昔の徳島城は周囲をすべて川に囲まれていた。もともと城山は太古には島で、そののち沖積平野が堆積したものだから、城山の周りを網の目のように川が囲むのは当り前であろう。それを利用して、城山の周囲を流れる川を堀川にして城山に城郭を築いたのが「徳島城」である。
寺島川は城山の南の方をこのように流れていた。
100年前モラエスさんが徳島で住んでいた時には寺島川はまだ存在したが、後、徳島駅の構内を拡張したり、都市化の拡大によってほとんどが埋め立てられてしまった。
今の市役所前に牟岐線を跨いで跨線橋がある。その牟岐線沿いに寺島川は流れており、今の陸橋がその寺島川に架かる「徳島橋」跡である。下がその写真
今日はその寺島川の川に沿って、歩いてみた。ほとんど埋め立てられているが今でも寺島川の跡を偲ばせる地形や流れが全くないわけではない。動画をご覧ください。
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