人の魂は六道を輪廻するといわれている。
天道
↓
人道
↓
修羅道
↓
畜生道
↓
餓鬼道
↓
地獄道
その中より地獄道イメージ図。
地獄に落ちた亡者であっても救いはあります。地獄にも救済の仏がいます。その有難い仏が「地蔵菩薩」です。
地獄にもかかわらず現れる究極の仏です。
いや、地獄だけではありません。上記の六道すべてに現れ、救済します。
「六地蔵信仰」です。
2011年8月14日日曜日
2011年8月13日土曜日
渇望
餓鬼という恐ろしい異形の亡霊がいます。
やせ細っているが腹は異様に膨れている。
のどは針のように細く、食物はのどを通らない。
しかし、いつも極度の空腹で、食べられないのに食欲は旺盛である。 人が食事をしたりしているとワサワサとどこからともなくやってきて、憑りつこうとする。
これに憑りつかれるといくら食べても満腹にならないといわれている。
「もっと欲しい。もっと欲しい。」
一説には飢えて死んだ人の魂が成仏できず「餓鬼」になるといわれている。
また、唯一、のどを通るのは人の糞尿だとも。
餓死し、おまけに成仏できず、こんな形の亡霊になるなんてあんまりだと思います。これも何かの(自分でまいた種?)悪い「業」に引かれた結果なんでしょうか。
今日、私は餓鬼に憑りつかれたのではないかと思っています。食物ではなく「水を無限に欲しがる餓鬼」に。今日はいくら水を飲んでも満足できず、いくらでも水を体が欲しがります。
もう体がへとへとになりました。運動したわけでも仕事したわけでもないのにこれです。
「水渇望の餓鬼」に憑りつかれたとしか思えません。こんな人、今日は多かったんじゃないでしょうか。日照りを呪って死んだ人や砂漠で水を求め死んだ人が「水餓鬼」になって憑りついているのかもしれませんね。
輪廻では生前の「業」の因果応報によって「いい生」に生まれ変わったり、「悪い生」に生まれ変わったりすると言われています。
6種類の生があるそうです。いいものから順に「天道・人道・修羅道・畜生道・ 餓鬼道・地獄道」
六道輪廻です。これを見ると餓鬼は地獄の次に恐ろしい生まれ変わりですね。
円環の六角等分の円周にそれぞれの六道があり、魂はその円環を回る。まさに車輪のような壮大な転生の輪を因果は廻る。なるほど文字通り「輪廻」ですわ。
いくらのどを潤しても決して癒されない「渇望」。今日は餓鬼道に落ちてしまいました。
「冷たい水、お茶、コーヒ、牛乳、みぞれ、棒状氷菓・・・もうむちゃくちゃでござりまするがな。結果、お腹を壊して死んだら、今度は地獄道ってか?」
やせ細っているが腹は異様に膨れている。
のどは針のように細く、食物はのどを通らない。
しかし、いつも極度の空腹で、食べられないのに食欲は旺盛である。 人が食事をしたりしているとワサワサとどこからともなくやってきて、憑りつこうとする。
これに憑りつかれるといくら食べても満腹にならないといわれている。
「もっと欲しい。もっと欲しい。」
一説には飢えて死んだ人の魂が成仏できず「餓鬼」になるといわれている。
また、唯一、のどを通るのは人の糞尿だとも。
餓死し、おまけに成仏できず、こんな形の亡霊になるなんてあんまりだと思います。これも何かの(自分でまいた種?)悪い「業」に引かれた結果なんでしょうか。
今日、私は餓鬼に憑りつかれたのではないかと思っています。食物ではなく「水を無限に欲しがる餓鬼」に。今日はいくら水を飲んでも満足できず、いくらでも水を体が欲しがります。
もう体がへとへとになりました。運動したわけでも仕事したわけでもないのにこれです。
「水渇望の餓鬼」に憑りつかれたとしか思えません。こんな人、今日は多かったんじゃないでしょうか。日照りを呪って死んだ人や砂漠で水を求め死んだ人が「水餓鬼」になって憑りついているのかもしれませんね。
輪廻では生前の「業」の因果応報によって「いい生」に生まれ変わったり、「悪い生」に生まれ変わったりすると言われています。
6種類の生があるそうです。いいものから順に「天道・人道・修羅道・畜生道・ 餓鬼道・地獄道」
六道輪廻です。これを見ると餓鬼は地獄の次に恐ろしい生まれ変わりですね。
