この阿波名所図会はその名のようにガイド解説とともに大きくその名所の風景の木版画が入っているのが特徴で、実際に行かなくてもこの本を読むだけでも満足感を得る。文化年間の本であるので和綴じの本で今では貴重本だが当時から人気のこの本、現代に復刻本が出ているので大体県内のどの図書館でも閲覧できる。数年前に私はこの復刻版を閲覧した。江戸期文化年間、阿波名所として紹介されている観光地はほとんどが今もローカルな観光地として存続している。「鳴門真景」「桜間池」「五百羅漢」「大滝山時明院」「祖谷の蔓橋」など、(他にもあるが省略)、70年以上生きてきた私であるから、この阿波名称図会に載っている名所はほとんどいったが、特別展のポスターに載っている(左上ポスターがそれ)「矢上の大楠」はまだ行ったことがなかった。
昨日、秋晴れのすがすがしい朝を迎えたので「今日、行ってこまそ」と思い、佐古駅においてある自転車で、ちょっと遠出だが「四国三郎橋」を渡っていく計画だった。しかし事前にググルの地図で調べるとかなり遠い、以前、自転車で佐古から「夢タウン」まで行ったことがあるがその距離どころじゃない。で、やはりググルのマップをもとに変更したのが高徳線「阿波川端駅」から徒歩で行くコース、歩いて2km強だから涼しい秋でもあるし、ゆっくり歩けば負担も軽い。
この駅から歩いて「矢上の大楠」まで出発
原野はセイタカアワダチソウの黄色花が風に揺れている。これは帰化植物なので江戸期の旅人は秋でもこんな光景は見なかった。
ゆっくり歩いて40分びゃぁで大楠のある「春日神社」についた。大きな神社を予想していたが意外とチンマリした神社だった。祭神は「春日の神さん」。だがなぜか鳥居が真っ赤、お稲荷さんか、弁天はんかとまちがう。春日の神さんも鳥居は赤なのかなぁ
まず説明版を見てみよう
なんと樹齢が1200~1400年!もっとも古い推定だと飛鳥時代に誕生したことになる。江戸期の文化年間でも千年以上の樹齢があった。
これがその大楠
根方に洞穴のようになったところがある。これは江戸期の図会でも確認できる。よく見るとわかるがこの根方が大楠の最も古い部分で、幹というより巨大な塊となっている、そしてそこから放射状に新しい幹が伸びているが幹の色つやから若木とわかる。
日本昔話で瘤取り爺さんが、鬼の目から隠れるため木の根方のウロ(木の洞窟)に隠れるというのがあるがこんな木の様子だったんだろなぁ
阿波名所図会と並べてみると200年以上たっているが根方の部分はそう変わっていないのがわかる
動画
0 件のコメント:
コメントを投稿