2026年10月30日金曜日

鴨島菊人形展とキク

  本日の遊行はキク科植物を見にフラフラしてきました。まず鴨島菊人形展の菊。10月23日~11月23日まで吉野川市役所前広場で行われています。

 全景の動画

 今年の菊人形のテーマは毎年同じ。その年のNHK大河ドラマのシーンである。下のように三つのシーンの菊人形が展示されている。




はびこるキク科植物、アァアうっとうしい

 栽培品種の「菊」の種類は多い。色形大きさも千差万別である。栽培種の菊を育てたことがないからわからないが、栽培は容易なのか難しいのか。肥料や消毒をやったり、移植したり、支え木をそえたりと、それなりに難しげぇである。

 そして出歩くとどこにも見られる野生のキク。栽培種の菊と違い、野生のキク科植物は、はびこる力が極めて強い。やせ地だろうがコンクリトのわずかな隙間さえ生育している。

 ワイんくの庭に最近のさばりだしたのが南米原産帰化植物であるキク科の「ウラジロチチコグサ」である。タンポポのように地にへばりつき放射状の葉を広げ育つが、繁殖力が強く、放っておくと庭全面に広がる。こんな植物は昔は見なかった。ここ十数年でどっと広がったような気がする。

 下がその写真である。その名のように葉の裏側は白っぽい色をしている。


  ウラジロチチコグサは庭にはびこるだけで特に悪さをするわけではない。しかし今の時期、野山どころか道端、塀、庭などどんなところにもはびこり悪さをする植物がある。これもキク科の植物である。その悪草の名は「コセンダングサ」、帰化植物で北米原産。下の写真は家から外へ出たところにはびこっていた奴である。コンクリばかりで土などほとんどないようなところに元気に生育している。


 これがいったい、どんな悪さを?と思うかもしれない。

 見えにくいので種の部分を拡大してみた。ああ、あれか、なるほどと思っただろう。そう別名「ひっつき虫」、人の服にくっつきなかなか落ちない。ウールの生地なんかに着くと悲惨である。脱いで、よく見ながら一つ一つ生地から取らねばならない。根気のいる作業となる。秋から冬にかけて引っ付き虫は猛威をふるう。


 ウチの姪がまだ幼稚園くらいの時、アルプスの少女ハイジの真似をしたかったのか、野原を駆け回り、もしかすると寝転んで羊雲なんぞを見たのかもしれない。若草の時期の春先だったらよかったのだが、あいにくと冬枯れの季節、野には引っ付き虫が無数に。その姪が帰ると同居している祖母の悲鳴が・・・、みると白いフワフワした毛糸のセーターのどこもかしこも引っ付き虫がびっしり、結局取る苦労をおもって(新品でもなかったのもあるが)捨ててしまった。そんなことを思い出した。


 キク科の雑草、特に帰化植物系は繁殖力が強く、のさばる力も大きい。秋になるとみられた日本原産の薄紫の野菊は最近見る機会が減った。これらに押され絶滅するんじゃないだろうか。左が野菊、童謡に歌われた野菊どこいった?

♬~遠い山から吹いてくる~♪小寒い風にゆれながら~気高く清く匂う花~♪きれいな野菊薄紫よ~♬

2026年10月29日木曜日

勝浦浜の潟、ケケスの原

 今日、ワイが遊行(遊山でもよい)したところです。

  市内津田町と論田町は勝浦川で隔たっている。しかし橋が架かっているため車で難なく渡ることができる。橋は河口に近いため結構長い。歩くとなると(幅広い歩道もある)少し時間がかかる。また紀伊水道に向かって開けた河口は景色が良いため、眺めながらゆっくり歩くと10分くらいかかる。

 この橋から河口に向かっては「潟」が広がっている。潟といっても地形的にはどんなものか、里や山で育つ者にはイメージできない。もっとも河口に近いところに暮らすものでも、最近は護岸工事や防潮の土木工事などを大規模にやっているため、潟そのものが消えてしまっているところが多く、やはり潟といってもピンとこない。

