2023年4月24日月曜日

古い映画の記憶に残っていた場所

  私のブログでは生々し日本の現代政治については取り上げないことにしているが今日はまぁ「話の枕」としてチョロッと取り上げる。

 昨夜に国政選挙の補欠選挙の結果が分かったが、おおむね与党の「かち」と言っていいだろうか、全(5つ)の衆参補欠選挙区の中で唯一野党に席を取られたのが和歌山の選挙区だった。もういつだったか正確な日付は忘れたが和歌山県を首相が選挙を鼓舞するために回っていて爆弾を投げつられたことがある。だいたいこんな時はいわゆる同情票があつまり与党が勝利するがそれに反して野党が勝利した。

 まぁそれについては私としてはどうのこうのいうつもりはない。そのときなんとなくなくニュースを見ていた。その現場漁港・和歌山県雑賀崎港を新聞社か報道機関のヘリコプタが鳥瞰図的角度でその全景を撮っていた。襲撃は失敗に終わったが、その事件のこぼれ話として一番耳にしたのが「雑賀崎漁港の漁師のおっちゃんが犯人を取り押さえた」という話であったが、わたしは漁港の鳥瞰図を見てまったく別のことを考えていた。

 その現場はちょっと日本にないような景観なのである。外国で比較するなら、そうだなぁ、地中海沿岸(ヨーロッパ側)、もっと絞ればギリシアのエイゲ海あたりの海沿いの町にこんなのがありそうだなぁと思ったのである。ともかく日本にはあまり見かけないような山、家々、海、沿岸の地形なのである。

 百聞は一見にしかずでパソコンで示されたググルマップの雑賀崎漁港の鳥瞰図を見てもらおう。



 まちっとズームアップしてみよう

 どうです?なんかギリシャのエイゲ海あたりの海辺の街に見えまへんか?

 私は若い時に日本全国ほぼ隈なく回ってました、和歌山も海山隔てなくあっちらこちら回りましたが残念ながらここは行ったことありませんでした。しかし、どうもこの景色!私の頭の中に残っているのである。行ったことがないことは確実ながら、ある映画で見たシーンがよみがえってきたのである。
 
 このような似た景色は、先ほども言ったように日本にそうそういくつもあるはずがない。その映画のシーンはもしかしてこの場所で撮られたもんじゃないだろうか?襲撃事件後から気になっていたが、しばらくほかのことにかまけて確かめるのを忘れていた。そして昨日、図書館にあるその映画のDVDを借りて確かめると

 「やっぱ、そうやったわ!」

 下が映画のそのシーン、上の雑賀崎漁港のググルマップと同じである、特に岬の山の形を見れば間違いない(1987年作・男はつらいよ・寅次郎物語より

 ええとこやなぁ、こんな風光明媚な場所で暗殺未遂事件を起こしたんかぁ、犯人の若者もそんなことせんと近くの山にでも上ってこの地形や広がる海を見たら考えが変わったかもしれんな。結局一生棒に振るようなことして若いのにもったいない。


6 件のコメント:

carlos さんのコメント...

やまさん、
すごい発見やなあ。
深く映画を見ている、記憶力がすごい。
日本中を隈なく回ったというのも、素晴らしい人生ですね。
いろいろ思い出を語ってください。
楽しみにしてます。

yamasan さんのコメント...

カルロスさん三週間ぶりのコメントですね、ご機嫌はいかがでした。

 こちらはこのところずっと胃のもたれや鈍痛が続いています。去年一月に胃カメラ、制酸剤の投与、ピロリ菌除去、あまり良くならず、何回か通院してまた投薬、などなど、ちょっと嫌になります。もう一年三ヶ月胃カメラ検査していないから、今度診察したらまた胃カメラでしょうが、なんか病院行く気が起こらないんですよね。

 今年になってわずかな年金と全てに上昇した物価の影響を受けた生活費、を比較検討したら、なんと、後二年弱でわずかな蓄えがなくなり、生活が破綻します、もうだから二年弱で寿命が尽きればと思いますが、でも大病を受け苦痛で終わるのは嫌だなぁとおもったりします、金もかかりますしね。

 このブログでもたびたび紹介しましたが、そんなとき自分の人生で一番いいな~、と思った時期、全国放浪(数年間)を思い出し浸っているときはいい気分になれます。このブログの「寅さんシリーズ」は46作まで続き、日本全国ロケで回ってます。だからそんな思い出に浸る一環として寅さんの映画はたびたび見ます。その中でもこの「寅次郎物語」はなんど見ても放浪の旅の良さの思いに浸されます。結果、寅さん映画のほぼ全てのシーンが頭に残っています。そんなわけでこの和歌山の漁港も思い出しました。

 もう人生のいい時は遙かかなたに過ぎ去ったと思い、過去のいい思い出にちょっぴりの癒やしを見つける今日この頃です。

carlos さんのコメント...

