2011年3月23日水曜日

赤い灯、青い灯、飲み屋横丁

 わが町は3万に足りない小さな町であるが、飲み屋・スナックなどいわゆる遅くまで開いている酒を供する飲食店が街の規模に比較して多いといわれている。吉野川の北岸も含めて近隣の街にはこのような店が少ないからこれらの街の客も呼び寄せて店の数も多いのだろうか。

 わたしが子供の時からこれらの店が集まった飲み屋街は町の一角の決まった位置にある。もちろん店はめまぐるしく変わり、これらの店に老舗などない。
 お店に昔は「女給」さん(ひぃぇ~、この言葉死語になっとる。変換できん)、今はホステスさんと称する女の人が何人か酒食に侍り、給仕をする。(なんか説明が大時代がかっているけどこらえてください)

 私が小学校の頃は家に内風呂がなかったため町内に5軒以上あった銭湯へ祖父母と一緒に行った。ちょうどこの飲み屋街を突き切ったところに銭湯があるため暗くなって通ると、この辺りは一種異様な雰囲気であったのを覚えている。
 貧しかった田舎の家々の灯りは白熱灯の単色の薄明かりがほとんどであったが、この辺りの店は赤や青その他の色のついた幻想的な灯りであった。通りを歩くと酔客の群れ、女給さんの嬌声、さざめく歓楽の波が揺れていた。
 子供にこれらの店は酒食だけでなく、媚を売ることも含まれているとはわからなかったし、理解もできないだろうが、なんか淫靡で子供が決して踏み込んではならないところであったのは漠然とわかっていた。

 「おとなにならなければ、知ってはならない世界があるんだな」

 そして、わたしは大人になったが、幸か不幸か、体質的に酒類は受け付けない。また、酒食にホステスさんを侍らせる趣味もない。だからこれらの店には積極的に行こうとは思わない。友達に誘われて何回か行ったきりである。

 だからこれらのお店街は私にとってはまだ子供の頃のイメージのようにまだ異界の雰囲気を残している。

 昨夜、夜のウォーキングに出た。反射板をタスキにかけてくてく歩いた。この飲み屋街を通った。今になってみれば飲み屋街というようなたいそうなものではなく、せいぜい横丁である。それでも小道の両側はびっしりこれらの店が並んでいる。
 夜、7時過ぎに通ったためか、まだ酔客は一人もいない。道は閑散としている。これから賑わいを迎えるのだろうか、ふと見ると、ホステスさんの出勤だろうか、三保の松原に降り立った天女のような女の人が向こうから歩いてきた。ひれのついたような長めのドレスを着て、香水のにおいをさせながら、ゾベリンコ、ゾベリンコ優雅に歩く。

 「一生、これらの世界を知らずに終わりそうである。」

これが飲み屋横丁、昨夜、暗くてよくわからない。
 しかし、私の心象もこれと同じ、わからない世界だ。







今日の昼間に撮った。昼見るとごちゃごちゃした横丁である。 

1 件のコメント:

てるゆき さんのコメント...

鴨島て、飲み屋がたくさんあるんですね。

徳島の人は、お酒が好きな人がおおいですね。

徳島では、あまり行きませんが、昔 川崎や新宿に上司や仲間、友達と飲みに行ったのが懐かしい今日この頃です。