円環の六角等分の円周にそれぞれの六道があり、魂はその円環を回る。まさに車輪のような壮大な転生の輪を因果は廻る。なるほど文字通り「輪廻」ですわ。
いくらのどを潤しても決して癒されない「渇望」。今日は餓鬼道に落ちてしまいました。
「冷たい水、お茶、コーヒ、牛乳、みぞれ、棒状氷菓・・・もうむちゃくちゃでござりまするがな。結果、お腹を壊して死んだら、今度は地獄道ってか?」
阿波踊りのお触書
阿波踊りなど見たくもないし、ブログに取り上げるのもヤダ。
でもここ徳島では今日からある意味、狂気の阿波踊り期間4日間です。阿波在住の人のブログをのぞいてみるとやっぱ「踊り」関係をとりあげている。
「あっしは、意地でも阿波踊りなどブログに取り上げるものか。」
と思いつつ、昼に新町川の水際公園を歩いているとこのような立て看板が目に入った。
「こりは!!!???」(@_@;)
いたく私の興味をそそった。
「いわゆる特攻服」、ほ~ほ~ほ~。ドイツではナチスの格好をすることはユダヤ殲滅計画への人道上の罪への反省から「法律」で禁止され、罰則もあるようだが、日本でそんな法律はあるまい。
なんの格好をしようが自由と思うが・・・・「なんで?」
それにしても「特攻服」を着たっていうが、それ誰なんだろ、終戦記念日が近いし、ボニで御霊がもんて来てるから、あの航空機で体当たり・自爆の「特別攻撃隊」(特攻隊)のパイロットのコスプレだろうか。
それとも右翼、暴走族、若手のやくざのことだろうか。そうだとすれば「いわゆる特攻服」じゃ、その定義に当たらないんじゃないか。
「なんだろ、なんだろ、謎である。」
もっとすごいのは第2項目である。
「正当な理由なく、い集すること」
「い集」?調べて、おろろいた!
「蝟集」、ハリネズミの毛のように、一時に1か所に、多くのものが寄り集まること。
なにやら痛そうな突っ張った針がたくさん集まるんだとか。
ということは、この針を、アンチャンと読み替えれば
触れたら痛そうな突っ張った兄ちゃんが大勢一か所に集まることなんですねぇ~。
こんな糞難しい言葉を使う意図ってなんですかねぇ~。
あんまりおもしろいから夜も徳島へ行くことにしました。
「特攻服」と「ハリネズミの集団」とはどんなもんか見たくてたまらなくなりました。
それとこの時代錯誤な立て看板を出した「お上」が出没したその集団に対しどうするのかも見てみたいです。
まるで江戸時代の「お触書」ですわ。
これこれの格好して立ち入るな。集まるな。
蜂須賀藩政時代発祥の「阿波踊り」の期間は
藩政時代のお触書も復活したようです。
日が沈むころ徳島へ行きました。超満員の市街でした。「特攻服」と「ハリネズミの集団」はいませんでした。どうも現れるのは午後11時過ぎてからのようです。
そんなにも待てないので新町川から十三夜月の夜景を写真にとり帰ってきました。
昨日の夕方、空を見上げるとこんな雲が。
まるで木星の表面の縞の上にできた大赤班みたいです。
でもここ徳島では今日からある意味、狂気の阿波踊り期間4日間です。阿波在住の人のブログをのぞいてみるとやっぱ「踊り」関係をとりあげている。
「あっしは、意地でも阿波踊りなどブログに取り上げるものか。」
と思いつつ、昼に新町川の水際公園を歩いているとこのような立て看板が目に入った。
「こりは!!!???」(@_@;)
いたく私の興味をそそった。
「いわゆる特攻服」、ほ~ほ~ほ~。ドイツではナチスの格好をすることはユダヤ殲滅計画への人道上の罪への反省から「法律」で禁止され、罰則もあるようだが、日本でそんな法律はあるまい。
なんの格好をしようが自由と思うが・・・・「なんで?」
それにしても「特攻服」を着たっていうが、それ誰なんだろ、終戦記念日が近いし、ボニで御霊がもんて来てるから、あの航空機で体当たり・自爆の「特別攻撃隊」(特攻隊)のパイロットのコスプレだろうか。
それとも右翼、暴走族、若手のやくざのことだろうか。そうだとすれば「いわゆる特攻服」じゃ、その定義に当たらないんじゃないか。
「なんだろ、なんだろ、謎である。」
もっとすごいのは第2項目である。
「正当な理由なく、い集すること」
「い集」?調べて、おろろいた!
