2026年2月7日土曜日

翼山温泉へ行ったこと

 


 二日前に徳島バスの「ながいき定期券」を使って香川県引田町へ行き、町はずれの山すそにある翼山温泉に入ってきた。高齢者に人気の天然温泉ということで行った。入ると確かに高齢者ばかりで、ようよう歩きかねている御老人も何人かいました。泉質が神経痛やロイマチスに効くということもあるのでしょうが、70歳以上の人は町内外を問わず入湯料が200円ちゅうのが主な人気ではないだろうか。 

 この日は寒中にしてはぬっくい日だったし、風呂上りの気持ちよさも手伝って、山すその温泉から引田港に近いJR引田駅までテクテク歩いた。微風が心地よかった。引田駅前にバス停があるが、タイミングのいいことに着いた時刻の五分後に帰りのバスがある(鳴門経由)

 そのままバスで帰ってもいいのだけれども、大坂峠越えの汽車の旅もエエじゃろな、と思い、駅で汽車の時刻表を見ると一時間半後に徳島行きの普通列車がある。一時間半あれば引田の旧町筋や港などが散策できるので、汽車で帰ることにした(板野経由)。 

 この町はブギウギの歌で一世を風靡した(80年ちかく前のかなり大昔やが)笠置シズ子が生まれた町である。これは駅前にある町の地図と笠置シズ子の看板


 旧町筋を通って港まで出た。播磨灘に面しているが、港の右方にある山には中世後期に山城引田城が築かれていた。中世の山城に興味があり、行ってみたいが、一時間半という制約もあり、次回ということで港から動画だけを撮った。左にある山が引田城址。

 

 旧町筋にも紹介したいものが多々あるが、2月28日~3月3日までその旧町筋で「引田ひな祭り」が大々的に開かれる。そのためまた翼山温泉に入りがてら、それを見に来ようと思っているので、その機会にまたブログをアップします。


2026年1月17日土曜日

昭和の価格が残っている嬉しいお店(施設)

 

 今日、大衆食堂で昼飯を食べて、午後二時前、まだ明るいうちに銭湯に入ってくつろいだ。その合計に使った銭が〆て700円、信じられまっか?


 中洲町にある某大衆食堂でおかず+ごはん+味噌汁の定食が400円、味噌汁は具たっぷり、おかずは並んでいる皿から一品を選ぶ。今日私は焼き鮭を選んだ。内訳はおかず一皿200円、味噌汁100円、ごはん(小)が100円で全部で400円となる。私としては満腹で満足感のある昼定食だった。

 この店、去年、知人から聞いて知った。何度かここでお昼を食べている。安さが魅力だが、それだけでなく、どのおかずも手作り感あふれる一品である。若い客はから揚げとかフライものが人気だが、ワイのような高齢者の好きそうな、すき焼き風の野菜の煮つけ、肉じゃが、葉野菜の白和えのようなものもあり、選択の幅は10種類以上ある。

 もう55年以上も前だが、ワイが学生の時、よく通った「定食屋」の雰囲気を、この令和の時代にも残している大衆食堂がこの店である。雰囲気だけでなく、嬉しいことにその定食の価格も昭和時代と変わらない。


 そして午後から銭湯へ行った。入湯料は300円、今、県下の銭湯の共通の入湯料は450円であるが、ここはそのような横並びの価格設定ではなく、唯一、300円を保っている。300円と言えば昭和の末期の銭湯の値段であろうか。

 300円ではあるが、安かろう悪かろう感はなく、清潔感のある銭湯である。普通の湯船以外にもジェットバスが3種類もあり、狭いが露天風呂、サウナ室もある。みんなコンパクトであるが、譲り合い、次々とそれぞれの場所を回れば、楽しめて、湯めぐりの満足を味わえる。脱衣場の壁に大きく『コンビニ銭湯』と書かれたボードがかかっている。なるほど!このコンパクト感がコンビニ銭湯といわれるいわれかと納得する。また、「コンビニ銭湯」とは「コンビニべんとう(弁当)」ならぬ「コンビニせんとう」のもじり、ダジャレか、とほほえましくもある。

 おいしい昼飯を食べ、お風呂でくっつぉいで、700円、遠くなりつつある昭和時代の価格がこの徳島の一部にはまだ残っていました。

2026年1月10日土曜日

今年初めての投稿です。今年も読んでくださってありがとうございます


  小ンまい時の年末を思い出して、大晦日、ちょっとぶらついてみました。

 明治生まれのバアチャンが、ションガツ用の魚などをここで買ってきていたことを思いだし令和七年末の『中洲市場』をぶらついてみた。昭和30年代と比べると、お店の規模も、買い物の人出も、比較にならぬほどしょぼくなってしまった。それでもいつもよりは多い客が買い物をしていた。


 事情があってワイは祖父母に育てられたが、冬休みは(大晦日前か、あるいは新年を迎えてか、その年々によって違ったが)神戸に住んでいた父親の元に祖母に連れられて毎年行ったものである。当時(昭和30年代)神戸行の交通手段は、小松島港まで汽車で行き、そこから阿摂航路の客船に乗って神戸・中突堤へ着く方法であった。ワイらは大抵、深夜便に乗船し、早朝神戸港に着く時間帯であった。船底の三等船室で貸し毛布にくるまって寝ているうちに着くのである。よく乗った船便の名前も憶えている。「あきつ丸」である。そして東野 英治郎似のおじいちゃんが船長さんだったことを覚えている。その人は丁寧な船長さんで、出航前に三等船室まで下りてきて毎回挨拶されていたこともあわせて覚えている。

