2012年11月18日日曜日

中世を歩く その2 56億7千万年

 義政の時代西暦1467年に始まった応仁の乱より以降、全国は群雄割拠、各在地領主たちは勢力拡大を求めて争うようになる。いわゆる戦国時代の始まりである。

 もっともこの阿波の国では南北朝時代より(14世紀中期)南朝方武士と北朝方武士とに分かれあい争っていた。そのため有力在地領主の館は戦に向くように整えられていった。館は、砦になり、やがて自然の地形、川、谷、山、崖などを利用した山城へと発展していく。

 南北朝~戦国時代~秀吉政権時代~江戸初期まで同一の場所で規模を拡大しながら築城を重ねていった山城に一宮城がある。

 18日にその一宮城に行ってきました。広い山域に何とか丸、曲輪(くるわ)、など多くの城址の遺構があちこちに散らばるようにあるため、かなり歩きました。

 遊歩道は整備されていてこのような感じです。
 この城の発掘調査であるものが発見されました。これです。
 『経筒』?なんでしょうか。

 仏教でもキリスト教の最後の審判によく似た思想があります。

 死んでも極楽に行けず、霊魂がこの世にとどまり、成仏できぬ人でも、はるか未来に現れる『未来仏』にすがり、救済されるというのです。しかし、その時、仏の教えはすでに滅びてしまっています。その時の為に土中に経の入った金銅製の経筒を埋め、役立てようというのです。

 そのはるか未来に現れる未来仏の御名は『弥勒菩薩』。どれくらいの未来かというとなんと、56億7千万年の未来。途方もない未来です。

 説明板を読んでみましょう。
 もう11世紀には仏法は衰え、災厄が降りかかる末法の世になるといっています。この説明板では未来はいつとは書いてませんがそれが56億7千万年なのです。

 この城で戦いに明け暮れていた武士たちは、戦国乱世、まさに末法の世で、修羅道、餓鬼道、畜生道を苦しんでいたのでしょう。
 正しい行いをしようにも自分は武士、殺し合わなければなりません。死後、簡単に救われるとは思っていませんでした。悪業に引かれ、死後も輪廻転生を繰り返し、苦しみが車輪のようにいつまでも廻ると思っていたのでしょう。

 だからその輪廻転生が尽き果てるはるか未来、56億7千万年後に現れる救済仏、弥勒菩薩に会ったときのため経を埋めたのだろうと推測するのです。

 この場所から上の方、本丸までは動画を撮ってありますから、ご覧ください。

2 件のコメント:

しん姫 さんのコメント...

一宮にお城があったとは意外ですね!
お経を埋めた意図は解らなくも無いですが、56億年は永すぎますね。武士の因縁で苦しんでいるって解っているなら、武士辞めたらいいのにな~、解っちゃいるけどやめやれないっていう感じでしょうか?今も昔も人って愚か者なんですね。(((^^;)

yamasan さんのコメント...

 札所の大日寺の前が登山道なんですが、寺の大賑わいと違い、こちらは日曜でもいたって静、途中あった人はたった一人だけ、散策にいいですよ。しんさまもどうですか。

 そうなんです。それが問題なんです!!!
 
『わかっちゃいるけどやめられない』

 人の精神は時間を跨いで存在するように見えますが、実在するのは一瞬一瞬の小さなビーズ玉のようなものという見方もできます。
 そう見ると、それがつながって数珠のように続いていくのがひとの精神であります。
 次の一瞬にどのビーズ玉を紡ぎだすか、自由意志という考え方もありますが、仏教ではそのつむぎだす推進力となるのは『業』と言われています。
 
 業に引かれ、人は思わぬ方向に転ずるものなのでしょう。これを『悪業』と言ったりしています。

 とまあ、これが仏教的な
 『わかっちゃいるけどやめられない』
 という解釈でしょうか。もちろん悟りの道もありますが容易ではないですね。