一年で一番早い時期は
日の暮れるのがうんと早くなった。この辺りで日暮れがもっとも早くなる時期は、冬至ではなく今頃から12月5日までの間である。冬至は少し遅くなる。今日も家に帰りついたら真っ暗。
暮れるのが早くなるばかりでなく、太陽の高度も低くなり、光も弱くなる。
今日は風もなかったので、昼ごろ学校のベランダで日向ぼっこをしたが、晴れていても光は弱く、体全身を日に晒していても受け取る熱量が少ないのだろう、気持ちはいいんだが内部から温まらない。体の表面だけをおざなりにぬくめている。
北緯34度のこの地域でもこれである。40度近い秋田、青森や45度の稚内あたりは光ももっと弱いはずである。
高緯度に暮らす古代人は不安に思たことだろう。秋になり太陽はだんだん南の地平線に降りていき、光の強さも弱くなっていく。夜はどんどん長くなる。植物は凋落し鳥は南へ去り獣は冬眠するものが多く数がへる。
たとえ経験からやがて光の春を迎えるだろうと思っていても、あらゆるものの凋落は二度と回復しない終末の予兆ではないか?日が短くなるにつれ不安は恐れ、おののきになっていっただろう。
一陽来復
正確に暦を知らない古代人でも立てた棒の影の長さと太陽高度が比例するのは知っていた。今の時期どんどん太陽が低くなり、闇の領域が広がりつつあるのは南中時の影がだんだん長くなることによっていた。呪術の盛んな古代のこと太陽が回復をするためいろいろなことをしたに違いない。
「ああ、日は一日中地平に沈むのではないのか。」恐れは増しつつあった。
ところがある時期、日毎長くなっていった棒の影が長くなる速度を緩め、留まり、ある日を境に短くなり始めた。すなわち太陽の南中高度が上昇し始めたのである。
「弱った太陽が回復した!」古代人は喜んだに違いない。これを古代中国では一陽来復と呼んだ。
もうみなさん、わかりますね?今の冬至です。地方によっては世の回復、太陽の復活を祝い、祭りを行いました。ただその日なんですけど観測機器のなかった古代、目に見えて高度の変化するのは冬至よりちょっとあと24日か25日ごろ。古代の地中海世界もこの太陽復活の祭りがありました。これってクリスマスに一致しない?そうです地中海世界では新参者のキリスト教がこの日をキリスト生誕に重ねたのです。学者の研究によってわかっているそうです。キリスト生誕もほんとは違うんだって。
夜は長くなるが楽しみも
日毎宵闇が日を少しずつ浸食し、夜が長くなっていっています。早くなった夜の街をとぼとぼ歩くのは心細く侘しいものですが、ここ10年変化が表れてきています。夜の闇をカンバスにして光の玉や球で飾ることです。白熱光もありますが、省エネのエレクトロルミネセンスが目立ちます。うちの家の近くもかなりのお家が光の飾りで意匠をこらしています。歩いてて楽しいです。
わたし職業訓練が始まってからはあまり夜、外出しなくなりましたが、それまでは宵の早い時刻、健康のため夜のウォーキングをやってました。12月頃になるとちょっとコースを変えて光の飾りのある家の街路を回り、目を楽しませました。暗く小寒い師走の街路で華やかな光の乱舞。ほんと、乱舞って言っていいよね。無数の光の点、様々な形をとり、時には点滅し、錯覚の効果で動きも出てきます。
闇に浮かび乱舞する光。闇に浮かぶ蛍光の光は幻想的な雰囲気を漂わせています。冴えた月光のような狂おしさを秘めた光です。ちょっと立ち止まり見とれます。
今月いっぱいで訓練も終わるので12月からは夜のウォーキングで光の飾りが楽しめます。夜は長くなってもこんな幻想的で美しいものが見られる楽しみが増えたのは素晴らしいことです。みなさんの周りのお家はどうですか?えっ。皆さん自身のお家もお飾りしてます。それはいいですね。ほかの人も楽しんでますよ。
1 件のコメント:
北関東~東北・北海道は寒いを越えて ※北陸や山陰も
顔や手先の表面が痛い! が感想です。
四国徳島のまだ暖かい地域で生まれ育ったものは
出張で回っていましたが、あの気温は耐えられません!!
ただ、寒い地域は魚貝系の食べ物が美味しいです。
何とかバランスが取れていましたが・・・
画像のようなイルミネーションのつけたところが散歩道にあるのですか?
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