 そんな年末年始、ばぁちゃんに連れられて乗った阿摂航路出航の思い出の地をぶらついてみた。汽車の終着となる小松島港駅も路線自体が40年以上前に廃線となり、今は駅舎もない。(神戸・大阪行の)阿摂航路も今はない。駅舎のすぐよこにあった阿摂航路出航の岸壁のみがこのように残っている。往時、京阪神へ行く人でにぎわったことが嘘のような静けさ、淋しさである。


 そして新年!元日はあまり動かず、寝ションガツ状態、2日はむっくり起き上がり、友人の車で初詣、ホンマは氏神さんへお参りするのが本筋なんじゃろけんど、最近は、そんなのにかかわらず、有名な神社、賑わう神社へ、皆は行く。そこでワイらも

 「どこ、いこか、大麻はん?箸蔵はん?津の峰?うぅ~~ん、どこでもかんまんけど、できたら、眺めがよ~て、すいとる神社がええんちゃぁうで~ぇ」

 ちゅうこつで、行ったのが小松島・日の峰神社、たしかに人少なで眺めがよかった。

 

 小松島港が俯瞰できる


 そして今日は早くも1月10日おいべっさん(恵比須神社の祭礼日)じゃ、毎年のよ~に徳島市内通り町のえびす神社にお参りし、そのブログを投稿しているので、今年は、変わってJR撫養駅の正面に位置する鳴門のおいべっさんに行ってお参りしてきました。福笹も用意されており、本殿では太鼓を打ち鳴らし、巫女さんの舞い付きの御祈祷もあげられ、参拝客も、三々五々、古い福笹などをもって来てお参りしていました。出店も、三軒びゃぁ出ていました。福豆を配っていたので一個もらってきました。福があるといいな。


2025年12月21日日曜日

太龍寺・かも道を歩いた

  遅くなりましたが、さる11月16日、加茂谷お松大権現前でバスを降り、古道の一つである「かも道」を歩いて太龍寺に参拝しました。その時の写真をスライドショーにしましたのでアップしておきます。

2025年11月13日木曜日

11月の風物

  しばらくぶりの投稿です。暑さに責められるのが終わった、野外に出向くのにちょうどよい季節到来と思ったのもつかの間、朝晩急に寒さを感じだした。高齢者になると暑さ寒さに対して適応する範囲が狭まるというのを身をもって実感している今日この頃である。

菊人形


 我が郷土は私が小ンまいときから、秋は鴨島大菊人形が開かれる町として近隣に鳴り響いていた。昭和30年代初めの頃は、会場も広く、中には多くの菊人形の展示室、舞台、電気仕掛けの菊人形の展示まであり、また遊具もあり、子どもにとっては遊園地のようなイメージがあって、ちょっとしたアミューズメントパークであった。昔の私の家の近所だったということもあって、鳴り響いてくる音楽や、菊人形に行きかう大勢の人たちを毎日見たものである。入場料はいるが、近所の子供ということもあって切符のもぎりの人と顔見知りになり、よくタダではめてもらって、中でよく遊んだものである。(左の写真は大火前の菊人形展示会場・有楽座の入り口

 その嚆矢を辿ると大正時代からというから100年の伝統のある行事となっている。ただ、昭和35年の冬、大火で延焼して、建物もすべて焼け落ち、その後は、うんと縮小して開催せざるを得なくなり、また会場も変わり、それに伴い昔日の「鴨島大菊人形」の盛況は今は見る影もなくなってしまった。

 今は市役所前広場で聞く同好会の人の作った鉢植え展示と、数場面の、今年のNHK大河ドラマの菊人形のシーン展示だけとなっている。これも年々ショボクなっており、今年見た感じでは、先行きの開催もどうなることやらと心配になる。




コスモス畑

 昨日は阿南市那賀川町に広がるコスモス畑を散策してきました。JR羽ノ浦駅で降り、中島駅まで8kmほど歩きました。



コスモス畑動画

 

 途中歴史的な遺跡、「平島公方御所跡」にも寄りました。この館で室町幕府14代将軍「足利義栄」が誕生したそうです。

館跡遠景

一族の墓、後ろの墳丘に平島館跡の表示杭が立っている。

2025年10月13日月曜日

まんのう公園にコキャを見に行ったこと

  途中、市場町犬墓にある犬墓大師にお参りしました。


 弘法大師伝説にちなむ大師堂で、そのいわれについて大師像の横の石板に書かれていました。


 犬墓大師というくらいだから、修行中のお大師さまが犬を連れている弘法大師像です。


 まんのう公園コキャ園




動画

2025年10月1日水曜日

彼岸花と言うけれど

  猛暑か、残暑の影響か(たぶんその二つが原因だろう)、10月に入った今日、ヒガンバナ・曼珠沙華の花が真っ盛りである。昔しゃぁ(ワイの子ンまい時)たしかに彼岸の中日さんにヒガンバナは盛りをむかえ、九月の終わりまでには一斉に枯れたものだった。温暖化で初秋が遅くなったか?いや、もしかすると初秋という季節がなくなりつつあるのかも知れん。

 鉄道沿線のヒガンバナ