2021年10月4日月曜日

そのほかのお堂・浦山堂、そして古い映画館

  引地堂はその名の通り「引地」という名の山村部落にあるが、その手前にやはり山村である大字名「浦山」がある。そこにもお堂があるが、こちらは引地のお堂よりずっと立派である。


 ご本尊は本体を拝見するまでもなく、上部の額に「本尊・阿弥陀如来」と書かれている。引地堂は千手観音と弘法大師像二体がご本尊であり、真言宗の信仰がうかがわせるが、こちらは阿弥陀如来なので、もしかすると浄土宗や浄土真宗の宗旨の人が多いのかなと、近くで農作業する人に聞くと真言宗の宗派であっても阿弥陀様の信仰は昔は盛んであったとのことであった。真言宗は他の宗旨に比べあがめる仏様の種類も多いからなるほどと納得する。


 麻植郡や名西郡などは「奉唱光明真言百万遍」を記念した昔の石碑が多いが、この浦山堂の横には下のような念仏記念石碑が立っている。読むと「奉唱念弥陀寶号百万遍」とあり、文政二年の年号がある(江戸時代1820年ころ)、要するに「南無阿弥陀仏」の念仏を百万遍唱えた信仰の記念碑であろう。(ちなみに光明真言は呪言・オン、アボキャビルシャナゥ・・・を唱える)


 またもう一つこの浦山堂の横に青板を四角に囲った社のようなものがある。このような形式のお社は神社の最も古い形態であると聞いたことがある。何が祀られているのか、詳しくは地元の人に聞くのがいいのだろうが誰も周りにいないし、ここで時間をとるわけにもいかないのでそのままになってしまった。


 帰りの汽車の時刻に余裕があったので貞光の町筋を歩いた。昭和の初めに建てられた昔の映画館がまだ残っていた。文化財として保存しているのだろうが、かなり痛みが来ている。入場口の切符売り場の形は私が子供の時に近くにあった映画館も同じ形をしていた。懐かしい。



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