2010年11月28日日曜日

最終回「竜馬伝」を見て

BShiビジョンで一足早く見ました
明治維新は真に革命にふさわしい大変革であった。世界史を見渡すとフランス革命がそれに比肩されうる。
 同じように若い人々が革命の力となった。そして第一線の革命の志士、同志たちが革命の成就を見ることなく途中で倒れるのもよく似ている。
 フランス革命が始まり、ナポレオンの皇帝戴冠までが15年。幕末の動乱もほぼ同じ長さ。社会変革をともなう革命である以上、一朝一夕には進まなかった。
 幕末の志士たちの多くはこの動乱期の15年に青少年期をすごした。柔軟な思考とたぎる若い血潮が非ヨーロッパ諸国では奇跡に近い近代国家への脱皮を可能にしたのである。このことはいくら評価してもし過ぎることはないだろう。
 竜馬はもっとも純粋な形でのこのような革命を体現した男であった。
 悲しいことに人間は弱く、俗で、卑劣な面をもった生き物ではあるが、歴史の歯車が音を立てて激しく動くとき、歴史は時としてその時代の精神とでもいうようなものを体現させたような天才を産む。竜馬はまさにそれであろう。
 そしてその天才は必ず若くして死なねばならぬ。歴史そのものにあまりにも愛されるがゆえに、俗にまみれたり、老醜を晒したりはしないうちに歴史に連れ去られる。
 竜馬の八策をみるとその先進性に驚く。議会制民主の萌芽をみることができる。そして彼には行動力もあった。竜馬のオリジナルではもちろんないだろうが、大政奉還に動いた行動力は誰にも真似は出来ぬものであった。
 「もうすこし、生きて欲しかった」と思うが、このとき歴史に召されたため永遠に慕われる竜馬になったのかもしれない。
 今日、11月28日は議会が開設された120年記念日である。竜馬の死後、23年あとである。竜馬が生きていれば早まったであろうか?歴史にIfはない以上、答えは出せない。
 でもねえ。人情としては生きていてほしかったよね。死なすにはまことにもったいなかった。竜馬もおりょうと約束したように、維新の原動力から手を引いて、世界周航に出られなかったものか。歴史の歯車から手を引けば歴史の女神も連れ去るのを見逃したかもしれない。竜馬の死後わずか2年後にはスエズ運河、同時にアメリカ大陸横断鉄道も開通する。世界は交通でより一体化する。一家そろって世界周航も竜馬の行動力をもってすれば可能である。
 
それにしてもさすがNHK、竜馬暗殺の近江屋の内部、リアルに作ってましたね。二階の現場の小部屋の行書体の文字のはいった屏風、襖、惨劇後の血潮のあと、警視庁の鑑識班の再現のようにお見事でした。でも、役者の演出と史実とはかなり乖離があったようです。まあ、細かい突っ込みはやめましょう。
 偉人竜馬の最期に深甚の哀悼をささげます。

3 件のコメント:

てるゆき さんのコメント...

現代に、坂本竜馬のような人がいてくれたらなあと思います。

ワンピースファン ルフィと仲間たち さんのコメント...

龍馬伝 またまた涙しました。
もし、龍馬や慎太郎がいなければ近代国家はもしかして・・
今頃まだちょんまげをしていたかも分かりません。
若志士の思い 時代は超えても今尚、心の中に生きています。
新しい仕組みに変えること制度や産業を創る魂!
並大抵では出来ません。

でも、同じ日本人として見習い少しでも近づきたいと強く思っております。
そして、龍馬がやりたかった事
諸外国との公益や、弥太郎が行った財閥構成は
龍馬の礎と思います。
私は、全国のグルメでいろんなのを食べてきましたが
実は、軍鶏鍋はまだ食べる事が出来ません!
たぶん、一生食べないと思います。

トシ さんのコメント...

今しがた衛星BSのほうで最終回を見ました。
最後のほうが予想通りとはいえ、近江屋での壮絶な最後はやはりやりきれない気分になったというのが、正直な感想です。