 潟とは人工の構築物がない河口の湿地帯で、潮汐や上流での出水のため、その湿地も時として冠水し、そのため大小の沼、複雑な入り江があり、そこに丈の高いアシやヨシの原が広がっている。最近では珍しくなったその潟がこの橋の下流方向にあるのである。百聞は一見に如かずでまず今日撮った写真をご覧ください。橋から降りて潟の周りにできている細道を歩く。湿地にはアシ・ヨシの原が広がる。





 このアシ・ヨシの原は徳島ではケケスの原といった。しかし潟が消え、アシ・ヨシの原も消えつつある今日、その方言のことばも死語になるのではないか。

 ケケスの原


 動画

2026年10月27日火曜日

前のブログの付け足し・15年前にも猫駅長をワイは任命していた


 前のブログ「猫駅長誕生」をアップしてしばらくして気づいた(この頃物忘っせがひどくなって過去のことを忘れることが多い)。

 「ん?たしかワイ、大昔にも、猫の駅長を勝手に作り上げたことあったんとちゃうかぁ?」 

 いったいいつだったか?どこの駅だったか?こういう時、もしブログが昔のように紙の日記帳だったら、定かでない日付を探すのは難事だが、ネットの日記であるブログは便利である。『猫・駅長』のキィワァドをワイのブログの検索欄に入れるとササッとでてきた。2011年7月7日のブログだ。駅は川島駅。えっとぶりに読んでみる。ふむふむ

これがその時のブログ・ここクリック

猫駅長誕生


  今朝、バスに乗ろうと徳島駅バスタミナルへ行った。タミナルのキャノピ(天蓋)を支える大きな柱に一面の写真が。何枚かのポスタであるが、全部猫である。それもバスのコクピットでなんと!運転しているではないか。「こりゃ、なんぞ?」、すぐわかった。今、このバス会社ではバスの運転者がウンと不足している(これは全国的な傾向で、中には路線が廃止になるほどの影響を受けている)。会社はあの手この手で運転手応募をしている。「免許もっとらんでも、日当を出して、大型二種の免許を取らせ採用します・・・」などなどである。その一環として、こんなポスターが作られた。ダジャレが聞いている「猫の手ぇも、借りたいにゃんにゃん」

 猫大好きのワイ、かわいい猫の運転手にしばらく見とれてしもたわ。そして猫の運転手関連で思い出したのが、昨日のブログで紹介した。駅猫である、雨のそぼ降る中、あわれげぇ~に、ネウネウと鳴いていた。あれ、どないしょんぞいなぁ。実はこの猫に関しては続きの話があるのである。


 よんべ(昨夜)、最近知り合いなったおじさんと、某ショッピングモルのイトインで偶然あった。その時、哀れにもかわいい昨日のワイの猫のブログを(強制的に)見てもらったら、なんと!「この猫知っとる」という、このおじさんが毎日通勤に乗り降りする駅がこの猫のいた駅なのである。そして、この猫は駅中心によく出没して見るという。野良だがこの駅あたりに居ついているようなのである。たぶん駅周辺の人家の人や乗降客から餌をもらえるのだろう、そんな利便性があって駅周辺をウロチョロしているようだ。そこで、ワイは勝手に、この無人駅(まことに小さな小舎だが)の駅長に、この猫を任命した。左写真がググルマップからとった駅の全景である。

「牛島駅、猫駅長の誕生である」

 そうなると、是非、あの猫に会いたくなった。そこでバスはやめて汽車にのって、例の駅に向かった。



 汽車は駅小舎の反対側の線路に着く、跨線橋を渡りながら

 「猫駅長殿は、おるんかいなぁ」

 跨線橋の上から見ると、

 「おお、いたいた、何しょんぞいなぁ」

 小さくて見えにくいが矢印の先に寝そべっているのが、猫駅長殿です。

 近寄ってみました。「おい!こりゃ、おまいを駅長に任命するぞ、ええな」、「ペロペロするだけでにゃんともいわんわ!」「無言を承諾とみなし、目出度く猫駅長誕生!パンパカパン」


