2020年1月23日木曜日

このお寺もお不動さんやったんやな

 もう三年前になるな~ぁ、まだ平成の御代じゃった。佐古地区の山際をふらふら歩いていた。前にもブログで紹介したが佐古の山際はいくつもの小谷が切れ込んでいて、だいたいその谷には神社仏閣、あるいはお堂があるものである。大谷石の採れるところの谷筋よりいくつか東寄りの谷の谷口を通っていたら、上に狸の祠あり、との立て看板を見つけた。その当時のブログで確かめると『不動山狸祠』とあった。急な谷を上がると崖の上に小寺院が見えてきた。近づくと驚いた。なんと最近火災を被ったらしくまだ黒く炭化した建物の梁が残っていたりして焦げ臭いにおいも立ち込めていた。立ち入り禁止のテープも張り巡らされていてとても参拝できるような状態じゃなかったので、そのまま引き返したことがあった。その時、谷の写真と罹災した寺の写真も撮っていた。

 それから三年。そんなとこへ行ったこともすっかり忘れていた。まあ、参拝もできなかったので寺の御本尊が何であったかも記憶に残らないのは仕方がないかもしれない。むしろ火災が起こったお寺として覚えてしまった。ちょうどそのころ童学寺本堂も燃え上がり焼失してしまったので三年前のことを思い出すと火事の寺としての印象が強く刻まれてしまっている。

 ところが今日の昼過ぎ、ハロズへそろそろ「梵字」(悉曇文字)を書く練習もせなあかんなと思い道具を買いに行った。小筆、墨汁、書道用半紙である。ハロズは佐古駅のすぐ近く、駅で降りて買い物はすぐすんだが次に乗る汽車を待つ時間が一時間以上もある。することもなく駅前で何気なく歩道横にある佐古地区の地図を見るとちょうど駅からまっすぐ山へ行ったところが不動谷となっていて「寺」のマークがある。

 「あれれれぇ~、これってずっと前に火事が行った寺ちゃぁうんかいなぁ、」

 時間もあるし、直線で距離も近いため行ってみた。やっぱし三年前に火事の行った寺だったわ。火事で焼失した建物はすっかり片づけられ今回はちゃんと参拝することができた。そこでわかったのだが、このお寺は最近では狸の祠のある寺としてのほうが有名であるがお不動さんの寺だったのである。この寺のネット上の情報は少ないが御本尊さんは「波切不動」であるという。地名も「不動谷」であるからなるほどなと思う。

 三年前の火事のすぐ後の様子

 今は上の写真跡は更地になっている。御本尊は奥の新しいお堂(写真には見えていない)にお祀りしてある。

 臨江寺のお松狸の十傑として出陣した亀七狸、不動の徳狸の二体の狸を祀ってあるお堂もある。

 横にはその狸にちなんだ井戸もある。

 参道は、急な坂、かなり傷んだ狭い道なのでたれくれまくらんように気をつけなければならない。

 確かめたわけではないがこのお寺も密教系じゃないだろうか(真言宗か天台宗か)いろいろな仏さん、お地蔵さん、権現さん、ルーツがちょっとわからない神様も祀ってある。御本尊は波切不動とあるがお堂の中に安置されているお不動さんより、下の崖の巌頭に立つ石仏のお不動さんのほうが御利益がありそうな気がする。むき出しなので坂の途中のどこからでも拝める。江戸時代に作られたようである。不動の真言をとなえ手を合わせる。
 崖のお不動さん

 拡大図

 動画、深い谷は砂防ダムで区切られているがその上方の崖の懸垂岩にお不動さんが立っている。

0 件のコメント: