五黄のトラ
ワイの同級生の(
十二支)の生まれは、おおかたは
寅年となる。だいたい同級生の四分の三は寅年で、残りの四分の一はウサギ年となる(
日本では4月生まれから一年間同学年となるので)、ワイは三月生まれなので
ウサギ年だ。それがどうした?という話だが、どっちゃ生まれでも変わらんだろうと思うのだが、ワイが小ンまい時、祖父母から残念なように言われたのは、「おまぃが、もちっと早よぉ生まれとったら(
前年12月までに)
おじみそ(
怖じミソ?か・ウチらの地方の方言で、怖がり)や、いじめられっ子にならなんだのになぁ、数か月早よぉ生まれてたら、ウサギで無ぅて、寅年も寅年!
五黄の虎じゃったのになぁ、そしたらよかったのに」
これは何度も聞いたので、その「五黄の虎」っちゅうんはえっぽどイイ生まれやったんやな。と思ったものである。まぁ、寅(虎)は百獣の王だからわかるが五黄とは?なんじゃろ、明治生まれの祖父母が育った時代は「九星気学」による天運が人に大きく作用すると考えられていた。九星とは「一白水星. 二黒土星. 三碧木星. 四緑木星. 五黄土星. 六白金星. 七赤金星. 八白土星. 九紫火星」である(各星が人の運命に作用するというのは西洋占星術にもある)。この五番目が「五黄」となる。それと「十二支」を組み合わせると9と12の最小公倍数の36の組み合わせができる。つまり寅年と五黄の組は「36の1つ」となる。1950年の次は1986年、その次は2022年であった。
その五黄の寅生まれの、九星気学による天運によればその歳生まれは、非常に強い運勢を持つと言われているとのことである。それだから、九星気学による「運勢暦」を毎年買って、その吉兆をみて、家庭の行事や、今年の運勢はどうか、と参考にしている明治生まれの祖父母は、ワイが五黄の寅生まれでなく、四緑木星の卯(ウサギ)だったのが残念でならなかったのだろう。でもワイとしたら、五黄土星はともかく寅(虎)なんぞ動物として好きではない。ウサギのほうが良かった。もっともベトナムやベラルーシ(ウクライナの隣国)での「十二支」にはウサギはなく(虎はある)、ウサギの代わりに猫となっている。猫大好きのワイとしたら、猫年生まれがよかったが。
茶トラ
そのワイの大好きな猫であるが、ねこでトラといえば
とら猫だろう。一昨日、小松島のある寺の山門をくぐった時、子犬ほどの大きさの茶色の
トラねこが土ベタに半分横になり体を大きく曲げて自分の股をなめていた。ワイが近づくと、動きがパタと止まったが、じっとそこを動かず、胡散臭げに顔をこちらに向けた。しかし逃げるでもない。早よぉ行けや、と言ってるみたいに睨んでいる。太々しい感じのする猫であった。
祖母も猫好きだったせいかワイの子ども時代はずっと家に猫がいた。物心ついたころから高校生までに間に飼った猫は5匹くらいだろうか。いずれも種類は、三毛(三色のブチ)やタマ(白黒二色のブチ)であった。トラは飼っていなかった。というのも、トラは気が荒く、家にいつかないから(祖母が飼うのはおとなしいメス猫ばかりだ)と祖母は行っていた。トラ猫の性格にこのようなものがあるのか、と調べるとトラ猫が特に気が荒い性質はないようだが、茶トラは大方がオス猫で、そういったこともあって祖母は飼わなかったのかなぁと思っている。(全く茶トラのメスはいないわけではなく二割程度はいるそうだ)
ふうてんのトラ
ふうてんのトラとは映画
「男はつらいよ」の主人公である。シリーズ映画であった。ロードムービーであるが、「ふうてんの」といわれているように、アウトローな身で(
一応、テキヤという根無し草のような商売をしているが)気ままに全国をフラフラ経めぐる。そして絶対成就しない恋も毎回のお約束事である。これはとんでもなく長く続いた。たしかシリーズ映画の長さではギネスに認定されたようだ。始まったのは1969(昭和44)年8月封切り、が第1作でその後次々作られ最後の48作目は1995(平成7)年12月封切り、であった。始まりは私が高校三年の夏、私が45歳になった年のお正月映画が最後であった(
主演の渥美清さんの死で)
私はこの映画の大ファンであった。20代の時、市内の封切館ではじめて見た時、「ああ、こんな生き方もあるんだ。出世や金持ちになるだけが人生じゃないんだ」と青臭い考えだが思ったものである。トラさんの生き方に全面的に賛成したわけではないが、もともと旅行好きで放浪癖のある私は、トラさんのように全国を放浪し経めぐる生活にはあこがれた。いつか自分も全国を巡ってフーテン暮らしができたらいいなぁと、できないながらも夢見た。
そして39歳の年が終わる時、仕事が嫌になってやめ、車でだが全国放浪の旅に出た。最初の二年間はまったく故郷に帰らなかった。そのあと四年間は、半年は家にいてあと半年は全国放浪という生活が続いた。まさにトラさんのようなフーテン暮らしである。