 動画も撮りました。





2026年10月26日月曜日

秋この頃、遊行じゃぁ~~

  古代インドでは人生を四期に分けているそうだ。若い順に「学生期」(がくしょうき)、「家住期」(かじゅうき)、「林住期」、「遊行期」である。第三期の林住期は、住するところ定まらず、家から離れて(林は象徴的な意味で)気ままに(よく言えば自由に)過ごす。そして最後の遊行期は文字通り遊行しながら終焉を迎える時期である。ただし遊行とはいってもフラフラさ迷い歩くとはちょっと違うようだ。

 後期高齢者に入った今のワイにこの四住期を当てはめると、林住期は通り越して遊行期になる。古来からいた聖(ひじり)のような深遠な遊行は(つまり哲学的、あるいは宗教的な意味で)できないが、先ほど言った一般的な遊行、ふらふら楽しみながら歩きまわる、ことは出来る。というか今のワイにはそれが最もふさわしい生き方のような気がする。

 厳しかった暑さもおさまり秋らしい気候となったこの頃、歩き、あるいは自転車でフラフラ遊行している。人少ない自然の中を行くのは気持ちよい。この歳になると山歩きはちょっとキツイので、寂しい海岸、寂寞とした野原、人より石仏の多い里などヒラ(平)地をさまよっている。

 10月16日

秋の野原で。一か月前は曼殊沙華の赤が目立った野原は今はセイタカアワダチソウの黄いろで彩られている。一本道の向こうに見えている林は、野原の神社にふさわしい?「野神社」、この道を自転車をこいでゆく


 10月19日

線路沿いの野原を行っていたとき、よい香りが漂ってきた。キンモクセイかなとおもったが、それよりももっと甘いかおりだ。鼻を頼りにさがすと、これは「ギンモクセイ」だ。この系統の香りはデオドラントや芳香剤、化粧品に使われる。よい香りといったがワイは好きではない。先日のブログで紹介した「ハマゴウの実」のにおいの方が好きだ。


 10月24日

土手沿いの三叉路にある高地蔵、なんでこんなに台座が高いか(それで高地蔵というが)、昔は頻繁に洪水が起こった、そのためこのように高くしている。


 今日

朝から雨、無人駅の小舎に猫がうずくまっている。近づいても逃げない、チョッ、チョッと呼ぶと、ネウネウと哀れげになく、ちょっといたましい風があふれている。雨の中、家はないのか、餌をくれる人はいるのか。


2026年10月18日日曜日

大学祭に行ってきました(板野町)

  自動車整備専門大学(徳島工業短期大学)の学園祭が今日あったので行ってきました。バス停および駐車場から大学まではこの日のために大学がボンネットバスを用意して送り迎えしてくれます。私も路線バスから降りて大学までこのバスに乗りました。


内部


歴史的遺物と言ってもいいフォードの自動車が展示されていました。高校の歴史教科書に、フォードが始めた自動車のライン生産(オートメーション)、それによる大量生産、そして廉価販売でアメリカでは20世紀の初頭、モータリゼーションの波が起こり、大衆に自動車が普及した。との説明とともに、このような写真の車が挿絵に乗っている。


このようなクラッシックカーもありました、シトロイエンかな?


学園祭の動画です。アトラクションもあり、キッチンカーも出ていました。


2026年10月13日火曜日

中林海岸

 


 昨日(12日)、中林海岸へ行ってきました。8月に阿南市の淡島海岸へ行きましたが、そのすぐ南にあるのが中林海岸です。両海岸を隔てるのはちょっとした岬で、中林海岸へ行く道は、岬の丘を越えるため、これもちょっとした峠になっています。




 淡島海岸から中林海岸へ行く峠道から撮った写真、8月に行った淡島海岸が見えている。


 中林海岸の全景動画、岩石のみの小島が見えているが「猫島」の名前がついている。


 以前も紹介した海浜植物の「ハマゴウ」ですが、八月には上の写真のように紫の可憐な花をつけていましたが、昨日は中の写真のように黒い実を、巫女さんの持つ鈴のように、たくさんつけていました。そして下の写真は、実をしごいてとったよい香りのするビーズのような実です。昔は匂い袋の中味にしたそうです。