2011年4月15日金曜日

今に残る古い映画館

 今日、駅で顔見知りの人と挨拶しがてら世間話をしていた。その人は明日

「わし、明日、貞光へ映画見にいくけん」

という。

「えーっ!」
 
 確か15年ほど前まではまだ映画館があったのは知っていました。
 平成8年に県西で山田洋次監督の映画「虹をつかむ男」というロケがありました。その時分、うんと暇だった私は(今でも暇ですが)ロケ班の追っかけをして、脇町、美馬、貞光町を見て回りました。その時、現役の映画館として、その時休止状態の脇町「オデオン座」と同時に「貞光劇場」も注目されました。それで平成8年にはまだ開いているのを知っていたのでした。
 
もうとっくに潰れたと思っていた私は思わずその男の人に聞きました。

 「まだ、映画館、開いているの?潰れずにあるの?」

 と聞くと、まだ健在であるという。

 いやいや、驚きました。人口の多い徳島市内でさえ数年前に映画館は絶滅してしまったのに、人口一万足らずの県西の田舎町に映画館がまだあるとは。
 さっそくインターネットで調べてみました。今から3年ほど前の徳島新聞の記事ですが、それを読むと、確かにまだやっています。この時館主のインタビューがありますが
 「体が動かんようになるまでやる。」
 とのこと、この時76歳となってますから、今は80歳近くです。あす、映画を見に行くということは、お元気でやっておられるのでしょう。


 徳島市内の映画館が0のことをおもうと、今、貞光に映画館があるということは全く稀有なことのように思います。
 それも週末だけ開いているのではなく、2年前のこの映画館を見た人のブログによれば年中無休だそうである。
 このブログによれば午後一時から映画が始まる。この時はこの人たった一人の上映だったそうである。
 昭和7年開館(1932年)。映画の全盛期~衰退期~絶滅期を経験し、その長さ79年、人と同じ寿命で成長、全盛、老衰そしておそらくはやがて・・・・・・・・・・


 わが町にも昭和30年代前半、私が小学校の時、映画館が3館もありました。映画の観客動員数がもっとも多かったのがこの頃でした。映画全盛時代です。TVの普及はまだ先で、楽しみの少ない田舎において映画は娯楽の王様でした。たまに映画を見に連れて行ってくれる日は何日もまえからどれほど心待ちにしたことでしょう。
 田舎に回ってくるフィルムは擦り切れ、雨降り状態、プツンとよく切れ、ブラックアウトしました。待ちくたびれたアンチャン達がピーと指笛を吹いて苛立ち催促していたのを思い出します。
 館内は冬は寒く、夏は扇風機が天井で回るだけで、蒸し暑く汗が吹き出ました。便所も汚く臭かったのも覚えています。
 しかし、今となっては、そのような昭和30年代の映画館を懐かしく思い出します。

 「残せるものなら、残って欲しかった」
 
 と思っています。
 それが、貞光に同じ映画館が現役でまだ残っていると聞いた時はちょっとジーンとするほど感動しました。

 いま、いま、この目で見られる現役の古い映画館はここで最後かもしれない。 

 そう思い、あす、この映画館のある、もしかして昭和30年代の帰らぬ街に再び会えるかもしれぬ貞光に行くことにしました。映画館を見るのが主目的ですが、ウダツのある町筋も歩こうと思っています。
 映画は安く手に入る関係で経営上どうしても「成人映画」になるとのことで、館内に入って映画までは見ませんが、まわりからしっかり見るつもりです。


ある映画 
 その古い映画のことですが、徳島市内へ出て、本屋で写真週刊誌を立ち読みしているとある写真が目に入り、高校生の時見た洋画「猿の惑星」を思い出しました。

大震災の津波にあった石巻の公園にあった瓦礫・荒廃の中に立つ「自由の女神像」
写真週刊誌より













 
そしてこれが昔見た洋画「猿の惑星」のラストの衝撃シーンです。


新しい希望の惑星に新天地を求めたが・・・・・・・
その新天地と思った惑星は、実は、核戦争で絶滅した地球だった。




荒廃した地にある「自由の女神」、そしてどちらも放射能の汚染が広がっているのである。今の日本と重なりますね。
 そういうわけで大昔の映画を思い出したんでしょうね。
 
 このSFの名作の中で放射能から生き残った人類の子孫はどうなったと思います?
 地下に居住を移し、放射能で遺伝子が変化したのかミュータントになり、
 そして、核・放射能最終兵器コバルト爆弾をご神体と崇めるのです。
 なかなか今の日本に対し示唆に富む映画ではありませんか。
 
 「放射能」の恐怖におびえる人、みなさん!いっそ、祟る(たたる)放射能は、この映画のように崇め(あがめ)ませんか、怖く恐ろしいものなら、祭ってしまいましょう。

 「放射能道理教」なあ~んちゃったりして。

 ごめんなさい、ごめんなさい!不謹慎でした。

あす貞光を歩きます。古きものを求めて。皆さんもお暇ならどうですか。 

貞光劇場の新聞記事はここクリック
 この記事にある写真の館主のじいちゃん、写真で見ると私の亡き親父とそっくり、これだけでも見に行く動機になりますわ。

2 件のコメント:

てるゆき さんのコメント...

スキル不足で、毎日 ぼろぼろです。

お元気ですか?

ワンピースファン ルフィと仲間たち さんのコメント...

ご無沙汰を致しております。
オフィスの移転で落ち着きまして
余裕がなく、コメントが出来ておらず失礼致しました。

貞光のほうの映画館放映しているのですか?
徳島は、シネマサンシャインがきてから
組合に入っていた映画館は、数年で全滅したのですが
生き残っていたのですね。
これは、すばらしい。
徳島唯一の資本で営業を継続してるのはスゴイです!
情報ありがとうございます。