2011年10月21日金曜日

あらたまの年のみとせをまちわびて

 上のタブの『文芸・古典』で「伊勢物語」を題材にした5択問題を提起してあったが、ほぼ一年になるのにその解答というか、つづきを書けてなかったので今日はその続きを書きます。

 ちなみにその問題提起は以下のようなものでした。

 三年音信不通の男が、今日、別の男と新しい人生を始めようというその夜に現れました。今でも心のどこかに初めの男の思いが残っています。愛か憎しみか、女自身もそれがどのような感情かはっきりとは自覚していません。そのとき伊勢物語の女はどうしたでしょう。  

       A,とび蹴りを食らわし、あるいは引っ掻きたたき出す。

      B,一度は拒絶するがやがて後を慕う。

      C,くどくどと恨み言をいうが、どうするか決めかねる。

      D,よよと泣き崩れなすすべを知らない。

      E,「あーら、おなつかしや、だんなさま」といってしがみつく。

 伊勢物語は和歌を中心にした歌物語で、様々な愛の小さな物語がたくさんおさめられています。どれも日本人の心情にあう、美しい恋愛物語で、まるで小さな宝石のたくさん入った宝石箱のようである。
 
 さて上記の話は伊勢物語125段ある中の第24段目の話である。
 
 具体的にその第24段について話す前に当時の結婚の形態について少しお話ししておきます。
 当時の上流階級の結婚は妻問い婚といって男が女の家に通うものでした。二人の結婚生活は女性の家で始められたのです。男性はそこから仕事に出て行ったり、また男同士の付き合い、あるいは何かの旅行などに出て行きました。
 
 男の中にはこのような本拠となる女性の家を複数持つ者もいました。正式な結婚届などない当時、複数の女性がいる場合、本妻とされるのはどのような女性だったのでしょうか。
 まあ、一番頻繁に訪れるところがそうじゃないかと思うのですが、妻の父が有力者だったり、立派な閨閥を持っている場合は訪れる頻度になど関係なく本妻と認められました。
 
 じゃあ離婚の場合はどうかというとこれも簡単なものでしたやはり離婚届などがない時代ですから、男の足が遠ざかればそのまま離婚となったと思われます。
 ただそこには期間の基準があったようです。この第24段の話からその不訪期間は3年ということがわかります。
 この3年不訪という離婚理由は江戸時代になると
 「3年子無きは去る」
 と別の離婚理由に変わりますが平安時代はそのようなことはありません。
 「訪れがなくなったら縁が切れるとき」というのは、子無きは去れ、というよりずっと自然な気がします。そう思いませんか。

 以上のことを念頭に置いて考えていきましょう。
 妻問い婚ですから本拠は女の家です。3年出ていったきりの男を待つ間に、言い寄る男が出てきました。しかしやはり3年間は操をたてていたんでしょうね。そのちょうど3年目の宵、新しい夫がやがて見えるという前になんと!前の男が帰ってきました。

 ちょっと仰天するような間の悪さですね。

 伊勢物語はさっきも言ったように短い歌物語です。そのためこの女性の人物・性格の描写はされていないんですが、話の流れからすると、この女性、最初の男を実は死ぬほど焦がれているのです。しかし3年間消えてしまった男であります。また言い寄るいい男もいました。女性は忘れようとしたに違いありません。
 3年たって言い寄る男に結婚を承諾したわけだから、この女性はその恋しい男を思い切ったと思い込んでいますが、それは無意識のうちの抑圧であり、きっかけでその抑圧の留め金が外れると死ぬほど恋い焦がれる恋情が物凄いエネエルギーとなって吹き出すに違いありません(こういうのをフロイト心理学でリビドーというのだろうか)。

 とまあ、これがこの女性に対する私の分析ですが・・

 さあ物語の筋をお話ししましょう。

 結婚の直前、その前の男は女性宅の戸を
 「トントン」
 と叩きます。
 しかし、思い切ったと思い、新しい生活を始めようと決心しているので戸を開けません。
 現代だと戸を隔て男に対し毒づくか
 「警察呼ぶわよ。」
 といって追い返すところですが、優雅な平安時代です。和歌を詠んで戸の下からでしょうか差し出しました。それにはこう詠まれています。

あらたまの年の三年(みとせ)を待ちわびてただ今宵こそ新枕(にいまくら)すれ

私が大胆意訳すると
 「三年!ちょっとあんた!三年ですよ。そのあいだあんたを待って待ちくたびれました。待ちくたびれて、まさに今宵!今宵ですよ、今宵別の人と新枕を交わす(結婚する)んですよ。ほんまに、あんた!どない思うとんぇ~、」

 すると男も歌を詠み女に差し出しました。

梓弓真弓槻弓(あずさゆみまゆみつきゆみ)年を経て我がせしがごとうるわしみせよ

 「長年私と暮らし、私にしたようにどうかあたらしい夫と愛し合い睦まじく暮らしてください。」
 そして去って行こうとします。
 この時、バチンと抑圧の留め金がブチ切れたんでしょうね。真実愛しい男にこんなセリフを吐かれ、この男との愛の生活がよみがえりました。そしていてもたっても居られなくなりました。

 女は急いで和歌を男に返します。もうなりふり構わぬ愛の告白です。

梓弓引けど引かねど昔より心は君によりにしものを

 「たとえあなたの私に対するお心がどうあろうとも、わたくしの心はずっとあなたを思ってました。それなのに・・・・・(また、見捨てるの)」

 しかし、男は帰ってしまいます。(なんちゅう男じゃ!)

 女は非常に悲しみ、たまらなくなって男の後を追いかけます。半狂乱になって追いかけたのでしょうか、途中で怪我でもしたんでしょうね、倒れてしまいます。心身共に回復不能なダメージを受けてしまいます。

 倒れたところの大石に自分の血を指につけ和歌を書きます。

あひ思わで離れ(かれ)ぬる人をとどめかねわが身は今ぞ消えはてぬめる

 「私がこんなに思っていてもあなたは私のことを思って下さらないで離れて行ってしまう。私は引きとめることもできなかった。ああ、私はここで死んでしまうようです。」

 そしてそのままそこで亡くなりました。


というわけでBになりますが、女は結局焦がれ死にのような形になります。          

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