2011年4月1日金曜日

三面記事をみて思うこと

 夢、希望に胸ふくらみ幸福感や満足感に包まれている人を見ると
 「いいな、見ていてこちらまで気持ち良くなる。」
 祝福したくなるとは思いますが、私はその人に対してそれ以上はどうも想像力が湧いてこない。

 幸せはどれもよく似ている。だれもかれも幸せ色は案外単純な色なのかもしれない。
 しかし、不幸は人の数だけあって、どれもその人の個性があり一概なものではない。それぞれに言い尽くせぬドラマがありそうである。

 人間の特性なのか苦悩、悲しみ、恨み、暗い暗い感情は幾らでも言葉が出てきそうである。またこれらのことは述べるだけでなく、聞くのも好きであるのが人の性である。

 人を遠慮会釈なく観察し、それに基づき材料を集め空事虚言を書き綴る狂言作者、今だと「小説家」という人々、世にあふれる様々なニュースの中でも特に不幸を注意深く観察しているに違いないと思うのである。
 なんか嫌だと思うかもしれないが、それは仕方のないこと、小説は殺人でも不道徳でも大反逆でもなんでも作品にする。「自由」が小説の命である。書くことはなんでも許される。面白くなく、人が受け入れてくれなければそれまでのことである。だが殺人、不幸をたくさんちりばめた小説はもてはやされている。

 ところで私は小説家でもないし、文才があるわけでもない。不幸や暗い感情をネタに絵空事を書き綴れるわけではないが、ニュースで見聞きすると空想はずいぶん広がっていく。文才があり脈絡をつけて叙述できれば小説でもかけるのだが。

 実際に起きた事件を先ほど報道していた。これはかなり私の想像を刺激しあれこれとその想像が広がっていった。

 事件は怪我もしていない被害金額も20万以下のまあありふれた強盗事件である。主犯の23歳の南米系の男とすぐ後で共犯の46歳の女性が捕まった。発表では交際相手とある。男はもとは中部地方にいて何らかの理由で徳島まで流れてきた。日本には2、3歳の幼児の時来たらしいから言葉文化も日本人と同じだろう。

 これを聞いて空想(妄想にちかいかも)はどんどん広がっていく。
 まず男は23歳、危うい青年期後期である。生い立ちから反社会的な性向かもしれない。しかし純情さは外せない。南米系だからラテンイケメンのバレンティーノのような男前に設定しよう。
 女性はどうしよう。46歳、見目容姿を単純に美人とするのは考えものだぞ、性格、これは楚々としたしとやかさ、はあり得ない。毒婦、そこまではいかない、まあ筋の流れから後で考えるとして、今は保留にしよう。

 空想の中心になるのは二人の出合い関係である。セックス?もちろんありますよ。たっぷりしっとり、じゃが単純に肉体を求め合うものでないことにしよう。
 ここは、それ、それ、光源氏のように母性を追い求める青年にしよう。とすると青年の生い立ち、それにまつわる不幸も見えてくる。
 中年女性と母性をそれに求める美青年の初めての抱擁は念入りに描写がいるぞ。なにか小さな事件、ちいさな不幸が用意されてと・・・・・・・・・・  

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