「蝟集」、ハリネズミの毛のように、一時に1か所に、多くのものが寄り集まること。
なにやら痛そうな突っ張った針がたくさん集まるんだとか。
ということは、この針を、アンチャンと読み替えれば
触れたら痛そうな突っ張った兄ちゃんが大勢一か所に集まることなんですねぇ~。
こんな糞難しい言葉を使う意図ってなんですかねぇ~。
あんまりおもしろいから夜も徳島へ行くことにしました。
「特攻服」と「ハリネズミの集団」とはどんなもんか見たくてたまらなくなりました。
それとこの時代錯誤な立て看板を出した「お上」が出没したその集団に対しどうするのかも見てみたいです。
まるで江戸時代の「お触書」ですわ。
これこれの格好して立ち入るな。集まるな。
蜂須賀藩政時代発祥の「阿波踊り」の期間は
藩政時代のお触書も復活したようです。
日が沈むころ徳島へ行きました。超満員の市街でした。「特攻服」と「ハリネズミの集団」はいませんでした。どうも現れるのは午後11時過ぎてからのようです。
そんなにも待てないので新町川から十三夜月の夜景を写真にとり帰ってきました。
昨日の夕方、空を見上げるとこんな雲が。
まるで木星の表面の縞の上にできた大赤班みたいです。
2011年8月11日木曜日
あっちこっちまわったが結局いつものとこでランチ
今年の4月にオープンしたという鳴門・北灘の「さかな市」は、おいしいさかなが直売されていて、また新鮮な海鮮料理が食べられるというので茶飲み友達と行ってきました。
直行するのも能がないので鳴門公園、スカイライン経由で行きました。連れはあまりこのコース乗り気じゃなかったみたいですが、私は2年間鳴門に通い、また渦の道での緊急雇用対策として観光案内で働いたことがあったのでなつかしく、助手席から楽しめました。
途中の四方見展望所の景色
さかな市は全く期待はずれでした。なぜか魚は水揚げされてないのかほとんどなく、乾物とか、農産品ばかりでした。
いろいろな貝類がありました。
海鮮品を買うこともできず、海鮮料理も10時半だったので食べたいとも思わず、引き返しました。
途中、田宮のツタヤに寄り時間をつぶし、よく行く
ベリーズでランチバイキング。
せっかくのドライブだったけどちょっとお粗末でした。
直行するのも能がないので鳴門公園、スカイライン経由で行きました。連れはあまりこのコース乗り気じゃなかったみたいですが、私は2年間鳴門に通い、また渦の道での緊急雇用対策として観光案内で働いたことがあったのでなつかしく、助手席から楽しめました。
途中の四方見展望所の景色
さかな市は全く期待はずれでした。なぜか魚は水揚げされてないのかほとんどなく、乾物とか、農産品ばかりでした。
いろいろな貝類がありました。
海鮮品を買うこともできず、海鮮料理も10時半だったので食べたいとも思わず、引き返しました。
途中、田宮のツタヤに寄り時間をつぶし、よく行く
ベリーズでランチバイキング。
せっかくのドライブだったけどちょっとお粗末でした。
2011年8月10日水曜日
平静な心、平静な心、と自分に言い聞かせるが、
また今日も嫌なものを見聞きした。平静な心を持った人ばかりではないかと思われる図書館で。
私が気づいた時は大声で怒鳴り、興奮してる人が新聞・雑誌閲覧コーナーにいた。その人は私よりずっと年配の人で、その人が真向かいに坐った同じ年配の人に怒っている。
どうやらスポーツ紙を読んでいた真向かいの人に、「読んだら次に貸してくれ」といった返事が「今読んみょんじゃ!」(徳島弁のニュアンスでは言い方によったらかなり相手に対し否定的拒否的態度になる)というもので、その言い方が気に食わないと、怒っている。
老人性の怒りの特徴だろうか、言い出してからだんだん一人で興奮して怒っている。対手はほとんど言葉を発しないのに、エスカレートしている。そのうち椅子から立ち上がり、対手に詰め寄り始めた。
「こりゃ、かなりやばいんじゃないか。」
