2019年9月7日土曜日

山崎忌部神社に行ってきた(山川町)

 古くは麻植郡は麻殖郡と称したことでもわかるように古来より神事に使われる「麻」の産地でもあった。古代氏族忌部氏は神祇にかかわる職掌とともに麻織物である麁服(あらたえ)などを作る役目もあった。古代より天皇の大嘗祭(実質即位式)にこの布が貢進されている。その大嘗祭に貢進される麁服は山川町にある山崎忌部神社から出発している。

 今月の2日にその麁服に使う麻糸を作った(苗から育て糸にまでする)木屋平の三木家の当主が木屋平より(三木神社)、山川町の山崎忌部神社に運び入れた。このあと地元の乙女らの手で布に仕上げられるのである。下は3日の地元新聞に載った「引き渡し式」の様子。

 今日、この山崎忌部神社に行ってきた。神社の境内は式典の準備が整っている。2日の「引き渡し式」のあと、今月の10日には(午前10時より)ここで「織り初め式」が行われ地元の氏子の関係者から選ばれた7人の乙女により機(はた)によって麁服が織られる。即位式は10月22日で大嘗祭は11月14日であるから、仕上がった麁服を調整して献上する期間も考えると約1か月ほどで織り上げなければならない。

 10日の「織り初め式」の準備もできている。今は広場(駐車スペース)になっているが神社東横に昔(大正、昭和の大嘗祭の時)の織り殿や乙女が寝泊まり家屋があったそうである。


 神社にお参りしていると横のプレハブの臨時の社務所にいる人が町内の神社や古墳などの文化財の載ったパンフレットをくれた。社務所には2人いたがおそらく24時間、この神社の警備も兼ねて詰めているのだろう(小さな神社なので社務所もなく、もちろん神主さんも常駐していない)。先の平成の大嘗祭の頃に由緒ある神社が相次いで放火される事件が発生したので万全を期しているようだ。

 山崎忌部神社の位置(パンフレットの地図より)

 神社の由緒書き

0 件のコメント: