2023年8月22日火曜日

提灯と旧盆


  友人の親が最近亡くなったので友人の家では今年は初盆になる。先日友人の家を訪問した時、美しい絵柄の吊り提灯がぶら下げてあった。昔から「初盆の提灯」と呼んでいたが、このような提灯は一般的に何と呼ぶのか、前のブログで紹介したモラエス著「徳島の盆踊り」の中にこのような提灯を『岐阜提灯』と呼んでいる。モラエスさんの説明によれば、「美しい卵型をしたちょうちんで、花鳥風月を巧みに描いて、きれいに飾ったもので、死者の魂を案内して、この世に残した家庭に導くものです」とある。暗くなって友人の家をお暇するときに見たが、たよりないろうそくの光(ろうそくを模した電池の豆球なのだが)で絵柄がぼんやりと浮かびあがっている。なるほど、御霊を迎えるにふさわしい幻想的かつ神秘的な雰囲気の提灯だなとおもった。


 我々の生活から提灯が実用から遠ざかって久しい。七十数年生きてきたワイの小ンまいときでも、闇や夜道にはすでに懐中電灯が用いられていた。だから提灯は飾り(祝儀、不祝儀)しかしらない。時代劇なんどで提灯が夜道の照明用に使われていたのを見るくらいである。さきほど美しい絵柄の吊り提灯は「岐阜提灯」と名付けられていたが、江戸時代夜道に携行する提灯は何というのか、以前聞いたことがあったのを思い出すと「ブラ提灯」と呼んでいるようだ。調べると確かにそうだ。ぶらぶら揺れるからブラ提灯なのだろう。

 時代劇でこのブラ提灯を持った人が出てくると、だいたい辻斬りや闇討ちにあうシーンが多い。そして惨殺がなされ、ブラ提灯が地に落ちて燃え上がるシーンが印象深い。そうそうそんな時代劇のシーンを思い出していると、また違う提灯の種類が思い浮かんだ。このようなシーンである。ブラ提灯を番頭か手代が持って先導している後ろには、駕籠に乗った店の大旦那が乗っている、そこで襲撃となるのだが、駕籠には提灯がぶら下がっているが、円筒形の特異な提灯である。これは「小田原提灯」である。前二者の岐阜提灯、ブラ提灯を知らない人でも小田原提灯の名は聞いたことがあるだろう、童謡「おさるの駕籠屋」に出てくるためである。

 みんながよく知っている提灯の種類にはもう一つある、もっとも○○提灯という名ではなく「回り燈籠」あるいは「走馬灯」いう呼び名で知られている。飾り灯篭の一種だから今でも吊るす場合がある。見たことのない人でも走馬灯云々の言葉はよくフレーズ中に使われる。映る絵柄がクルクル繰り返される、そして追う人が追われる人になる、その果てしなく動く影絵を見ていると何か不思議な気分になってくる。この走馬灯も夏の夜、盆の宵、というイメージがある。この走馬灯(回り燈籠)は飾り燈籠なので、必ずしも亡者の供養のためではないが地方によっては追善のためにつるす場合もあるようである。


 ここ徳島では提灯として現代も需要が多いのは「阿波踊りの提灯」である。踊り連の前を行く提灯には連の名前が入っている。立てた竹竿の上に提灯を二つ並べ、高く掲げた男衆(おとこし)が先頭きって練り歩くのである。調べると「高張提灯」が正式名称である(提灯一つの場合が多いが)、大昔を知るものとしてはこれが阿波踊りの提灯であったが、今はそれに加え踊り子の個人の手持ち提灯も一般的になってきた。これも正式名称は弓張提灯であるが、阿波踊りの手持ち提灯として普通に呼びなれている。特に動きの激しい男踊りには、弓の弾力で提灯を引っ張っていて揺れないから、持って踊るのに都合がよい。

 いろいろな提灯あふれる阿波の盆の夜はすぎさった。しかし何百年にもわたって行われていた旧盆はまだ去っていない。モラエスさんの随想に出てきた大正四年の旧盆の15日は太陽暦では8月25日になる。今年令和5年の旧盆の15日は、8月30日となる。これから旧盆をむかえる。「それでどうしたの?」といわれそうだ。もう今や旧盆で盆行事をする人もいまい。神社仏閣でさえ今の盆(月遅れの15日)で行事を行っている。旧盆を知ったところで無意味であろう。それに普通の人は旧盆の日を知ることもない。暦や占いに興味のある人が買っている「高島暦(暦注)」の日付の注に小さい字で「旧盆」と書かれて、それで認識する。

 しかしなにも暦注の本を見なくても、我々が旧盆を知ることは普通にできる。旧暦でも一年は12ヶ月であり(まぁたまに閏月もあるが)、そして秋を3ヶ月にあてると、それぞれの月は初秋月、仲秋月、晩秋月となる。その初秋の満月が旧盆の15日にあたる、だから初秋、つまり立秋をすぎて夜空を見ていると月がだんだん膨れてきて十三夜から満月になるころが旧盆の期間である。つまり夜空の月を見ると旧盆はわかるのである。

 昭和九年のポスターが残っている(下図)。文字が右から左へと書かれているのと「をどり」の旧仮名づかいがレトロな時代の雰囲気を醸している。このころは旧暦で盆踊りをしていた。この年の旧盆15日は8月の24日がそれにあたる。そして注意してもらいたいのは、左上に大きな満月の明かりが見えていることである。旧盆は満月であることがよくわかる。

 今日夕方、西の空をみあげると五日月(三日月より少し厚みがある)がみられるが、月末が近づくにつれだんだん膨れてきて満月となる。そのころが旧盆となる。静かな環境で亡き人を偲びたいのであれば、旧盆のころがふさわしいかもしれない。さすがに八月末ともなれば、夜には涼しい風も吹くだろう。また盆などという観念をはなれて、初秋の月を愛でるのもいいかもしれない。

1 件のコメント:

Teruyuki Arashi さんのコメント...

合掌