2012年5月9日水曜日

見世物


 今日図書館で『江戸時代の見世物小屋』という本を借りてきて読んだ。歴史物である。ところでこの「見世物小屋」という言葉も今や歴史的な言葉なのだろうか?

 この本は絵入りで様々な見世物が列挙してある。江戸からさらには明治にかけてこれらの見世物は小屋掛けして(まあショウー劇場のようなものか)木戸銭(入場料)をとって見せていた。今だと絶対に見世物にできないようなものが多い中(たとえば生まれつきの不具者、小児の曲芸など)、今でいうサーカスの類のものや、お化け屋敷のようなもの(化け物の見世物でよく行われえていたのはろくろ首など)もある。

 現代、見世物小屋はなくなったが、その系譜をひくものとして強いて言えば、今でも存在するのは「サーカス」と「お化け屋敷」であろう。これらはかろうじて見世物小屋的な雰囲気を保っている。

 今は人権上、滅び去ってしまった見世物小屋だが、私の小学生くらいの時にはまだ存在していた。私の記憶に残っている。場所は神戸の福原、歓楽街である。いったい誰に連れて行ってもらったのやら、かなり小さい頃なので覚えていないが、その見世物小屋の異様な雰囲気は今でも覚えている。

 呼び物は2つだった。一つは「牛娘」、もう一つは「足が三本ある花嫁」
 「牛娘」は2人いた。娘といってもうんと小さい私から見れば年齢はわからないがどう見ても中年過ぎのおばさんだった。顔や胴は普通の大人であるが手足が異様に短く、手と足の指はくっ付いているというか分離が未分化で、5本ある指がなく、先端は大きく2つに割れているだけだった。ちょうど蹄のように。だから牛娘なのか。
 ようするに生まれつきの不具なのである。今から考えると怖気をふるうほど人権無視のショーであるが、昭和30年代の初期にはまだそんな見世物小屋があったのである。
 その2人が四つん這いになって歩くのである。そして二股になった手に筆を挟んで文字を書いたり、芸をするのである。

 もう一つは「三本足の花嫁」、こちらは舞台のようになったステージがあってそのステージはなぜか腰の高さくらいの幕が引かれている。男がステージの横にいて解説するが、本人は現れない。男の前口上はやたらと長い、客も今か今かと待ちくたびれていい加減うんざりしたころ、照明が一段と落とされ登場となった。
 「足が三本ある花嫁」と名づけられているだけあって、なんと、本当に花嫁の格好をしていて、文金高島田に髪を結い、角隠しを被っている。その花嫁がいかにも歩きにくそうにびっこをひきながらステージに出てきた。
 ステージ上は先ほども言ったように腰までの高さの引幕が貼られているので花嫁の腰から下は隠れて見えない。中央まで進むと花嫁は正面を向く。牛娘と違い若くてきれいな顔をしていたと思う。
 そうするとまたまた照明が落とされほとんど闇に近くなった。そうして先ほどの前口上の男が中央に進み出ると、花嫁の腰を隠している引幕をめくった。その時、ステージの後ろから赤いライトが当てられると、花嫁の下半身が逆光の中浮かび上がる。そうしておいて花嫁はそろそろ花嫁衣装の裳裾を引き上げる。赤い逆光だから細かなところはわからない。上まで裾を引き上げると赤い光の中三本足が浮かび上がった。
 それでおしまいである。それ以上は見せない。
 こちらの方は子どもである私にも「ありゃあ、まがい物の三本足だ!」とわかる。当時の大人の人もそんなことは承知で見物料をはらってみているのだろう。

 何度も言うようだが、今だと絶対できないショーである。不具者の見世物、そしてわかりやすいインチキ見世物、若い皆さんにはあり得ない話しでしょうね。

 でも私の小さい頃、こんな見世物をほんとに見たんです。

 こんな話をすると、自分でもおそろしくおおむかしから生きている気がします。今日借りた本は歴史の話となった「見世物小屋」でありますが、なんと私は生きてそれを知っているんですからね。100歳くらいの古老になった気分です。

 見世物小屋とはちょっと違いますがインチキに関連したやはり私が体験したことをお話しします。これも小学生の時ですが、神社仏閣の縁日ではいかがわしいものを売っている露店がありました。でもおじさんの口上やパフォーマンスに惹き付けられて、口をあんぐりあけて聞いてるうちに、欲しくてたまらなくなり小遣いで買ってしまったりするのです。
 その中の一つに『エックス線透視眼鏡』というのがありました。厚紙の筒で出来た望遠鏡のようなものです。
 口上のオッサン曰く

 「これを通して見ると、エックス線のようになんでも中が透けて見える。さ~~て、お立合い・・・ここに取り出だしましたる卵、これをこのエックス線スコープで見ると~さて、お立合い・・あ~~ら、不思議、卵の黄身が透けて見えます。お立合い・・・」

 もうこんな口上を聞くと、いてもたっても居られなくなります。そして買う子供には、買う前にスコープで透視して卵の黄身を見せてくれるというのです。
 アホな私は(といっても一緒に行った友達も買っていたっけ)なけなしの小遣いをはたいて買いました。その前に卵を見せてくれるのですが(卵だけで他のものは透視しないのがこのオッサンのうまいとこ)、「ほら」といってちらっと見せてくれるのですが、スコープの中央にぼんやりと卵の輪郭が浮かび、確かにその輪郭の真ん中にもっと濃い芯のようなものが見えます。卵の黄身の影といわれれば・・そうかなぁと思わないでもありません。

 「まあ、いいや、帰ってから、他の対象物に向けてじっくり観察してやろう」

 で喜んで持って帰ったのですが・・・・もうお分かりのようにとんだ食わせ物、何を見てもぼんやりとしか見えず、白い丸いものを見ると真ん中に芯のような影が見えるだけ。腹立って分解してみると・・・・透明なセルロイドの板に鳥の羽毛を貼り付けてあった。これを通して見るとぼんやりと輪郭とそれより一回り小さい影が映るという、エックス線とはなんの関係もないインチキモノ、

 さすがに今では、怪しいものの多い縁日露店でもこれほと単純明快なインチキはないでしょう。

 今日のブログに挿絵も入れたかったんですが、憚りが多く、やめにしたかわりに、雰囲気を出すために、昔のサーカス、見世物小屋でよく流れていた曲、『ジンタ』を入れておきます。
 今でもこれを聴くとサーカス、見世物小屋がイメージとして浮かんできます。

2 件のコメント:

しんさま さんのコメント...

この曲「ジンタ」って言うんですね。私の場合このような興行的なものは、動物園以外見ていないため、あまりイメージがありませんです。曲を聴くと、何か面白いことをするのかな?的な感覚はあるのですが、戦争を含めたあまりいい時代でないイメージがある為か馴染めないですね。サックス吹くなら、やはりモダンジャズがいいです。(^_^.)♪

yamasan さんのコメント...

ジンタというのは俗称名でホントは「天然の美」といいます。

 この曲を聞くと、何か面白いことするのかな、と感じますか?人によって違いますが、華やかで美しい反面、そこはかとなく哀愁を帯びたようにも感じます。
 この曲、Cマイナー・ハ短調も曲なんです。この調性を持った曲ってこんな感じのが多いです。

 下座音楽(下町の大衆劇のバック生バンド)にはサックス、クラリネットの音色ってなんか合います。猥雑、いかがわしさの雰囲気を醸し出します。
 誰かサックスの音って人のすすり泣きの音に似てるって言ってましたが・・・