2012年3月13日火曜日

やまさん中世を歩く その16 旅の苦しみ


 中世は今のように道路も舗装されていない。細い悪路の連続であった。また大河どころか中小の河川でも少し川幅のあるような川には橋もなく、向こうへ渡るのも大変であった。
 江戸時代のように旅籠、茶店などもない。泊まるところの確保も一苦労である。野宿ということも多くあった。食料は自前で持参か、交換によって得るか、縁故者に頼るか、または寺院などのもてなしに期待することもあった。
 治安も良くなく、山賊、海賊が出没し、危険の多いものであった。

 今日は中世の旅の苦しみに焦点を当ててお話を伺いたいと思います。

まず情事姫様に旅の苦しみについてお聞きします。そのことについてどうかご自由にお話し下さい。


わたしは女ですから、一番は身の危険、次は歩くことの苦労ですね。従者が3人いますから、ちょっと安心なんですけれども、徒党を組んだ山賊、追剥にあえばどうしようもありません。

幸い、今は立派な鎌倉殿の御家人、蔵本太郎のぶかず様とご一緒ですから、その心配はなくなりました。妾(わらわ)のような高貴な姫君が旅をするときは、だからこのような武士が必ず、付き添います。

そんなわけで今最大の悩みは、毎晩、歩き疲れて、足が痛くて仕方のないことです。



中世でも、歩かなくていいような何か乗り物があるんじゃないですか?



ええ、それは確かにあります。例えば車。このようなものがあります。



これは牛車です。私が京都で姫君をやっていたときはよく乗りました。しかし、かなり大きな車ですので、都大路のような幅広い坂の少ない道でなければ使用は無理なんです。地方の道ではこうはいきません。使えないですね。

あと人が担ぐ輿もあります。これです。少しの悪路でも大丈夫ですが、今、妾(わらわ)は世を忍ぶ身、輿に乗るなどというような姫御前扱いはされません。


なるほどね。よくわかりました。次に太郎のぶかず様にお聞きしましょう。



そうじゃな。やはり姫の申された通り、悪路には閉口じゃ。わしは騎馬で旅をしておるが、普段の騎馬の歩みは歩く速度と全く変わらん。
 ぬかるみなどあると騎馬の場合全くお手上げとなることがある。

悪天候の場合も困るな。そうそう、この絵巻でも取り上げられておるが、弘安3年ごろ下野国(栃木県)小野寺で驟雨にあってな、この時、聖が諭の言葉を述べられたんじゃ。たいそうなにわか雨で今も印象に残っておる。これこのようにな。
 
 傘をさしていても横殴りの雨、急いで家屋に駆け込む人々を描いている。拡大図を示す。
 濡れた衣服を乾かす人、片肌脱いでくつろぐ人、さまざまである。よく見ると横殴りの雨が描いてある。リアルな雨宿り描写図である。

 傘をさす人、衣をひっかぶり濡れを防ぎながら駆ける人、様々、多くの人は下駄を履いている。下駄の歯が水たまりやぬかるみをある程度避け得た。

悪路や天候などの自然の障害も大変じゃが、人為的な障害もあったんじゃ。山賊・追剥はこの時代でも違法で、鎌倉殿の命を受けて取り締まったが、厄介なのは、関所、それも私関所じゃ。

中世は極めて分権的傾向が強く、武士政権の鎌倉殿でも、公家領や寺院・神社の領地には直接支配は及ばないのじゃ。これらの領主は勝手に私関所を作り、関銭を徴収しても違法ではなかったんじゃ。

そのためあちらこちらに私関所があり銭をとった為、庶民などは大変だったろうと思う。わしは歴とした鎌倉御家人ゆえフリーパスじゃが、おおくの人はそうはゆかなかったんじゃ。

妾(わらわ)のいた京周辺などでは数キロ行く間に7か所も関所があった街道があると聞くぞぇ。もう、むちゃくちゃじゃが、仕方のないことじゃ。


 この年、弘安3年、秋ごろ東北への旅の関門、白河の関を通ったときの絵巻があるから紹介します。この関は私関所ではなく公的な関所、武士が守っているのが見える。太郎のぶかず様と一緒の為難なく通れました。東北の秋で紅葉がとっても綺麗だったのが印象に残っています。

 拡大図です。下は一遍さんが社をお参りしてるところ(関の明神か?)、二枚目は旅人、前を行くのは猟師であろうか。


ともかく中世の旅は様々な障害、苦労が多く、大変なものであった。それだけに信心や修業の旅は、その「旅」そのものが信心を明かす場でもあり、修業の場でもあったんじゃ。この白河の関を越えて東北へ入ったのは秋も深まったころ、これからは冬の旅となる。
       東北の冬の旅がいかにきついものか、皆さん、想像できるかな。
     下は冬東北の江刺郡(今の岩手県)へ向かう一遍一行。雪景色の中、防寒具もなく、寒さに凍えただろうと思われる。
                                                                      

2 件のコメント:

しんさま さんのコメント...

昔はいろいろ大変だったんですね。便利な現代は恵まれていますが、そんなことに感謝することはなく、どんどんエスカレートするばかりですね。しかし、双曲線の進化ですから仕方がないので、行くところまで行きましょう。そこには転換点があるはずですが、折り返した後はどうなるのかと考えるとまた中世のほうに戻るんじゃないでしょうか。これからは原始回帰が人類の方向性になるような気もします。(^.^)

yamasan さんのコメント...

みんな中世より近世、近世より現代、現代より未来がいいと思っているんでしょうね。

 でも妄想好きで、ロマンティストの私は中世にすごく惹かれます。
 もともと「ロマン」という言葉は、中世の冒険譚やロマネスク様式から生まれたんじゃないでしょうかね。

 何度も言いますが私のブログの最初の動機は、中世の凛々しく美々しい衣装をみんなに着せたいというものだったんです。
 これです。私のブログのルーツをもう一度ご覧ください。

http://koromonotate.blogspot.com/2010/10/blog-post_22.html