乾燥した天気が続いていたが、今日は雨の一日、でも朝から少しぱらつく程度であまり降らなかったが、いま午後5時40分、ザーと音がするくらい激しく降り出した。
TVもつけているが、5時過ぎテロップで「徳島県地方竜巻注意報」が流れた。今、かなり寒い、上空から寒気が下りてきているが、そのせいで竜巻が発生しやすくなっているのだろう。
竜巻、突風、雷、は個々の家で使うエネルギーに比較すれば莫大なエネルギーである。今、原子力発電の事故で電気エネルギー供給が逼迫している。このような竜巻、突風、雷のエネルギーが使用できれば、何千戸の家のその夜に使う電気が賄えるのになあ。と考えたりする。
それにしても寒い。雨で湿度は高くなっているので、もう少し気温が高ければ、いいお湿りで気持ち良いのだろうが、気温が低すぎる。
実は、竜巻、突風、雷は冷たい空気がある一方、暖かい空気もあるとき、その温度差が大きい時発生し、温度差に比例して威力も大きくなる。だから春先、暖かい中、今のように急に寒くなると、竜巻、突風、雷が発生しやすい。
世の森羅万象の動きは、この気温差があるから発生するということができる。今、日本は震災で大変なことになっているが、この大地震・津波も高温部から低温部への熱の発散であり、原理的には竜巻、突風、雷と同じである。
地球内部で生まれる主に放射性物質の崩壊熱による膨大な熱量を外部に向かって発散させるために、長い時間のスパンで見れば粘性を持つマントルが、熱せられた鍋の湯のように対流を起こす。そのマントルの対流の動きが地殻プレートに歪を溜め地震となる。
マントルと地殻プレートの軋轢が地震を生むということは多くの人が知っているが、それは高温部から低温部へ熱が移動するに伴う動きであることはあまり知られていない。
地球圏がすべて同じ気温になれば、動きがなくなり、竜巻、突風、雷どころか地震もなくなりよいような気がするが、それは宇宙の死を意味する。
「熱的死」である。
我々は高温部から低温部への熱を移動させて生きる活動エネルギーを得ている。廃熱がどんどんたまり途方もない時間の経過の末、宇宙が均一の温度になったとき、全く動かない、動きのない「死の世界」を迎える。
途方もない時間の経過の末ではあっても、宇宙も死を迎える。
しかし、「虚数時間のブログ」でもいったようにそれはいくつもある一つの「宇宙」の死にすぎないかもしれない。
壮大な「宇宙」でも結局、ちっぽけな人間と同じ有限であり終末のある宇宙の寿命(仏教ではこれを「劫」という。)である。無数であるかもしれない宇宙のたった一つの死である。
マクロであってもそれはミクロである人と同じこと、まるでマクロの中にミクロがあるような「入れ子」の構造を感じる。
曼荼羅宇宙ってこんなもんだろうか、と、また、いらぬ妄想が展開する。
1 件のコメント:
やまさんすごい着眼点ですね。竜巻、突風、雷、台風、はたまた気温差、気圧差、潮の干満・・・・考えたらなんでもエネルギー変換すればいいじゃん。なんでせんのやろ?きっと出来んのやな今の技術じゃ。なさけない。
それよりやまさん!もうそろそろ時間と空間を超越なさるのではないでしょうか?人々の意識が3次元世界を超える準備は着々と整いつつありますね。ゼロと無限が定着したら次の次元に行くしかないもんね。
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