足の向くまま気の向くまま全国をフラフラするフーテン暮らしは、今思い出しても、うっとりするくらいすばらしかった。まだ40代前半で体力も気力も充実していて、知らぬどの土地へ行っても楽しく過ごせた。山や海岸、湖でぼんやり過ごしたり、知らぬ街の雑踏を歩くと、なぜかわくわくして気持ちがはしゃいだ。九州や東北、北海道には無料またはわずかな入湯料で入れる、露天や地域の温泉もある。出たり入ったりでその地でゆったり過ごした。また名所古跡を尋ね、歴史上の出来事を夢見て半日過ごしたこともある。
ただ「トラさん」と違ったのは、彼はフーテン暮らしをしていても、テキヤで稼いでいた。その仕事の性格上、有名観光地神社仏閣で商売をするから全国を経めぐることもできたわけだ。それで金が稼げるから、フーテンのトラさんの仕事としてはこの上のものはない。だが、私はそんな稼ぎはできなかった。ただ銭をできるだけ使わないような放浪のフーテン暮らしである。だから蓄えた金も少しずつだが確実になくなっていく。5年もたてば金もほとんどなくなった。
平成8年の8月、北海道を旅していた。テントで寝たり、車で寝たり、また北海道にはほとんど無料のライダーハウスもあり、放浪のフウテン暮らしにはそう金もかからなかったが食料、ガソリン代、フェリー代、などはいる。そろそろ持ち金もそこをついてきた。野宿が寒くなる9月ごろには家に帰って、生活費のためにいよいよなにか生業につかにゃあかんな、と考え始めていた。
その8月の初めころ、網走駅でのことである。夕方、駅前のスーパで食料を仕入れ、車は駅の無料駐車場にとめ、駅の待合室のイスに座り、豆をかじりながらコーヒを飲んでいた。駅待合室には備え付けのテレビがあった。そのニュースから流れてきたのが、渥美清さんの死亡である。結局その年のお正月映画(前年12月23日公開)48作目が遺作となったのである。「もうワイのフーテン暮らしも終えなけりゃとおもったころ、フーテンのトラさんも死んでしまった。なんか、これは因縁というか、フーテンのトラさんとの同調とでもいうか、そんなものを感じるなぁ」とニュースを見終わったあとそのような感慨にふけった。
フーテンのトラさんとの因縁そして同調していると思うためか、今もこの映画1~48作は何度でもみる。なにせ私が高校3年から45歳になるまで作られた映画である。その各々を見るたび、その年の自分のしていたことを、思い出し、懐かしさに浸る。この映画が喚起するその年の思い出は楽しさもあるがほろ苦さもある。しかし心地よいものである。
あめトラ
マスコミのセンセーションな見出しを時の推移順に挙げてみる
もしトラ⇒ひょっトラ⇒ほぼトラ⇒確トラ⇒またトラ
断定はできないがこれを見ると、日本のマスコミは、アメリカ大統領に再びトランプさんが返り咲く可能性を軽視していたんじゃないかと思えてくる。この見出しの流れを見ると、マスコミは嫌な奴だからなって欲しくないと内心思っていたんじゃないか、でも、
もしなったらどないしょうに、そして選挙が進んでくると、
ひょっとすると、から、
ほぼになり、ついに
確定をへて、ついに
またトラに。
前もブログに書いたが、私はアメリカ共和党贔屓ではあるが、必ずしもトランプはん贔屓ではない。ただ、彼は喜怒哀楽がわかりやすい、大統領として見るのでなく、ただのアメリカのおっさんとしてみれば(
横からみているだけなら)、かなり
面白っしょいおっさんである。
私が大笑いしたエピソードの1つを紹介しよう。上の写真はトランプはんと同じ共和党のマルコ・ルビオ上院議員である。かれとは8年前共和党の大統領指名選挙を争ったが、今回、トランプはんは彼、マルコ・ルビオ氏を「国務長官」に指名した。かなり仲がよさそうであるが、8年前、共和党指名候補選挙を争ったときは厳しい論戦があった。その論戦がまた面白い。
口が悪く、金持ちのわりに下品なトランプさん、マルコ・ルビオさんが背が小さいので「お前はちびマルコ」だと挑発した。もっとも英語ではLittle Marcoであるが、日本人の私はその日本語訳のちびまる子で笑いのツボにはまってしまった。
上の写真でみると確かにトランプはんより低いが揶揄するほど低くはない。逆の高身長に関しては、テレビ映えする高身長の人物が大統領選に勝つとの俗説もある。身長188センチと背が高いトランプ氏からの皮肉は、ルビオ氏のプライドを刺激したようだ。
「政策の話をしよう」とかわしていたルビオ氏だったが、挑発に乗って「トランプ氏の手は小さい」と身体的特徴をあげつらった。同じ土俵に上がったルビオ氏を、トランプ氏は見逃さなかった。「マルコは『手が小さいやつはあそこも小さいに違いない』と言うが、私には何の問題もない(つまりチ〇ポは大きい)」とやり返した。手以外そんなことは言っていないマルコ・ルビオはんだったが、シモの話題に引きずり込まれてしまって、トランプはんの威勢に完全に押されたのである。で、ちびマルコはんは敗退した。
このマルコ・ルビオさん、共和党員らしいいい政治家である(と私は思っている)。そんな揶揄して敗退させた相手ではあるが、ちゃんと実力を認め、トランプはんは国務長官に指名した。もしかして期待できる大統領になるかもしれん。⇒ええトラになったらいいな。