世の中にはとんでもないことを考える人がいるものです。赤い色の絵の具を作るためにあるモノから赤の顔料を作り出そうとしている人がいました。それだけなら別に何の非難をすることもないのですが、この人は今までの既成の赤の顔料には飽き足らなかったのです。そして驚くようなものから赤の顔料を作ろうとしたのです。
そのお人は18世紀はじめフランス・ルイ太陽王の治世下の貴族、ベロ・ド・スカタン公爵。当時の貴族はみんな芸術愛好家だったのですが、その中でもこの公爵、絵画にのめりこんでおりました。趣味が高じて、絵画の収集ばかりではなく、ご自身でも絵画を描いたりしておりました。(この肖像画はワイが描きました)
大金持ちの貴族ですから、絵筆、カンバス、絵の具なども高価なものを使用しておりました。その中でも絵の具の元となる顔料は今までに知られていなかった珍しい色の顔料を金に糸目をつけず世界中から集めていました。しかしそのなかで「赤」の色だけは国内はもとより世界中どこを探しても気に入った色調の赤の顔料を探すことができませんでした。
熱帯産のカイガラムシを潰した赤、黄金の重量と同じ値ではるばる東洋のヤポン(日本)から取り寄せた紅花の赤、果て万金を出して買った貴重なルビーを粉にして作った赤、どれも気に入りません。
「ああ~~、駄目だ駄目だ、燃えるような赤、情熱的な赤、うっとりとするようなあの血潮の赤、こんなんじゃぁ、ない!どれもこれも駄目だ」
これ以上はないというように世界中の赤を収集しているんだから持っている赤の顔料の中から最もよいのを選んで使えばいいと思うのですが、ベロ公爵は偏執狂的なところがあったんでしょうか、満足せず常にまだ見ぬ理想の赤を追い求めていました。だいたい、「~うっとりするような血潮・・・」なんどと言うあたりから、このベロ公爵の偏執狂どころか変態性も垣間見えてくると思うのですが。
そのように満足のいく赤を求めてもそれが得られず悶々としていたある日、とかくよくない噂のあるマルキ・ド・サド侯爵(後に変態性欲愛好者として起訴され、その変態性交が白日の下にさらされる、それは後々、サド主義、つまりサディズムという言葉を生むのだが)が唯一の友であるベロ公爵のところへやってきて、『人の血から赤の顔料を作り出せないか』とそそのかしたのです。この言葉にベロ公爵は心をとらえられます。「そうだ、人の血そのものこそが赤の顔料として俺の求める赤だ、何とかそれを作り出せれば・・・」 その日よりベロ公爵は人の生き血から赤の顔料を精製することに文字どおり「血道を上げる」ことになるのです。
まず化学に精通している職人を集めねばなりません。当時は化学者というものは存在せず、同じ役割を担っていたのが『錬金術師』だったのですが、社会の評判は良いものであはありません。黒魔術を使ういかがわしい詐欺師、と思われていました。事実、ベロ公爵の集めた錬金術師も見るからに恐ろしげで不気味な雰囲気の漂う人々でした。それらの人とともに公爵邸の秘密の地下室でその赤の顔料を作るための実験精製にとりかかりました。多量の血をフラスコやレトルトに入れ、色々な薬品と混ぜ合わせたり、さらに熱を加えて、蒸留させたり、煮詰めたりしました。当然、堪えられない物凄い匂いがします。広大な屋敷とはいえ、周囲何キロにわたって悪臭が常に立ち込めたため、とうとうベロ公爵邸からは召使も逃げうせ、やがて近づく人もいなくなりました。廃墟のようになった屋敷で公爵と数人の錬金術師が狂ったように赤の顔料づくりに励んでいました。
そのころ公爵の領地では恐ろしい事件が頻発し始めました。多くの娘が突然いなくなるという事件でした。村人たちは公爵が娘を引っさらって生き血を抜いて殺し、その生き血で何かをしているに違いないと疑いました。そしてその疑いが極限に達したある夜、村人たちは手に手に松明を持ち片手には大鎌や先のとがった熊手を持ち公爵邸を襲ったのです。
