2011年6月20日月曜日

よく似た話が江戸時代にもあったぞ

 私はブログを作成するとき滅多にネットで調べません。時間がかかるし、わずらわしい。
 しかし、うろ覚えで確かでないこと、重要な言葉や句が部分的にしかわからない、あるいはキーワードしか思い出せない時などは、調べる。

 ネットのいいとこは部分的や不確かなことであってもその断片を検索に入れると
 「もしかして、これじゃないですか?」
 と聞き返してくれることである。これは大変便利で使わせてもらっている。

 それで今日、きれいなアヤメ・カキツバタ園を見て、ある和歌を思い出そうとしたが、その全容がわからない。次の一部分だけしか思い出さない。

 「・・・沢の・・まこもも・・・・・」

 で、これだけで検索しました。やっぱ、ネットの威力はすごいですね。一発でわかりました。

 その時、この質問や回答を見た人は次のような質問も見てます。というのがあってそれがいくつか出ている。その中の一つに目が釘付け。次のようなものでした。

 質問     
 尻の穴に電池を突っ込んだら抜けなくなりました。どうしたらいいのでしょう?深く入ってしまい、抜けません。踏ん張ると痛そうなので、医者に行ったほうがいいのでしょうか。すごくあせってます、助けてください。

 本人は真剣なんでしょうが、笑ってしまいそうな驚くべき質問です。でもこんなこと笑うことでも驚くことでもありません。こういうことって繰り返し起こってますから。
 書名は忘れましたが江戸時代の話しでやはりanusへの「おいた」の話を知ってましたから、私の印象としては

 「ははああ~ん、また、やっとるわい、いつの時代も一緒じゃわ」

 です。ちょっと紹介しましょう。
 (わたしのうろ覚えで細部はちょっとわかりません。本筋以外は私の想像も入る)

 謹厳で固い真面目なご隠居。若いうちはさる家中の用人を務め、今は家督を息子に譲り、老妻は亡くしたが、跡取り息子、嫁、孫に囲まれた幸せな隠居暮らし。

 ある日、縁側から
 「ぎゃ~」
 と恐ろしい声が響いてきたため、家族が駆けつけると、ご隠居さんが泡を吹き、白目を剝いて気絶している。
 それ、水よ、医者よ、と騒ぎ、介抱しているうちにうめき声とともに正気付き、口をパクパクさせながら
 「尻、尻、尻」
 という。
 そういえば、むき出しのお尻、いかごとならん、とよく見れば、なにやら黒いものがお尻の穴に刺さっている。
 「こは、なんぞ」
 と驚いたが、ともかく刺さったものなら抜かねばと、
 はじを手に持ち引きずり出せば、4,5度も雄叫びのような声をあげしが、ようよう抜けた。

 老人曰く
 わしはまじめ一徹にいままで生きてきた。しかし、この歳になり艶本や通・粋人の話を聞くにつけ、A感覚のセックスとはいかようなものじゃろうかと、思い始めた。
 そして、それを知らずにあの世に旅立つのはいかにも残念。
 そう思えば、なんとしても一度経験したいと、想いは募るばかり、
 芳町の茶屋(江戸時代の歌舞伎町二丁目、おかまバー)に行けばよいのじゃろうが、いまさらこんな爺になって恥ずかしくて行けない。

 それならばとさる珍品商から「黒水牛の角で作られし張型」(怒張した珍棒)を手に入れた。
 それを板の間に置き、尻をめくりあげ、半しゃがみになりそろそろとanusに近づけんとしたが、なにぶん高齢で足腰も弱っていた。
 ふらふらっとしたかと思う間もなく、どすんと尻もち、見事、黒牛の角はケツをつらぬき最初の仕儀になったというわけ。

 これを聞いた芳町の陰間(おかま)
 「ふのりを使わずしたのがあやまり」     ふのり=海藻から作られる潤滑剤)
 
 これ、いったい何の教訓話か、それとも単なる笑い話か忘れましたが、たぶん教訓話に分類されるのではなかったかと。
 オチにつづく話はありましたが忘れました。

 江戸の真面目な人間でもこうですよ。いまさら、電池だろうが、電球だろうが、ナスだろうが、なにが入ろうが驚くことでない。

 えらい下ネタに発展しましたが、元は美しいアヤメ・カキツバタ園を見てのある和歌からの脱線話、きれいにしめる意味で園の写真と調べた和歌を載せます。
五月雨に沢べのまこも水たえていづれあやめと引きぞわづらふ
 (源頼政)
 またブログが長くなった。

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