2012年3月23日金曜日

ひとがた・または愛着の付いたフィギュア


 MOTOちゃんのブログで他人の残していったぬいぐるみの処分に困ったいるというのを読んだ。

 残していくというのは愛着が薄れた証拠だが、以前は可愛がって愛着がついていたものに違いない。(そうでなければぬいぐるみや人形は手に入れないだろう)

 しかし愛着がなくなったとはいえ、以前は自分が愛おしんできたものを人前に触れるところに置き去る、あるいはポイするのは好ましいことではない。
 「愛玩動物捨て去り事件」、とよく似ている気がする。可愛くない、汚くなった(病気、高齢の為)、愛情がなくなった、じゃまっけになった。で、ポイする人も同じだと思う。
 
 たかがぬいぐるみ・人形の捨て去りに、そんな大げさなといわれるかもしれない。かたや命のあるもの、かたや無生物、壊れ、いらなくなったら捨てるのは当たり前、でもそうでしょうか?
 一旦、愛着の付いたものを不用意に捨て去る、置き忘れるなどということは、私がいま旅をしている中世日本人には絶対なかったと言えます。

 今日のブログはそんな一旦愛着の付いたぬいぐるみ、人形を平気で置き去り、ポイする人の為に捧げます。

 「愛着」、英語では「attachment」、英語の語源的意味は、at-(ad-)の方に向かってtouch触れる、ということであり、日本語も英語も強いあるものの付着を感じさせます。
 あるものに強い「念」が付着し離れないことを「執着」といいます。もともと中立的意味と思うのですが今は否定的意味が強いです。しかし、これは「愛着」の広義です。強い「念」が「愛情」に置き換えられれば「愛着」となります。
 そして強い「恨み、憎しみ」の「念」も愛着と同じように着きます。

 さて、ここからはちょっと恐ろしい話になるのですが、中世日本人はそのような「愛情、恨み、憎しみ」の念は、ひとがた、人形などに単純に「着く」のではなく、違う言葉の「憑く」と考えました。意味が難しいかもしれませんが憑依、のりうつるとでも言いましょうか・・・
 そうなるとひとがたでも、それにこたえてくれるのか、魂をもったあるモノに変身しました。たんなる物ではなくなります。

 それを「分身」のように見たんでしょうね。そのようにひとがたを見たので、自分の分身に見立てた「ひとがた」に自分の穢れや、災いを移し、それを川に流したりして、穢れ、災厄も同じように流しました。
 「雛人形」のそもそもはそれが起りだとは有名な話ですから聞いたことがおありでしょう。
 また逆にひとがたを憎い相手の分身と見立て、釘を刺して凶事を招くことも行われました。みなさん、丑の刻詣りって知ってますか?憎い相手のフィギュアを真夜中、神社の木に釘で打ち付け呪う行いです。
 中世は盛んに行われました。特にその呪いのひとがたは相手の髪の毛、愛着物を添えれば効果満点だそうです。
 今の人は、愛着のあるぬいぐるみなどを捨ててますが、中世にあれば呪う人には申し分ないアイテムということになります。

 まあ、そんなこと迷信じゃわぃ!と小馬鹿にするのが現代人の作法かもしれませんが、いったん愛着のあったものをその後、ぞんざいに扱われるのは決して気持ちの良いものではないという感覚は、中世人も現代人も同じだと思うのです。
 少なくとも処分はきちんとしてやりましょうね。

 ある日、かっては自分の愛着のあったぬいぐるみが「呪」と書いた札とともに神社の杉の木に釘づけされているのを見るのは気色のいいものではないでしょう。

 また、愛玩物には自分の体からのDNAもついていて、犯罪捜査に役立つという話も聞きます。現代の科学技術によれば、愛玩したものにたっぷりぷりぷりついた汗、皮脂、毛、フケなどからDNA、ひいてはその人の顔かたち、性向、病的傾向までわかる時代です。そんな話を聞くと中世人でなくても可愛がり、モモグリまわっていた人形、ぬいぐるみなどは不用意に捨てられませんよね。

 みなさん!こころしませう!

 現在、下記の申し込みは受け付けておりません

6 件のコメント:

てるゆき さんのコメント...

