2012年3月5日月曜日

やまさん中世を歩く その8 権現さんに出会う旅


 まず、最初に『権現さん』ってなんなんでしょう?それは神様でもあり、実は仏様でもあるのです。寺や神社に祭られていますが、山そのもの、あるいは山にある大きな岩(磐座)、滝、などがご神体であることもあります。

 身近な我が町にこの権現さんはいます。我が町のどこからでも見られる高越山に鎮座しています。この頂上には高越寺があり、高越大権現をお祭りしていますが、山門をくぐるとなんと神社の象徴の「鳥居」あり、寺なのに神社?不思議だ!これはこの権現さんの性格を表しています。

 以前、高越大権現のブログを作っていますので、今日の中世の旅に出る前に見ていただければ権現さんというものがわかると思います。

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 今日、旅をする紀州・熊野にはたくさんの神や仏がいます。たくさんある「王子」といわれる祠にいる小さな神様から、熊野を代表する勢力の強い(多くの信仰を集めているという意味で)三社の大きな神様まで、多神教世界が広がっています。

 その三社の3体の神は本当は仏様で仮の姿として神様になっているというのです。阿弥陀如来、薬師如来、千手観音がそれぞれ本宮、新宮、那智大社の神になっているのです。

 今日旅をする熊野で一遍上人は「権現さん」(神、いやホントは仏か)に遭遇してインスピレーションを受けます。
 合理主義者の多い現代人からすれば

 「神や仏が正体のある姿になって人の前に出ることなどあり得ぬ。」

 と思われるかもしれませんね。しかし、中世の人はこう考えました。

 『この権現さんはもともと仏だったのに、人をすくうため身近な土着の神となって仮の姿で現れてくださったのだ。だからもう一度、仮の姿で、人の姿として現れたとしてもおかしくないわけだ。』

 と。

 今でも遊行や巡礼をしていて、その道中で、ふと、この世にはもう存在しない人(死者、あるいはお大師様、または神仏そのもの)と出会ったり、すれ違ったりする話はよく聞きます。

 「そんなバカな、他人のそら似だわ!」

 と否定してしまうことはたやすいですが、遊行や巡礼を始めた人にとってそれは真実なのです。それが信仰というものでしょう。

 では、熊野の旅を始めましょう。

 熊野の山中で一遍は一人の僧侶と出会います。それまでに一遍さんは南無阿弥陀仏と書いた(木版印刷か)お札を出会う人に配り、一緒に「南無阿弥陀仏」と名号を唱えていたのだと思います。
 それで同じようにこの僧侶にも
 「どうかお札を受け取って、南無阿弥陀仏ととなえてください」
 といいます。しかし、それに対し僧侶は
 「自分は信心の念が起こっていない。受け取ればウソになる」
 といって受けません。一遍さんは
 「仏の教えを信じないのですか。どうして受け取ってくれないのですか」
 対する僧侶は
 「仏の教え、経は疑ってはいない。しかし、信心は起こらない、仕方のないことだ。」
 と答えます。

  そのうち、そのそばに修行者が集まってきます。成り行きを見て、もし、この僧侶がお札を受け取らないならば、この修行者たちも受け取らない様子に見えました。
 一遍さんは仕方なく不本意ながら

 「信心起こらなくても、受け取ってください」

 とお札を渡します。それを見た他の修行者も一遍からお札を受け取りました。そのうちこの僧侶はかき消えるようにいなくなってしまいました。(実はこの僧侶、権現さんが一遍さんを試すために現れたんじゃないかと思うのです。だって、絵巻の僧侶の上に権現と書き入れてますものね。)

 一遍はこのことが気にかかりこれについて深く考えます。

 下は上の絵巻の左続き、このような修行者(道者)が山中を行き来している。今でも修験道の修行者はこんな格好をしていますね。

 そして本宮に参拝します。これは本宮。
 よく見ると境内に一遍さんが2人いる。絵巻物の特徴の異時同図法。
 まずは、左の一遍さん、旅の僧侶との遭遇の気がかりから本殿でまどろみ、夢うつつの中で権現に会い神託を受けるところ。(一遍はひざまずき、対する白い服を着た立ち姿が権現である)下はその拡大図です。
 そしてその神託から悟りを得、どこからともなく現れた童子(これも神々だとされる)たちが右に見え、一遍さんがお札を配っている。
 その神託による悟りですが、宗教的な話に立ち入るので詳しくは言いませんが、これによって一遍さんの疑念ためらいは消え、信心するもの不信心のものを問わず、あらゆる人に札を配り続けようと決心します。

 次はこの境内に集まる人々を見てみましょう。これは本殿前で祈りをささげる僧侶と人々。みんな白い浄衣を着ている。女性は大きな市女笠に笠から垂らしているベールのようなものは虫垂れの絹、参拝の装束である。

 次は松明を掲げ門を入ろうとする人々。話しが逸脱しますが、こういう衣装、私大好きです。できたら今でもずっと着ていたいです。皆さんも着てみたいと思いませんか。着物といえば皆さんは江戸期の衣装のみが和装の着物と思われますが、中世の着物はこのようなものだったんですよ。

 次はこの本宮への船着き場、川を行き来するのが本宮から新宮への交通の主な手段です。
 下は拡大図、この船漕ぎ男性、髭面で気になります。私が名づけて『中世日本のベニスのゴンドラ男』、どう思います?
 それにしてもこの櫓捌き、船の操り方、絵師は上手く描写してますね。この時代、写真はなくてもこの絵師、スケッチ、クロッキーで速写してますね。こういう人が実際にいたんでしょう。絵巻の人物ではありますが、このゴンドラ男に親しみが湧いてきました。

 新宮は前回のブログで取り上げましたので三社の最後は那智大権現、神体は有名な『那智の大滝』、拡大図は那智の滝。皆さん、行かれたことありますか?わたしは平成21年8月に熊野三社巡りをしました。800年を経た今も変わっていない滝の姿が見られました。


 つづく

3 件のコメント:

Unknown さんのコメント...

権現の意味は、仏の仮の姿である神々のことだったんですね。またもや言葉の意味も知らずに使っていた言葉が発覚しました。特に宗教用語なんかは特にその傾向があるように思いますね。これからはもっとまじめに勉強しないと、無知とか思い込みの世界にとどまってしまうような気がしました。日々精進!(^.^)अमिताभ

yamasan さんのコメント...

しんさまこんばんわ、夜のお仕事で睡眠は十分とれてますか。春先は何かと体の変調をきたします、お気を付けください。

 いつも浅薄な知識、向う見ずな思い込みでブログを作っていますので、眉に唾をつけてご覧ください。自分でいうのも何ですが、あまり信用しないでください。いくら名前が「信ずること一ず」といっても、しんさまが「知らなかった。そうなのか!勉強になった!」なんどといわれると、何かおへそのあたりがむずがゆくなってきます。

 桃山日記は、妄想幻想のやまさんワールドです、読んでいただいて、しんさまのプロフ写真のオラウータンの様な反応が返ってくるだけでこの爺めは幸せでございます。

WHOchan さんのコメント...

こんばんは。

熊野古道に行かれてたようですね。去年世界遺産に追加されたような気がします。ウル覚えですみません。

昔のことを思いながら名所を巡ると楽しいですね。

参考になりました。自分もゼヒ行ってみたいです。