ちょうどそのころ公爵邸の地下の実験室では娘の多量の生き血からようやくのことにある結晶が取り出されていました。ビーカーの底にその赤い結晶を見た時、公爵は狂喜しました。
「おお、これこそは娘の生き血から作られた、血のエッセンスに違いない。これにある種の鉱物をくわえれば赤の顔料の完成だ。」
それがこれ、今日では『赤血塩』と呼ばれている物質です。
しかしその赤血塩を公爵は赤の絵具として使用することはありませんでした。少量の赤血塩を得た喜びもつかの間、屋敷になだれ込んできた村人たちは地下で多くの血を抜かれた娘の死体と、その血を入れた実験装置を発見したのです。赤血塩をもってベロ公爵は逃げようとしますが怒った村人たちによってベロ公爵はたちまち捕えられ八つ裂きにされてしまったのです。
地下の実験室は徹底的に破壊され、その時、この赤血塩も失われる運命かとも思われましたが、村人の怒りから密かにのがれた錬金術師が一人いたのです。彼は精製されたばかりの赤血塩を持ち出すことにも成功していたのです。
恐ろしい犯罪に手を貸したその錬金術師はフランス国内にいることはできずイギリスにのがれます。それからこの錬金術師は・・・・・・・・・・・・
ちょっとここらで一服!脇道にそれることをお許しいただきワイがこの赤血塩と出会った物語をお話しさせてください。
ワイが高校一年の時の生物の実験の時間です。グループ6人の実験班でした。実験台の上には試験管立に立てられた青い液体の入った試験管が置いてあります。それまでにはずいぶん気色の悪い生物実験をこの実験台の上で行ってきていました。とはいえ15・6歳の好奇心旺盛な悪がきグループですから、女子が「きゃぁ~~~、あれ~~~」と悲鳴を上げる実験も結構面白がってさらに悪乗りしてよけいなことまでやっておりました。
当時はカエルの解剖というのがあり(今は残酷だというのでなくなった)、カエルのはらわたを切り刻んだりしてました。解剖にもマニュアルがあって先生が細かく説明してくれたのですが、そんなもの聞きはしません、勝手に面白おかしくやってました。エーテルでカエル麻酔するのですが、エーテルをしみ込ませた綿を蓋をしないでカエルのいるビーカーに入れ、吸い込んでグループの一人が酩酊状態になったり、またよく麻酔が効かぬのにカエルの解剖をやって、はらわたを切り裂かれたカエルが突然解剖台から飛び上がり、はらわたを引きずりながらとなりのグループの女子に飛びついてほとんど卒倒させかけたりと、いらぬことをして喜んでおりました。
そこでその日の生物実験ですが、地味も地味、いったいこりゃなんじゃ?試験管に入った青い液体一本。鵜の目鷹の目で何か面白いハプニングを引き起こしてやろうと思っているのに何の面白味もない。その時、先生は何の脈絡もなく
「は~~い、今日はトラウベの人工細胞を作りますよ」
ワイはちょっと驚きました。ええなに?人工細胞?人造人間ならフランケンシュタインだが、人工に細胞を作ると、それがトラウベの人工細胞って?ホンマに細胞が人の手で出来るのかいなぁ、いつものいたずら心も失せて科学的探究心がムクムク起こってきました。
そして先生から手渡されたのが例の『赤血塩』数粒だったのです。これを青い液体の試験管に入れるとあ~~ら不思議、本当に生物のように成長し始めたぞ。
さて、その赤血塩は、悪ガキたちの噂では実際に血液から精製された結晶塩ということでした。血から精製とは!いかにも人工細胞のタネにふさわしく、なんか吸血鬼やフランケンの映画のような不気味な興奮と興味を覚えたものでした。
閑話休題、本題にかえり、その赤血塩を持っていた錬金術師、はたしてベロ公爵の望んだ赤の顔料を作ることができたのでしょうか。
次回ブログにつづく
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