2012年5月11日金曜日
初夏の歳時記
今日は晴れていて日差しはきついが日中の気温は上昇しなかった。影に入ったり、自転車で風を受けると肌寒さを感じる。そのため昼になっても薄手のジャンバーを着ていた。
夕方、少し散歩をした。風も少し出てきて。少し寒いくらいだが、散歩にはちょうどよい。
赤っぽくなった西日に照らされると、青々した木の葉がハッとするほど美しく輝く。ひときわ大きな緑の木々があるのは古い神社の境内だ。その下を小川が流れ、小さな石橋がある。油絵のような雰囲気なので写真に撮ったが、やはり私が見た印象は写真では再現できなかったようだ。
芭蕉の「奥の細道」は初夏から初秋にかけての旅であったが、ここで示された俳句の季語は今でも歳時記の季語としてもてはやされている。しかし、その歳時記も今や使えなくなった季語がある。
ちょうど田植えが終わったばかりの畦道を歩きながら思う。
『早苗とり』、『早乙女』、『田植え歌』・・・
今や田植えといえば田植え機械であっという間にパタパタと植えてしまう。早乙女などといってもわかるものも少なくなっている。かわいい芸名の一つくらいにしか思えないんじゃないかな。美少女女優「早乙女早苗」(全部田植え関連の名前だ)とか。
風流の 初めやおくの 田植え歌 (奥の細道より、須賀川にて)
早苗取る 手もとや昔 しのぶずり (奥の細道より、しのぶの里にて)
お百姓さんにとってはたった一人で短時間で出来る機械田植えは必要なものでいまさら過去の手植えになどはできないだろうが、田植えに関する歳時記の季語がなくなるのはさびしい。
しばらく行くと、ほれほれ、あの匂いが匂ってきた。大人の男ならその香りでおなじみの(詳しくはここクリックしてください)栗の花である。
どこかなあ、と探すと通り過ぎた家の屋敷うちから塀を越えて栗の木の枝葉、花がこぼれ出ている。
こちらは今も昔と同じようになくなることはなく、初夏の歳時記の季語として現代俳句にも用いられている。そして、その特異な匂いをふりまきつつ、われわれに大いに季節感を印象付けてくれる。
世の人の 見付けぬ花や 軒の栗 (奥の細道より、須賀川にて)
しばらく立ち止まって栗の花を観賞したり写真を撮っていると、自転車の男子高校生が近づいてきたが、この匂いのする所まで来るとこころなしかそのスピードを速めて通り過ぎていったように感じた。それを見て私も栗の花の季語を入れて俳句をつくった。
栗の花 急いで通る 高校生
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2 件のコメント:
美少女女優「早乙女早苗」(全部田植え関連の名前だ)はいいですね!思わず笑っちゃいました。早乙女って、田植えの日に苗を田に植える女性の事だったんですね。てっきり早熟した乙女のことかと思っていたのですが・・・残念です。
ところで栗の匂い、私はまだ嗅いだことがないのでぜひ匂ってみたいです。眉山に行けばあるかな?(^_^.)
季節は初夏から雨の多い梅雨に向けて、気温も湿度も上昇していきますが、昨夜から今朝にかけては寒かったですね。
季節の変化、そして日々の天気の小さな出来事をも敏感に感じる日本人の感受性は大事にしたいですね。
しんさまの通勤のコースは知りませんが、かなりの長距離を自転車で走ると、季節の歳時記のパノラマが展開するんだなぁ~(徳島は結構緑の自然がありますからね)
と、そのような見方をすると通勤も楽しくなるかもしれませんね。
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