2012年3月6日火曜日

やまさん中世を歩く 号外編 なにぃ~一遍の映画ってか?



 今朝、一遍さんに関して驚くべき今様の情報をみた。

 私は日記のつもりでブログを書いているので書くにあたってあまり参考資料などは見ない。しかし中世の年号を用い、それを西暦に直すとき間違うといけないのでネットを利用検索した。文永12年が建治元年・西暦1275年に当たるのを確かめ、何気なく一遍関連のネットを繰っていると、

 「なんと!今年の5月に一遍の映画が封切られるとある。」

 「お、しらなんだ。誰が主演で、どんな内容だろうか?」

 見て、唖然、呆然とした。主演は(一遍役)はウド鈴木とある。この人である。
 なぜか、古い親父ギャグの

 「冗談はよしてちょんまげ」

 という言葉が出てきた。ちょんまげならぬ金髪のモヒカンで知られているお笑い系の人である。

 しばらく腕を組んでウ~~ンと唸っていました。
 お笑い芸人がシビヤーな役作りで成功する映画はたくさんあります。決して見ないうちからあれこれ言いたくはありませんが、私の頭の中で最近いやに鮮明になりつつある一遍さんの視覚的イメージが・・・

 「ガラガラ、グワッシャーン」

 まあ、懸念はちょっと後回しにして公式の映画宣伝サイトを見てみましょう。

  ここクリック

 このポスター、絵巻物のこの部分を元にしていると思われます。この図、実は私のブログでは取り上げていません。この超一、超二といわれる大人と子供の女は、一遍の妻と娘、というふうな説が有力です。もちろんそうじゃないという説も存在します。

 この尼にしてはなまめかしい女性、そしていたいけな娘と一遍がどんな関係やいきさつで一緒に旅しているのか私の想像力を刺激するものですが、あえて取り上げませんでした。

 この絵巻以外あまり資料がないのでこの絵を説明しようとなると、かなり勝手な創作が入る恐れがあるからです。妻や子供と仮定すると、家族ともども死出の旅路と言ってもいいような、一緒に出家して旅をするという、当時としてもとんでもない行動について納得する説明がいるでしょう。ということはだからこそ、創作や小説の主題にはこのような場面をとりあげるのでしょう。

 映画でもおそれずに夫婦・子ども説をとり、この絵の関係をそのような解釈のもとに夫婦・親子恩愛の物語に仕上ています。やはり映画も儲け商売ですから娯楽性は欠かせないんですね。

 超一、超二の女優さんは美しい人のようです。映画の見せ場を作るのにいいですね。ストーリー性のある映画ですから淡々とした日本紀行のような旅や驚嘆するような宗教譚の寄せ集めでは観客が退屈するでしょうからね。
 そういう意味で大胆な創作・脚色は許されるべきだと、まあ、納得します。

 私の頭の中の一遍さんとは全然別者というふうに考え切ることにします。封切りは5月ですから、私の一遍さんとの中世の旅ブログはもう終わっているでしょう。この私のブログが映画からみょ~~~な影響を受けることは避けられそうです。

 「それにしてもウド鈴木ねぇ~、イメージが違うんだけど、どんな一遍に仕上がっているか見てみたい気もします。」

2 件のコメント:

しんさま さんのコメント...

一遍さんとウド鈴木、イケてると思います。と言っても一遍さんもウド鈴木もよく知りませんが、一遍さんの踊念仏と、ウドのポケビやウリナリ社交ダンスで慣らしたキャラがマッチするからではないでしょうか。私は実はウドちゃんは密かに尊敬しておりました。理由は完全に天然の芸人に見えるからです。地で芸人やっってますよね。というわけで、この映画ちょと見ものですね。(^.^)

yamasan さんのコメント...

おおお、さすがしんさま!

 まだここまでの旅では、一遍は踊りのインスピレーションは感じていなくて、念仏踊りを始めていないんです。

 そのため「踊り念仏」とか「踊り」とかいうキーワードは一度も使用したことがないんですが、早々としんさまに先取りされてしまいました。

 そうなんですよね。私が名づけるに一遍は

 「中世日本のロックンローラー・・イェ~イ」)^o^( !(^^)! ヽ(^o^)丿

 なるほど、しんさまの情報によるとこのウド鈴木、ダンスが得意なんですね。
 じゃあ、私も見方を改めます。踊りという観点から見るとミスマッチじゃないですね。

 楽しみになってきました。