個人的な意見ですが、いらなくなったものは、他人に残すのではなく、自分で処分したほうが無難かな?

まあ、でも人それぞれ考え方があって無塚しいですが。

あと、古いものは捨てないと新しい未来が始まらないそうですが¨

まあ、自分だけでも少しでも人に迷惑をかけないようにしたいですね。

WHOchan さんのコメント...

みなさんいろいろな考えがあるのですね~~~

勉強になります。

丑の刻参りは近所のお宮番の人が実際見たことがあるそうです。母が小学生の頃の話です。女性だったそうです。呪いの人形は母も見たそうです。怖いですね~~。

自分は物は寿命まで使い切るのが好きな方なのですが、ぬいぐるみの寿命は難しいですね。今施設利用中の中年男性が人形好きなので引き取らせれば? という話もでていますが、自分的にはNGです。軽く寒気がしそうですから。

まあ、これくらい考えての行動になりますのでどんな結果になろうがそれはそれで運命ですね。

あと、yamasanネット販売は謹んで遠慮させてもらいます。自分は女性にはモテないので必要ありません。www

しんさま さんのコメント...

う~、最後はビジネスに結びつけましたか。需要と供給の関係から言えばそこそこ儲かるかもしれませんね。ペット供養とかもあるみたいですし、やってみてはいかがでしょうか?(^.^)

 この手の商売は、目に見えない世界のことをうまく利用し、善意の恐怖心を与えて商品の購入を勧めるという、訪問販売の基本に合致していますね。

 人形供養一体1000~3000円!でいいと思います。って冗談はこのくらいにして、「愛着」という言葉がよく解らなかったので調べていきますと、人間の煩悩の一つとあり、苦しみを生み出す元の大本の三毒の一つの貪欲にあたるとありました。

 煩悩は前から気になっていたのですが、調べるのを忘れておりやっと調べたところちょっと難しいですね。コレダ!という感じで108個書いてないし、もうちょっとよく調べて考察してみようと思いました。(^o^)/

yamasan さんのコメント...

>>てるさんへ

 現代社会はごみの量が半端じゃないですね。でもゴミかどうかの判断は人それぞれ、
 年がいくと、捨てるものでももったいない気がして溜め込んでいきます。そのうちゴミ屋敷になって強制撤去などになっても

 「こりゃぁ~。ゴミじゃなく、資源じゃわい」

 といってる始末。

 てるさんいいこと言ってますね!

 「古いものは捨てないと新しい未来が始まらない」

 やまさんも姥捨て山に捨ててもらおうかな。てるさん、おんぶして姥捨て山につれてってくれますか。

yamasan さんのコメント...

>>もとさんへ

 私はずいぶん怖がりだけど、人を怖がらせる怪談・不可思議譚はだ~い好きです。
 私のしゃべくり怪談で大の男を失神寸前まで怖がらせたことがあります。

 私の見るところMOTOさんはビビる方なんじゃないですか。

 今度この手の話をテーマにするのもいいですね。
 満開の夜桜の下、ぼんぼりのぼんやりした灯りの元で「怪談百物語」に興じるのもいいかもしれません。満開の桜の下には魔がいるそうです。百の物語が終わったとき、がドキドキものですね。

 私は皆さんのおしっこちびらせる自信があります。

 などというと誰も私を花見に読んではくれないから、こんな話はやめます。

yamasan さんのコメント...

>>しんさま

しんさま、最近誰かの影響受けて、歴史好き、仏教好きになってませんか。仏教はいいですよ、現代科学特に宇宙論と相性いいし、仏教やってればアメリカの西海岸の女性にもてそうだしね。
 是非、勉強、研究してください。しんさまの今までの専門分野と重なる部分が多い気がします。

 しんさま、木の実の飾りアイテムを持ってると言ってましたが、お数珠をする男性もかっこいいし、魔除けにいいですよ。

 「愛着」とカッコで囲えば術語っぽくなりますね。でも「愛着」は仏教のみでなく、心理学、哲学でも使いますね。
 もう一つの「煩悩」これは紛れもなく仏教用語ですね。
 私も仏教概論の本を引っ張りでして見ましたが、う~ん!難しい、一言では言えない。また追々、同時並行で一緒に勉強しましょう。