2013年4月27日土曜日
再び津軽海峡を越えて函館へ
青森は、朝から雨、今日のメインは弘前城の満開の桜だったはずだが・・・寒い!雨!
桜は固いつぼみ。
急遽、観光地を変更して今日は青森郊外にある、三内丸山縄文遺跡を見学する。
三内丸山遺跡
その後は青森市街へ帰ってここの祭りの特徴ある山車、『ねぶた』を見学する。
人の形をした巨大な提灯になっていて、中に灯りが入っていてその独特の物語絵の武者を際立たせる。
夕方、再び青函海峡トンネルを抜け、函館へ
今夜はたぶん・・・例によって、ここの夜の観光のメインである、函館山夜景を見に出かけると思う。今7時、そろそろ・・・
2013年4月26日金曜日
水芭蕉・太宰治・縄文土偶・不老不死温泉・白神山地へ
今日は津軽半島と西海岸をレンタカーで回りました。
津軽半島の山を越しているとわれわれ四国の人間には珍しいこんなものが咲いていたので撮影しました。
それから太宰治の斜陽館へ
続いて縄文時代の遮光式土偶発掘の里へ
白神山地の十二湖へ行く途中、ぜひ入りたかった不老不死温泉へ
波打ち際に石で囲ってあるところが不老不死温泉露天、ここに入りました。
『不老不死になればいいなぁ』
今日の最後の観光は白神山地にある十二湖、その一つの湖
今晩の泊まりは昨夜と同じ青森駅前のホテル
2013年4月25日木曜日
津軽の海を越えてきた
昨日は、大阪伊丹空港から飛行機に乗ってひたすら北へ、1時間15分を過ぎると降下態勢に入った。
函館は小雨、傘を差していくつか観光地を回る。とりあえず函館の町発展の功労者、淡路島出身の高田屋嘉兵衛の史跡を見る。
詳しくはまた帰ってブログを作ります。
夕方、函館市内にある谷地頭温泉で旅の疲れを癒す。
そして今日は朝早くからレンタカーを借りて函館から西の山のほうへ
これも詳しくはまた帰ってからのブログということで、とりあえず・・・
江差 海陽丸
松前城
松前の海で昆布を採るやまさん
北海道最南端白神岬の見える浜で
そして夕方にはレンタカーを返し、津軽海峡線に乗る
そして今夜は青森駅前のホテルのパソコンからブログをアップしました。
明日は津軽平野・海岸をレンタカーに乗ってみて回ります。
函館は小雨、傘を差していくつか観光地を回る。とりあえず函館の町発展の功労者、淡路島出身の高田屋嘉兵衛の史跡を見る。
詳しくはまた帰ってブログを作ります。
夕方、函館市内にある谷地頭温泉で旅の疲れを癒す。
そして今日は朝早くからレンタカーを借りて函館から西の山のほうへ
これも詳しくはまた帰ってからのブログということで、とりあえず・・・
江差 海陽丸
松前の海で昆布を採るやまさん
北海道最南端白神岬の見える浜で
そして夕方にはレンタカーを返し、津軽海峡線に乗る
そして今夜は青森駅前のホテルのパソコンからブログをアップしました。
明日は津軽平野・海岸をレンタカーに乗ってみて回ります。
2013年4月21日日曜日
走る走る走る
今日は徳島の走るお祭りです。老若男女、みんな走る走る。
今まで走るお祭りを見に行こうというほどの興味はなかったのですが、いつも私のとりとめもない話を聞いてくれているマラソンマンさんの応援に行きました。
しかし、参加者は一万人以上、3ポイントでさがしましたが、大勢で、なおかつ視力の悪い私はマラソンマンさんを見つけることが出来ませんでした。
でもギャラリーとしてでも参加できてよかったと思います。みんな応援と一体になって、(もちろん身内、知人、友人との走りながらのエールなどを交換をしながら)楽しく、一生懸命走るのは見ていてこちらも楽しくなります。
3ポイントでの動画をまとめました。ご覧ください。
(あ、そうそう、西条大橋のねきでなんとしゅんちゃんのお父さんに会いました。一度もお会いしたことはなかったのですがブログをよく見ているので一発で『しゅんちゃんのおとうさんだ』とわかりました。)
今まで走るお祭りを見に行こうというほどの興味はなかったのですが、いつも私のとりとめもない話を聞いてくれているマラソンマンさんの応援に行きました。