思っていたら、図書の係りの人がおもむろに近づいていきました。(もっと早くしろよ!さっきから大声出してるのに!) 若い女性の司書です。小声で
「すみません、他の方の迷惑になるので大声はお控えください。」
どうなることか、ハラハラして見ていたのだが、言われると、すぐ静かになり、どこか姿を消した。
まあ、それで一段落ついたようである。その時私は借りようとしていた本に目を通し、序文を読んでいた。しかし、怒りの大声で、当事者でなくてもとても平静に文字を目で追える状態ではなかった。
怒り主がどこかへ姿を消し、静かになっても、あんなに怒りの声を聞かせられた私としては続きなど読めなかった。
とりあえず今手に取っているこの本を借りてさっさとこの場から離れようとした。静かになった新聞・雑誌コーナーをもう一度見てちょっと驚いた。
なんと怒りの矛先の相手のおじいさん、何事もなかったかのように平静にスポーツ紙を読んでいる。顔も平静そのもの、体が震えていることもない。
目線はゆっくり紙面の上を動いているから、平静を装って「フリ」をしているわけではない。驚きとともに感心した。
私などは見聞きしただけでもう平常さはどこかへ行ってしまい。「いやなものを見た。」という暗い気持ちで心がいっぱいになる。
「いやぁ~。まったく悟りきった爺さんですわ。わたしもこんなになれたらな。」
怒りにまかせて大声で「恐ろしい脅し文句」や「聞くに堪えぬ罵詈雑言」を発する人。まあ。対手も受けて立つ場合もあるから当事者はいいとしましょう。
何も関係ないのに聞かされるまわりの者、平静に受け止められない人もいますから、控えて欲しいですね。特にここは図書館でバスや列車じゃないんだから(この場所でもよくないよ)ね。
実はこの図書館(名誉のため名前はいいません)の新聞・雑誌コーナー、かなり独特の雰囲気が漂ってます。いつも同じ顔ぶれが坐っています。廊下にはなぜか全家財道具とおぼしきものを入れた手押し車がいつも置いてあります。ときどきうたた寝でなく「昏睡」してる人も見ます。
常連さんが一番好むのはスポーツ紙、地元紙、全国紙の順です。気の弱い私はトラブルを避けるためここではこんな新聞は読まず、いつも誰も読まない「英字新聞」を読んでいます。大意しかわからないけど、おかげでトラブルには巻き込まれず、さらに英語の勉強になります。
どんな人であれ図書館を利用する権利はあります。そして少し逸脱した利用のしかたも良しとしましょう。でも大声で怒りまくるのは絶対やめてほしいです。
私が気づいた時は大声で怒鳴り、興奮してる人が新聞・雑誌閲覧コーナーにいた。その人は私よりずっと年配の人で、その人が真向かいに坐った同じ年配の人に怒っている。
どうやらスポーツ紙を読んでいた真向かいの人に、「読んだら次に貸してくれ」といった返事が「今読んみょんじゃ!」(徳島弁のニュアンスでは言い方によったらかなり相手に対し否定的拒否的態度になる)というもので、その言い方が気に食わないと、怒っている。
老人性の怒りの特徴だろうか、言い出してからだんだん一人で興奮して怒っている。対手はほとんど言葉を発しないのに、エスカレートしている。そのうち椅子から立ち上がり、対手に詰め寄り始めた。
「こりゃ、かなりやばいんじゃないか。」
思っていたら、図書の係りの人がおもむろに近づいていきました。(もっと早くしろよ!さっきから大声出してるのに!) 若い女性の司書です。小声で
「すみません、他の方の迷惑になるので大声はお控えください。」
どうなることか、ハラハラして見ていたのだが、言われると、すぐ静かになり、どこか姿を消した。
まあ、それで一段落ついたようである。その時私は借りようとしていた本に目を通し、序文を読んでいた。しかし、怒りの大声で、当事者でなくてもとても平静に文字を目で追える状態ではなかった。
怒り主がどこかへ姿を消し、静かになっても、あんなに怒りの声を聞かせられた私としては続きなど読めなかった。
