩寺」の境内にある。下は周遊路の出口

 八十八ヵ寺、もれなく作法通り参拝した。一つ一つのご本尊様を光明真言、大師宝号、御詠歌をとなえ、特に薬師如来様のところでは、別に兄弟、友人、知人が壮健であるよう、あるいは病がいえるよう祈った。薬師様は数えてはいないが八十八ヵ寺のご本尊の半分くらいではないかと思った。
 
 瑠璃光薬師如来様 みんなが無病息災、あるいは病が癒えますように
 オンコココロ センダリ マトウギ ソワカ

2023年5月2日火曜日

五月の薫風

  5月に入った。昨日は天気が良く、日射しはキツイ、木々の新緑が輝くようだ。日中はかなり暑くなったが、風が若干強く、気持ちが良い、こんな風を「薫風」というのだろう。アチラコチラではその薫風に泳いでいる鯉のぼりが見られる。


 市内中心部を歩いていると大勢が舗道を一列になって大きな旗や差物をもってゾロゾロ歩いている、一瞬何事かわからなかったが、「あ、今日はメーデーの日」だと気づいた。昔は♪~立て万国の労働者~♪、と歌い、行動にも熱狂が見られたが、何か言っちゃ悪いが今はおざなり感がある。全体的に、中でも若者の労働者としての意識は昔とずいぶん違ってきている。



 同時に思い出したのが5月1日は「スズランの日」ということ。四国には残念ながらスズランは自生していないが本州中部以北や北海道には野生のスズランが群れているという。栽培種ならこの徳島でも手に入るが、最近の花の流行からは(花が小粒なのか)逸れているためか花屋の店頭ででも見かけない。



 もう終わりつつある「藤」「ツツジ」などの花は野生種とそう変わらない。私はこのような野生に近い花が好きだ。そういえば今、野原や藪の中では野生のバラの「ノイバラ」が小さな白い花を咲かせ、いい香りを漂わせている。もちろん私は栽培種の大輪の薔薇の花よりこちらの花を愛でる。