2019年6月3日月曜日

こんなところにもえびす神社が

20190114

 赤石めざして市役所前から海岸近くを通っている旧道を歩いた。途中競輪場の前に小さな神社があった。鳥居の額を見ると「蛭子神社」とある。ここにもえびす神社がある。やはり海岸のすぐそばである。
 下はその位置である。競輪場は見たらお分かりのように四角の埋め立て地であるので、それ以前はこのえびす神社は海に接していた。
 競輪場や工場のある四角の埋め立て地の南東から海岸を見る。埋め立て前の蛭子神社の前はこのような波の洗う海岸であったと思われる。

 神社の由来書きを見ると祀られて400年云々とある。この時代は後期倭寇の時代でもあり、また南蛮人が日本に渡来し、南蛮貿易が始まった時代でもある。鎖国はまだなく、海外に商機を求めて日本人が雄飛した時代でもある。前のブログでも書いたように、海からもたらされる富多かれと、えびす神社が建てられたのがこの時代であったのはそれらのことと関係があるのかもしれない。
 上の砂浜は弁天島まで続いている。
 赤石の踏切の横に遺跡の石碑が立っている。源平合戦の折、義経がこの近くに上陸し、ここで軍船を集め勢ぞろいした場所であるとこのことである。ここの地名の『勢合』もそれに由来するそうである。
 今も入り江になっている。
 

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