とりあえず今手に取っているこの本を借りてさっさとこの場から離れようとした。静かになった新聞・雑誌コーナーをもう一度見てちょっと驚いた。
なんと怒りの矛先の相手のおじいさん、何事もなかったかのように平静にスポーツ紙を読んでいる。顔も平静そのもの、体が震えていることもない。
目線はゆっくり紙面の上を動いているから、平静を装って「フリ」をしているわけではない。驚きとともに感心した。
私などは見聞きしただけでもう平常さはどこかへ行ってしまい。「いやなものを見た。」という暗い気持ちで心がいっぱいになる。
「いやぁ~。まったく悟りきった爺さんですわ。わたしもこんなになれたらな。」
怒りにまかせて大声で「恐ろしい脅し文句」や「聞くに堪えぬ罵詈雑言」を発する人。まあ。対手も受けて立つ場合もあるから当事者はいいとしましょう。
何も関係ないのに聞かされるまわりの者、平静に受け止められない人もいますから、控えて欲しいですね。特にここは図書館でバスや列車じゃないんだから(この場所でもよくないよ)ね。
実はこの図書館(名誉のため名前はいいません)の新聞・雑誌コーナー、かなり独特の雰囲気が漂ってます。いつも同じ顔ぶれが坐っています。廊下にはなぜか全家財道具とおぼしきものを入れた手押し車がいつも置いてあります。ときどきうたた寝でなく「昏睡」してる人も見ます。
常連さんが一番好むのはスポーツ紙、地元紙、全国紙の順です。気の弱い私はトラブルを避けるためここではこんな新聞は読まず、いつも誰も読まない「英字新聞」を読んでいます。大意しかわからないけど、おかげでトラブルには巻き込まれず、さらに英語の勉強になります。
どんな人であれ図書館を利用する権利はあります。そして少し逸脱した利用のしかたも良しとしましょう。でも大声で怒りまくるのは絶対やめてほしいです。
2011年8月9日火曜日
夏休み やまさんの絵日記 その2
今日も暑く、何か涼しい方法はないかと考え、ン十年ぶりに海水浴をすることにしました。
自転車に乗り小松海岸海水浴場に着き、パパッと服を脱ぎ半パン一丁になって泳ぎ始めました。
「いやぁ~、ホントに気持ちよかった。」
「海に入るってこんなに楽しいものか。」
「文字通り、うきうき、しますわ。」
大きく息を吸ってあおむけになると、海って真水より浮力あるから、プカプカうかぶ。
真上は青空とギラギラした太陽。浸かった耳からは喧騒は消え、波音と海底の砂の転がる音が聞こえる。
海に寝転んだ気分だ。この上なく心地よい。
寝ながら波に漂いたいが、時折、大波がやってきて体をローリング、ピッチングされ、海中にもみこまれる。
青洟を垂らしてもがきながら上がるのも楽しい。
なんてったって、足がつくものね。あ~んしん!
ン十年も海水浴しなかったが、こんなに楽しく、それも金をかけずにできるなんてすばらしい。
「くせになりそう」
明日は、ちょっと遠いが自転車で月見が丘まで行こうかな。
自転車に乗り小松海岸海水浴場に着き、パパッと服を脱ぎ半パン一丁になって泳ぎ始めました。
海水浴などもう十年以上したことがない。海水パンツもなかったが、ニットの半ズボンがあるので海パンの代わりにした。
胴回りは贅肉がタプタプいっている。
ここは海の家もあるが、1円もお金を使わない主義なので無料の更衣室、シャワー室を使った。
海にいたのは30分未満、泳いだのは10分くらい。「いやぁ~、ホントに気持ちよかった。」
「海に入るってこんなに楽しいものか。」
「文字通り、うきうき、しますわ。」
大きく息を吸ってあおむけになると、海って真水より浮力あるから、プカプカうかぶ。
真上は青空とギラギラした太陽。浸かった耳からは喧騒は消え、波音と海底の砂の転がる音が聞こえる。
海に寝転んだ気分だ。この上なく心地よい。
寝ながら波に漂いたいが、時折、大波がやってきて体をローリング、ピッチングされ、海中にもみこまれる。
青洟を垂らしてもがきながら上がるのも楽しい。
なんてったって、足がつくものね。あ~んしん!
