親鸞展
本日、無料の招待券をもらったので、そごうで開催中の「親鸞展」を見に来た。信徒でもないし、自ら進んで入場券を買ったわけでもないので、熱のこもった鑑賞にはならなかった。入場口で当日券の値段をみてびっくり!大枚800両!うわっ、高い。
値段で判断するのは貧乏人の悪い癖。「それだけの価値があるかもしれん、気合を入れて、見ようか。」
しかし、展示物の大半は、古文書も絹本着色の掛け軸、絵巻物の類、精巧なコピー。本物ではない。もうそれがわかると途端に興味は半減以下。コピーならその気になれば、県立図書館あたりで、文書(もんじょ)も絵巻物、掛け軸のコピーもいくらでも見られる。まあ縮小版だから多少見にくいし、自分で多くの収蔵図書資料から探さねばならないから、このようにまとめて展示してくれれば便利なことは事実だ。でも人が多くて落ち着いて見ていられない。
というわけで、歴史好きのやまさんとしては、かなりおざなりに見ました。鎌倉時代、仏教は庶民の間に浸透し、新宗派がいくつかできる。その開祖が活躍するのも鎌倉時代である。
親鸞は浄土真宗を開く。この宗派が他の鎌倉仏教の宗派と違うところは、公式に肉食妻帯を認めたことである。親鸞も正式に結婚し子供もできる。そのため現在までこの宗派のトップは代々その子孫が世襲している。
浄土真宗の教義についてはまったく知らず、あれこれ言うことはできないが、鎌倉時代に肉食妻帯を認めたのは、この時代にしてはモダンな宗教だなという気がする。キリスト教でも牧師さんの妻帯が認められるのは、プロテスタントの宗派が起こってからだから、西洋でも16世紀になってからである。日本の方が300年ほど早い。
また、展示の聞きかじりだから、以下、私だけの感想かもしれない。それは、親鸞の言葉を聞いていると、聖書の「原罪」(生まれながら持っている罪)に近い考えを持っていたのではないかと思う。
彼は悪人こそ真っ先に阿弥陀如来によって救われるべきだという「悪人正機説」をとなえる。有名な
「善人なほもて往生とぐ、いわんや悪人をや。」
このもとになっているのは人は皆、罪びとである。という考えがあるような気がする。
「そのようなすべてにわたり罪を背負った人を救うのが阿弥陀如来である。その中にあってもっとも罪が大きいと自覚している罪人こそ、原罪を背負っているにもかかわらず、自分は善人であると思っている人より、より阿弥陀様の悲願に近く、救いの本願として真っ先に救われる人である。」
と、このようなお考えではないのかと思いました。
鎌倉宗派の祖師は、この他、法然、日蓮、道元、栄西、一遍らがいる。
この中で、一遍については、その語録や、有名な「一遍上人絵伝」のコピー本を私は家に持っていて、昔、読んで少し勉強したことがある。その生き方、宗教的な実践にひかれるものもある。
しかし、親鸞については正直、今日、展示会をちらっと見た以上には興味がない。
信徒のみなさん、ごめんなさい。
若鷲ふんどし隊
日本の空を守る若き兵士たち。
帝国陸海軍の時代、白銀の翼にうちまたがって空を駆け巡る若者を「若鷲」と呼んでいたような記憶がある。この言葉には、気高く、りりしい、若い空の防人のイメージがある。今日、親鸞展をみるまえに新町橋で人だかりがしているので、見ると、若鷲たち、航空自衛隊のパイロットたちが寒中水泳をやってました。
真っ裸で赤いふんどし一丁をきりりとしめ、新町橋の欄干からドッポン!
海水パンツでなく、赤ふんどしだよ。
ああ、伝統じゃ!日本男児じゃ!かっこいい!
携帯動画も撮りました
若鷲のみなさん、任務ご苦労様です。日本のためがんばってくださいね。
3 件のコメント:
わたしも40年若ければ自衛隊に入るのに。
今は地元消防団にも入れてくれんわな。足手まといじゃっつうの。
yamasanおはようございます。yamasanの文章からは、yamasanの聡明さが伝わってきます。教わった動画等ブログへの投稿の仕方、忘れました。職安行ってますか?
寒そうですね。
アニメ系のイベント
マチアソビvol.5のイベントが
開催されてましたでしょう。
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