2012年3月24日土曜日

やまさん中世を歩く 番外編 エピソード1

 夜もしんしんと更けてまいりました。お二人が焚火を囲んで何やらしんみり、お話をしております。今夜は番外編としてお二人のお話しから世にも悲しい夜話しをお送りいたします。

 我等が旅をしていてときどき見かける子供の集団、そしてそれを取り囲む厳しい顔をした大人、だいたいは畿内(京阪神地方から)から東国へ向かう一団である。

 「さて、これをなんと見る?」


 これは、東国へ子供たちが売られていくところである。中世は人身売買が認められていた社会でもあったのである。
 育てられない親から幾ばくかの金を支払って買ったもの、孤児を引き取ったもの、さらには
 「人さらい」
 今でいうと誘拐である。ただし、この時代であっても「人さらいは」御法度!許されぬことだが、自力救済が優先され、治安警察権など無きに等しいこの時代、されわれたら、子供を力ずくで取り返さぬ限り、誰も助けてはくれない。

 これらの子供は東国などの、この時代、開墾が進み、労働力を欲していた国に連れて行かれ、売られたのである。

 さてここに一人の母親が登場する。京都で夫婦と一人息子と楽しく暮らしていた。これが母親である。
 夫婦と子供で旅をしていたが、何かのひょうしに夫に行き遅れて母子2人になってしまった。その隙に子供は人さらいにされわれてしまった。半狂乱になって夫婦は子を探したが見つからぬ。やがて夫はそのままなくなってしまった。
 しかし、母親は必死になって探し回った。その結果、東国へ売られていく子供の中によく似た子供がいると聞き、東国へと母親は追いかけていった。

 これ、このような子供であったのだろう。
 下がこの子ども、上の方はもう少し大きい子ども、大きい子どもなので上はさらわれたのではなく親に売られたのかもしれない。髪型がずいぶんと現代的だがこんな頭もこの時代の子供の格好である。大きい子どもは鼻筋の通ったジャニーズ系の顔をしている。いまならジャニーズ事務所に売り込めるのだが・・おっと!今は人身売買はないか!

 さて、それはともかく、母親は子供の後を追って、とうとう武蔵の国(今の東京都)あたりへ来た、探し疲れ、文字どおり半分狂ったようになっていた。
 さらに東へ行こうとすると、そこには大河が流れていた。
 日もしだいに暮れてきた。さまよい行くと、渡し場があり、船頭がいた。


 「日も暮れますよ。乗るなら早く乗ってください。」

 「これで最終便だ今日は大念仏があるから人が沢山集まる。」

渡し守(船頭)がそういうと、女は急いで船に乗った。

 向こう岸へ着くと、対岸の柳の根元で人が集まっている。何だと女が問うと、渡し守はあれは大念仏であると説明し、哀れな子供の話を聞かせる。

 京都から人買いにさらわれてきた子供がおり、病気になってこの地に捨てられ死んだ。死の間際に名前を聞いたら、

 「京都は北白河の〇〇某の一人息子である。父母と歩いていたら、父が先に行ってしまい、母親一人になったところを攫われた。自分はもう駄目だから、京都の人も歩くだろうこの道の脇に塚を作って埋めて欲しい。そこに柳を植えてくれ」

 という。

 里人は余りにも哀れな物語に、塚を作り、柳を植え、一年目の今日、一周忌の念仏を唱えることにした。

 それこそわが子の塚であると女は気付く。渡し守は女を塚に案内し弔わせる。女はこの土を掘ってもわが子を見せてくれと嘆くが、渡し守にそれは甲斐のないことであると諭される。

 やがて念仏が始まり、鉦の音と南無阿弥陀仏が寂しく響く。そこに聞こえたのは愛児が「南無阿弥陀仏」を唱える声である。尚も念仏を唱えると、子供が一瞬姿を見せる。だが東雲(朝が)来る時、母親の前にあったのは塚に茂る草に過ぎなかった。

 この後、女は我が子の幻を求め、狂女となって我が子の名を呼びながらさまよった、その声を聞くもの姿を見るもので涙せぬものはいなかったそうです。


 まことに哀れな話であります。しかし、中世には人さらいの悲しい話はたくさんあります。「山椒大夫」(安寿と厨子王)も有名な人さらいの話です。
 西洋中世でも「ハメルンの笛吹き男」、「少年十字軍」と名前はかわいらしいですが、実体はかどわかし、少年奴隷の売り飛ばしが横行していました。

 哀しい中世夜話し一巻の終わりでございます。


2 件のコメント:

しんさま さんのコメント...

現代は、派遣法という合法的な人身売買の法律がありますし、普通のサラリーマンも人生の三分の1以上を何らかの形で 売り渡した様なもので、その様な束縛や主従関係から自由にならなければ、人生に意味を見つけるのは無理だと、誰かが(シュタイナーだったかな?)言っていたような気がします。キツく心に突き刺さった言葉でした。(+_+)

yamasan さんのコメント...

しんさまこんばんわ、

 おっしゃる通りですね。一昨日もジョージ君とお会いしましたが、いつも現代の労働者の奴隷的境遇、搾取に、2人して公憤、義憤に燃えております。
 昭和2~30年代であれば、
 
 「立て、労働者!搾取の資本家を倒せ!」

 と旗降っているのですが、時代もちゃいますし、肝心の当人が、わたくしは衰亡の極み、ジョージ君もあきらめがさきに立ち、
 いつも「ため息」で終わります。

 しんさま!自由・解放へとあわれな2人をお導き下さい。<(_ _)>