ン十年も海水浴しなかったが、こんなに楽しく、それも金をかけずにできるなんてすばらしい。
「くせになりそう」
明日は、ちょっと遠いが自転車で月見が丘まで行こうかな。
2011年8月8日月曜日
秋立ちぬというけれど
今日は立秋、暦の上では今日から「秋」、とはいっても気温の上からは夏真っ盛り。毎日暑い日が続いているが、我が家はド田舎、それも泉が源泉の川がすぐ横を流れているため、7月末までは夜は気温も下がり、寝苦しい思いはしなかった。しかし、8月に入ってからは夜も暑くて寝苦しい。
「なにが秋立ちぬじゃ」
と天に向かって言いたくなる。
今日も夏の一日、何ら変わることがない。ゴロゴロ、ピカッ、ザァ~と夕立があって、そのあと涼しくでもなれば、立秋を実感できようが、とりわけ暑い一日で終わった。
ただ、あいさつの上からは今日からは「残暑見舞いになる。」 暑中だろうが、残暑だろうが、どっちでもいいと思うが習慣なので従う方が
「いいざんしょ!」
どこもかしこも暑いがこんな中、ほんのちょっとした「秋の気配」を見つけ出すのが「風流」というものである。
「そよと吹く、涼しい風」、それでなくても秋の風物の先走りでもいい。たとえば「秋桜(コスモス)」一輪が咲いただけでもいい。
風流を求めて夕方外を歩いたが、西日がきつく、風などない。めまいがするような暑さですぐ家に引き返した。で、自然の風に当たらず扇風機に当たっている。
昔の風流人は「風」に秋の気配を感じる人が多かったようである。
おそらく今日の「立秋」で新聞のコラム、多くの人々のブログなどでうんざりするほど取り上げられるのは次の歌であろう、
秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる (藤原敏行)
わたしは今日は「小さな秋」を感じることはできなかったが、実は2日前、MOTOさんの勤めているところのバザー「納涼祭」で風景を撮っていて、偶然、雲の形と流れに「小さな秋」を感じた。
下の動画がそれである。
上層は薄い巻雲、まだら雲で秋の「西風」に流されている。しかし、低層の雲は積乱雲で西にわだかまり、これは「東風」で流されるから、上層雲と低層雲が逆向きにながれ、交差する。
それを読んだ古今の和歌を思い出した。まさにこの動画の撮影日と同じ立秋の前の日に読んだのである。
夏と秋と行きかふ空の通ひ路はかたへ涼しき風や吹くらむ (凡河内躬恒)
「なにが秋立ちぬじゃ」
と天に向かって言いたくなる。
今日も夏の一日、何ら変わることがない。ゴロゴロ、ピカッ、ザァ~と夕立があって、そのあと涼しくでもなれば、立秋を実感できようが、とりわけ暑い一日で終わった。
ただ、あいさつの上からは今日からは「残暑見舞いになる。」 暑中だろうが、残暑だろうが、どっちでもいいと思うが習慣なので従う方が
「いいざんしょ!」
どこもかしこも暑いがこんな中、ほんのちょっとした「秋の気配」を見つけ出すのが「風流」というものである。
「そよと吹く、涼しい風」、それでなくても秋の風物の先走りでもいい。たとえば「秋桜(コスモス)」一輪が咲いただけでもいい。
風流を求めて夕方外を歩いたが、西日がきつく、風などない。めまいがするような暑さですぐ家に引き返した。で、自然の風に当たらず扇風機に当たっている。
昔の風流人は「風」に秋の気配を感じる人が多かったようである。
おそらく今日の「立秋」で新聞のコラム、多くの人々のブログなどでうんざりするほど取り上げられるのは次の歌であろう、
秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる (藤原敏行)
わたしは今日は「小さな秋」を感じることはできなかったが、実は2日前、MOTOさんの勤めているところのバザー「納涼祭」で風景を撮っていて、偶然、雲の形と流れに「小さな秋」を感じた。
下の動画がそれである。
上層は薄い巻雲、まだら雲で秋の「西風」に流されている。しかし、低層の雲は積乱雲で西にわだかまり、これは「東風」で流されるから、上層雲と低層雲が逆向きにながれ、交差する。
それを読んだ古今の和歌を思い出した。まさにこの動画の撮影日と同じ立秋の前の日に読んだのである。
夏と秋と行きかふ空の通ひ路はかたへ涼しき風や吹くらむ (凡河内躬恒)
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