 抗がん剤が効かなくなった。病院で、できることはすべて行なったので、もう治療法がありません。ということで、これからは緩和ケアになる。

 緩和ケアはホスピス・終末医療のイメージがあるが、最近は治療による副作用をさけて、体力を温存するやり方。効果が下がっている治療を続けるよりも、延命効果が高いそうだ。本人も楽になる。末期以外は入院なしの外来。

 専門病院(ホスピス)を紹介される。緩和ケアの専門医によると、余命は人それぞれですが、半年から1年だと思って、準備はしておいてください。元気なまま亡くなる方はいません。当然だよな。
 ただ急変することがよく起こります。肝臓に転移したら3カ月の余命になります。長い人でも2年くらいかなあ。だそうです。
 痛みが出ることが多いが、医療用麻薬でかなり楽になるそうです。

 もうちょっとはあると思っていたので、びっくりしました。思ったより早く、事態進んでいく。終活なんてしたくないなあ。体力がどんどん落ちていくので、やりたいこと、やらなければいけないことが、できなくなってきた。それでも、少しでも楽しい人生を送りたい。

yamasan さんのコメント...

 終末期医療って若い人なら厭うべき言葉だけど、現実に終末期医療を受ける者にとっては切実なことですよね、傍から言うのも何ですが、やはり痛みや苦痛の除去を最優先して欲しいですね。欧米先進国ではそれに加えて心理専門家が、肉体的な苦痛のみでなく「心のケア」もやってますよね。苦痛が無く、できるだけ長く生きるも大切だけど、やはりそれなりに一日一日を幸せに過ごして欲しいですよね。そんな心のケアのアドバイザーがいればなぁ。

 病院や銭湯でよく会うご老人が見えなくなることがあります。聞くと入院したり、老健施設に入ったり、また緩和ケア付きの施設に入ったりと、耳にするにつけ自分も身につまされ寂しくなります。ある有名な将軍が「老兵は死なず、ただ消えゆくのみ」と言って引退しましたが、見えなくなったご老人も死なずにどこかで安楽に余生を送っていればなぁと思います。

 私も終活を最近はよく考えるようになりました。ここ二、三年体の不調が続くし、体力気力もずいぶん落ちましたからね。上のコメントにも書きましたが、あと二年弱で今の物価高での生活は、年金とわずかな貯蓄で補っても破綻するので、数少ない友人にも半分冗談半分本気で、その時まで生きればいいわ。と言ってます(冷静に考えればぽっくり死ぬなどほとんどないから死に至る病の治療費を計算に入れてない!するともっと早まるか))。そうなるとそれまでが終活の期間となります。

 しかし大方の人の人生、モーツアルトの協奏曲の最終章のように鳴り響く音が消えゆくときの満ち足りた気持ちでは終われないものでしょうね。体もまた精神も少しずつ壊れて終わるんだろうなと思います。私は独居老人なので野垂れ死したくなかったら、最後は福祉施設のお世話になることが現実的な『終活』かなと思いますが、低年金、預金も資産もない私に入れるところはあるかと思ったりします。3度ほど市の福祉課にそのことについて相談に行きましたが、大病もしてないし現実に自活できているから「まだまだお元気で、当面心配はないでしょう」といってあまり真剣には相談に乗ってくれませんでした。切羽詰まらにゃダメですね。切羽詰っては遅いと思うのですが。

carlos さんのコメント...

やまさんは、元気だからまだまだ大丈夫ですよ。
これからも、いろんなところへ行って、深く調べて、発見を書いてください。
ずっと楽しみにしてます。

yamasan さんのコメント...

ありがとうございます。ホントにしょうもないブログで、見てくれる人も数人ですが(以前知り合いにブログ紹介してその人が読んだあと、長すぎて読む気せんといわれました)、それでも読む人が一人でもいたら書く甲斐があります、カルロスさんはいつも見てくださっている大事な読者です、健康が許す限りブログをつつけますの、カルロスさんもそれに付き合ってできるだけ長く見てください、またよければ時々コメントもください。