しかし、参加者は一万人以上、3ポイントでさがしましたが、大勢で、なおかつ視力の悪い私はマラソンマンさんを見つけることが出来ませんでした。
でもギャラリーとしてでも参加できてよかったと思います。みんな応援と一体になって、(もちろん身内、知人、友人との走りながらのエールなどを交換をしながら)楽しく、一生懸命走るのは見ていてこちらも楽しくなります。
3ポイントでの動画をまとめました。ご覧ください。
(あ、そうそう、西条大橋のねきでなんとしゅんちゃんのお父さんに会いました。一度もお会いしたことはなかったのですがブログをよく見ているので一発で『しゅんちゃんのおとうさんだ』とわかりました。)
2013年4月10日水曜日
落ち着かず不安なこと
気になっていた心臓の検査を昨日総合病院の循環器科で行った。最初は知らなかったので内科に申し込んだが循環器科が相当ということで変更した。
次々と検査をし、数えたら5つもあった。予想はしていたが一日では済まない。24時間心電図を記録するホルダーを体に着けられた。当然、明日外しに行く。結果はすぐにわからず10日後また診察だ。その時、心臓エコー検査もするそうだ。
検査が続く間は宙ぶらりんな状態で何とも言えない不安があり、いやな期間である。
一般的な注意(当日の検査の結果として私は高血圧、動脈硬化の兆候がある)として食生活の改善を言われたが(一番の注意は減塩だ、一食2グラムといってたぞ)、味は長年の生活習慣になっているので劇的な変化はかなりの努力がいる。しかし、もうそういう年齢、そして病気持ちになったんだなあ、と覚悟する以外ないのだろう。
診察後、医師からこんな冊子をもらった。
2013年4月3日水曜日
赤い死の仮面
それは大量死の兆しかも知れない。ほとんど何事もなかったように消え去るかもしれない。しかし人類は何度となく、その大流行を迎え、大量死を出してきた。
その思い出も薄れたのか、人類の英知でそんな流行病などすでに克服されたと思っているのだろうか。
かの国でH7N9の新型鳥インフルが死の舞踏を踊り始めた。それがパンデミックになるかどうかはわからない。しかし覚悟はしておいたがいい。
致死率、感染率の高い流行病に侵され死ぬのくらい理不尽な死はないだろう。インフルとは言いながら新型は喉鼻の症状ではおさまらず、全身を侵す。特に血球が破壊され、全身が出血する。最期は肺胞が侵され。肺に水が溜まり、窒息死というからかなり苦しいだろう。
「なんで俺がこんな流行病で死なねばならんのだ。納得できない、死ねない・・・」
苦しい息の下から恨みも聞こえてこよう、しかし、パンデミックとはまさに理屈も愛もない冷厳にして残酷な死なのである。
パンデミック(この場合はコレラだが)の時の、大量死を描いた絵画がある。これである。
死神が大鎌を振るい、人の命の絆をゴソッと断ち切る。なんのためらいもない。
中世ならなすがまま、金持ちも権力者も貧乏人もそれに対し何もできない。
ところが現在は医学が発達しているだけに始末が悪い・・いや、間違った、往生際が悪い。タミフル(抗ウイルス剤)だの予防接種だので少しだけ死亡率・感染率を下げられるのだ。
どんなことをしてでもその薬を手に入れるだろう。そして絶対安全なところに金持ち権力者は逃れるだろう。
しかしどうかなぁ・・・・ホントに助かるのかなぁ・・そんなことを考えるとき、昔読んだE・A・ポーの短編『赤い死の仮面』を思い出す。(あらすじはここクリック)
パンデミックの時は、ジタバタせずにみんな仲良く死の舞踏を踊りましょうよ。
2013年4月1日月曜日
花見とランチ
どこで調べたのか、聞いたのか那賀川河口近くに桜並木の通り抜けがあるという。行ったこともないし名前も聞いたことがなかったが今日誘われてついていった。
風に誘われ時々花吹雪が舞う。
帰りは南末広の津田大橋の根方にあるこんなところに寄った。
というのも900円あまりのパスタランチの割引券を持っていて500円になるとのこと。パスタは好きじゃないが付き合った。
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