2012年2月27日月曜日

神のものは神にシーザーのものはシーザーに


 今日はまた寒さがぶり返し、朝から低い気温が続いています。日中になっても気温が上がらず、曇天でみぞれ交じりの冷たい風が吹いています。

 今日は寒さと体調不良で外出もほとんどなく家でぼんやり過ごしています。有意義な本を読んだり、勉強すればよいのでしょうが安逸に流れ、ホットカーペットでごろんと横になりDVDなど見ております。

 「これではいけない!」

 と図書館で借りた個性と遺伝に関する面白そうな新書を読み始めましたが、案に相違して駄作!若い時は教養書を読んでいて面白くないのは、自分の理解が足りない、あるいは頭が悪いと思っていましたが、この歳が来ると、傲慢になってか

 「いやしくも教養書であるのに平均的な頭を持った私に理解されないのは、作者が悪い!」

 と思うようになりました。
 それでこの本も放りだし、次はパソコンに向かいました。今、中世を歩く、というシリーズをやってるがその続きを作ろうか・・・

 で、書き始めましたが、題から見てもわかるとおり、逸脱した話になっております。この題の
 『神のものは神にシーザーのものはシーザーに』
 という言葉は宗教的世界と政治的世界とのけじめに関する格言として使われています。大まかにいえばそうなんだけど、人によっていろいろ解釈の違いがあります。

 私はかなり独断的かつ厳格に解釈しております。
 『宗教世界は政治世界と峻別されなければならない。宗教は政治権力を持ってはいけない。」
 と。

 宗教はもちろん人々に幸福をもたらすことを願っているわけです。それは来世のみでなく、現世においても変わりません。
 でも現世での人々の利益を図るならば、手っ取り早いのは政治権力を手にしてしまえば、現世での人々の利益を図ることはたやすくなります。

 しかし、たいていの宗教の祖師はそれを厳しく戒めています。
 「なぜでしょう?」
 『聖』は『俗』と対極に位置することによってそれは存在しています。もっとも俗である政治と結びつくことにより聖が汚され浸食されていくことを恐れたのではないでしょうか。
 政治権力を持てば、富、名誉、社会的地位、思いのままです。聖なる宗教界がその権力を手にすることは腐敗・堕落に他なりません。祖師たちはそれを心配したのでしょう。
 事実、祖師たちの心配した通り、時代とともに教団が大きくなるにつれ、『聖界』といわれるその宗教の担い手たちは権力を手にし、腐敗堕落していきます。

 しかしこの
 『神のものは神にシーザーのものはシーザーに』

 は、私のように厳格に解釈して、宗教と政治とは明確な線引きをすべきだと考える人は少ないようです。皮肉なことに宗教界の人に多いです。

 この格言は政治に直接関与しないことを戒めたものであり、宗教が本来目指す現世・来世の幸福の為、政治に影響力を行使すべきだと考える人や、いや宗教があまねく行き渡る宗教王国をつくるため直接政治権力を手にしてもよい、上記の格言は我が教団にはそぐわない。という人までいます。
 やまさん中世を歩くで、この鎌倉時代、対極的な宗教の祖師が2人登場します。

 一人は私のブログで取り上げた一遍さんです。
 この人は徹底して政治権力と縁遠い人でした。政治権力には近づいておりません。次回のブログで明らかにしますが、一遍さんが遊行を始めた時、日本の国はとんでもない政治的、社会的大騒動が勃発します。
 しかし、一遍さんは飄々としてひじりの遊行を続けています。ひたすら人々個人の魂のみを見据えて。

 そしてもう一人は対照的な僧侶、日蓮上人です。この人は「法華経の精神」を政治の上で実現させるべきであると考え、それはもう、しつこいくらい鎌倉幕府に働きかけております。それが嵩じて結局弾圧されるわけです。

 『神のものは神にシーザーのものはシーザーに』はキリストの言葉を元にしたものですが、もっとも政治権力と遠かった一遍さんもこの格言に極めて近い生涯でした。

2 件のコメント:

しんさま さんのコメント...

宗教と政治ですか、どちらも嫌いですが、一緒になるともっと嫌いどころか恐ろしいことになりかねないような気がするのですが、気のせいでしょうか?
 結局、全ての人間が二元性を等価できるまで意識の進化が進まないと、戦争や争い事は無くならないと思います。ばらばらな個人意識の有権者による政治では、理想社会は絶対に無理ですし、全ての人が同じ宗教を信じると、理想の社会?は生まれるような気もしますが、それは今の人類の意識状態では不可能だと思います。方法論とか信仰ではなく、全ての人間が同じ統一的な意識の場のようなもの、客観的な位置を共有しないと理想の社会は出来ないと思います。それは政治手法とか、宗教を超えたところにあるものだと思います。(^.^)

yamasan さんのコメント...

ポップアップウインドウの文字が今朝から急に大きくなり、ウインドウからはみ出るようになりました。ドラッグでウインドウの枠を広げればいいんでしょうが、面倒なので元に戻しました。でもこれはマイナス8時間の時刻計算をしなければなりませんね。
 いつものことながらブロガーは時々不安定になりますね。

 政治、宗教の2つの係わりのテーマ、はっきり言って私は好きではありません。歴史を見るとどちらも同じ誤り、災厄をもたらしています。其の2つが結びつくとよいことがないような気がします。