2011年5月29日日曜日

塵芥(ちりあくた)が流れていく

 今日は一日雨、夜に入っても降り続いている。暗くなって少し弱くなったが明るいうちは大雨であった。
 先ほど夕方のローカルニュースでこの地方は降り始めから今夕まで230mmの降水量と言っていた。12月から3月までの4か月間の合計に匹敵する以上の降水が一回で降ったことになるから、災害も心配されるほどの大雨である。

 被害は出て欲しくないが、これくらいの量の雨を実は待ち望んでいた。冬から春にかけて降水量の少ないのは毎年のことだが、初夏になっても雨量は少なく、いつになく少雨傾向が続いていた。

 水は生命の源である。その供給のもとである降雨は本来は関心事である。しかし、最近はいついかなる時でも蛇口をひねったら水が出てくるとみんな思っているから、少雨でもぜんぜん気にしない。

 でも私のまわりでは少雨傾向の影響が目にみえて進んでいた。
 私の家は江川に面しているがこの川に水が流れなくなってもう半年になるのではないか。去年の秋の終わりには流れるほどの水は無くなっていた。それ以来下流までの流れの帯は途絶え、河床には原野のような丈の草が生えている。
 
 江川の水源の「泉」もだんだん湧く水の量が少なくなり、干上がる寸前になっていた。
 山際の「水神の滝」も白い飛沫を見せながら滔々と流れ落ちるのが本来であるのに、情けないほどのちょろちょろ水が落ちるだけとなっていた。

 自然の水の循環はまことに危機的な状況になっているのではないかと最近思っていた。人々は蛇口から水さえ出れば、そんなことは気にしなくなっている。

 ひそかに私は思っていました。

 「被害が出ない程度に、ここらで大雨があってくれないかなあ」

 竜神さんが私の願いに応じてくれたのか、230mmをこえる大雨。川も泉も滝も生き返るだろう。

 鳴るは滝の水

 湧くは泉の水

 流れるは川の水

 うれしやみず ていとんとうと鳴り響け

 昼過ぎ、大雨の中、列車で鮎喰川の鉄橋を渡った。下を見ると、川幅一面に泥色の濁流が渦巻き力強く流れている。
 一時期死んだ鮎喰の川もこれでよみがえる。
 
 そして夕方、我が家の前、道路すぐ下の汀まで、いっぱいたっぷり流れる江川が
 雨水はめぐみをもたらすが、「水に流す」という言葉があるように、嫌なこと悪いことも流してくれそうである。
 見ると塵(ちり)、芥(あくた)も流れていく。人の心の塵芥も流れていけ。

1 件のコメント:

koumei さんのコメント...

まさにその通りですね。
昔は「恵みの雨」というていたように、水道の蛇口をひねったら水が出るので、雨はありがた迷惑と思っている人はいるでしょうね。