2011年6月10日金曜日

 同窓会の話

 さっき郵便受をみたら往復はがきが入っていた。見ると中学の時の同窓会案内とある。

 奇しくも今日の夜、去年、IT技術を一緒に学んだみんなとの飲み会がある。この会、同窓会というにはちょっと憚りがある。
 去年の秋に終わった短期の職業訓練で年齢、キャリアもばらばら。そういったみんなの集まりで、ガキの頃からずっと一緒だった中学の同窓生とは同じには比較できない。

 しかし、まだ終わって半年しか経過していないのに今回も含めると3回目の飲み会である。おそらくみんな、集まり好き、話し好き、飲み好きなんだろう。でも考えてみると3回は多い。3回目もとなると同窓会と呼びたくなる。むしろよそよそしいはるか昔の中学の同窓会より親密な気がする。

 中学の同窓会をよそよそしいと表現したが、実際そんな目にあったことはない。
 なぜなら、一回も出席したことがないから、雰囲気などあれこれ言えるはずはない。

 今年はみんなが還暦を越した記念だそうである。会社員、公務員、先生、銀行員みんな今年の3月に退職したはずだ。なぜ、この職業を並べたか?それは葉書の下に印刷されてある幹事の20人の今までの職業だからだ。

 もう60歳となると富や名誉、地位は定まってくる。そんなのは別にどうってことないが、うらやましいのがこの年からもらえる莫大な年金である。この幹事さんらこれから悠々自適の生活であろう。貧窮にせせられた惨めな暮らしとは縁遠い。
 そんなところへのこのこと・・・・・・・・・・・・・・・・
 という俗な理由で、今回も出席しない。そう、そういう理由にしておきます。

 華やかな同窓会で私の名前がみんなの話題にちょっと上るかも知れない。

 「おい、あいつはどうした。やまさん?」

 消息を知る何人か、今のやまさんの状態を話すかもしれない。そのときみんなが口には出さぬが、そんな俗な理由でこないと心の中で納得してくれるのが一番いい。

 「おいおい、それじゃあ、今日の飲み会に嬉々として参加するのは、貧乏人の集まりじゃからってか?」

 いえいえ、そうではありません。わたし、「縁」というものにずいぶん引かれているんです。60歳といえば現役引退の歳、今までも失業が長く、これからも人とのコミュニケーションもなくなる。会話さえめったにしない。
 そんな中、僥倖としか思えない職業訓練との仲間づきあい。人生の終盤に結ばれた人との縁をできる限り大事にしたくなりました。
 「袖すりあうも多生の縁」
 この歳になっての新たな縁は有難いことです。(合掌)

 それはそうと、これから雨、夜に入って強まるとも、
 飲み会の場所までの家からの行き帰りの厄介さを思う。

 今、枇杷の季節、あちこちで熟れている。見てると食べたくなったので、農産市で1パック150円で買う。
 ビワの詩を思い浮かべながら食べる。

 ビワは優しい木の実だから
 抱っこしあって熟れている
 薄い虹あるロバさんの
 お耳みたいな葉の陰に
 

2 件のコメント:

Unknown さんのコメント...

 ジョイの二期生は、個性豊かでユニークな集まりだとは思っていました。特別だと思っていらっしゃる方も何人かいて、そうなのかな~とか思っていました。一般の同窓会と比較するとやはり各段に面白いし、結構勉強になります。このような出会いを設定してくれた神様に感謝ですが、それよりいろんな役割を担ってくれた皆様に感謝ですね。今日は雨で過酷な移動状況ではありますが、めげずに乗り越えていこうかと考えています。

トシ さんのコメント...

飲み会後のコメントになりますが、楽しかったです。