2012年5月18日金曜日

小史学習ノート 23頁

 古くからのブルースやアフリカ音楽に起源を持つラップですが、誕生の直接のきっかけは、70年代、何人かのDJがジャマイカのダブをニューヨークに持ち込んだことでした。ダブとは、ジャマイカの音楽レゲエにのせたパター・トークです。
 ダブそのものはそれほどヒットしませんでしたが、発想は受けました。DJのクール・ハークは、レゲエの代わりにファンクのリズムを使って、都会のアンダーグラウンドの小さなディスコで、アフリカ系アメリカ人を躍らせます。
 クール・ハーク、グランドマスター・フラッシュ、アフリカ・バンバータはいずれも歴史に残るDJで、この新しい音楽の基本を築いた人物たちでした。スクラッチを生み出したのも彼らです。
 彼らはニューヨークで人気の高いディスコから出演を依頼されるようになり、次第にアフリカ系アメリカ人の若者の人気を集めます。このラップ現象に興味を示した独立レーベルから79年、シュガーヒル・ギャングの『ラッパーズ・デライト』がリリースされ、これが初のラップ音楽となります。

 ラップ・ミュージックは80年代に爆発的な流行となります。ラップは、例えばギターの奏でる短い旋律といった曲の断片をサンプリングし、それを何度も繰り返したものに、ドラムマシーンの音と歌うようなトークを重ね合わせるという手法でつくられます。

ゲットー  
 ハーレムのアフリカ系アメリカ人地区で、ストリート・ライヴが開かれます。ラップはこのような街角やアンダーグラウンドのナイトスポットでうまれます。ドラッグ、若者の非行、貧困といったつらい現実の描写、人種差別の告発、自らのアイディンティティーやアフリカ系アメリカ人としての誇りの奪回などの叫びがラップのパワフルなリズムにのって表現されました。

落書き  
 ラップ・ミュージックはアフリカ系アメリカ人の若者の他の表現手段と結びついています。代表的なのは塀や地下鉄の電車に書かれた落書きです。

DJ  
 ラップは伝統的なバンドを必要としません。DJとステレオのターンテーブル、サンプラー、そしてドラム・マシーンだけがあれば十分なのです。DJは、他人の音楽を切りとり、ドラム・マシーンで伴奏しながらそれを幾度となく繰り返します。

MC  
 DJがより自由な曲作りに専念できるよう、マスターズ・オブ・セレモニーズ(MC)という役割が生まれました。MCは音楽に合わせてトークしたり、詩を朗読したりします。

リズム  
 ラップの登場により、ポピュラー音楽は、ロックの全盛時代に失われつつあったダンス音楽としての特徴を取り戻します。

スクラッチ  
 DJがレコードを前後に回転させ、レコードを引っ掻くようにするテクニックをスクラッチといいます。

参考曲、クリックでヨウツベに飛びます。

シュガーヒル・ギャング『ラッパーズ・デライト』
パブリック・エネミー『アルバム・アポカリプス91より』
ランDMC『Together Fordver』

プリンス  

 ラップではありませんがここで取り上げました。彼はミネアポリス出身のアーティスト。アルバム『パープル・レイン』で人気スターとなります。サウンドの奥深い探求、類ない調和のとれた創造力、そしてリズムの絶大なエネルギーをあわせ持つ、非凡な音楽的才能のアーティストです。

プリンス『パープル・レイン』

2 件のコメント:

しんさま さんのコメント...

ラップとヒップ・ホップの違いがいまいち解らなかったので、調べたら ラップはヒップ・ホップに含まれる事が解りました。めでたしめでたし(^.^)
 ダブは一時期こって聞いていました。ア・サーティン・レイシオなんかはファンクっぽくて結構よかったです。私がヒップ・ホップを聞き始めたのは、実は日本のKICK THE CAN CREW(キック・ザ・カン・クルー)からです。ラップはよく考えると母国語で聞くべきですよね、歌詞が命的なところがありますから、でも私はバックのテクノっぽいエレクトロニカ的な音が好きで、歌詞は二の次というか韻を踏むための道具みたいな感じで聞いていました。(*^^)v♪

yamasan さんのコメント...

私もヒップホップとラップの関係はどうなんだろうと思ってました。やっぱりかなり近い関係だったんですね。

 ここらあたりの音楽になると面白そうですがほとんど聴く機会がありません。
 時たま、若い子がごっつい車に乗って町中にドンドコ響く音楽を流して走ってますが、見ると車の中にものすごいスピーカーを積んでます。あの曲がラップっぽい気がするんですが、あれ、やっぱ、そうですか。