めんどい世になったものだ。職場、いやそれ以外の普通の社会生活、例えば買い物、旅行、散歩でも、「それ」に遭うかもしれん。「それ」とはなんのこつかというと、いわゆる「ハラスメント」である。こっちにゃぁその気がのうても、ハラスメントだと認定される。いや、ただのあいさつの一種じゃ、または軽い冗談、社交の潤滑油に、っちゅうても許されない。こちらの意図は関係ないらしい。被害相手がハラスメントを受けたっちゅう不快感が大事である。
特にワイらジジイやおっさんが気ぃ付けなあかんのは「セクハラ」(セクシャルハラスメント)である。体に触れるなんどはもってのほか、自然に接触しても、相手が、「いやぁ~いややわぁ~、ワザとのふりして、接触してきたわぁ」とおもわれたら、セクハラを言い逃れるのは難しくなる。
言葉もよっぽど気いつけなんだらアカン。「おばはん」はダメ、「おばさん」も、相手が「うちはオバサンって言われるほど老けてない、まだ娘のつもりじゃ、こりゃぁ、このジジイ、うちのこと貶め嫉むつもりで、いいよんじゃ」とおもわれたら、これはハラスメント。では「おねぃさん」ではどうか、「このジジイ、おまいの姉なんぞではない、またおねいさんとよばれるほど親しくない、それなのにまるで小料理屋の女中はん呼ぶようにおねぃさんだと、これは小バカにしとるか、なんか下心があってそう呼んびょんじゃ」、でやはりハラスメント。ともかく「ウチ、いややわぁぁ~、スカン、タコ」とおもわれたらアカン、ハラスメントの可能性大。年齢、容姿、結婚、子の有無、何の職業(社会的地位を暗示する)に触れるのも、ブッブゥゥゥ~である。「触らぬ、いや物申さぬ神にタタリなし」っちゅうことわざを地でいかにゃな。
ほな、どない呼ぶんぞい、ちゅうことやが一番無難なのは、「あのぉぉ」とか「もしもし」とか、人称を使わぬのがよろしいようである。話する場合でも話題に気をつけにゃな。
他にもこのようなハラスメントがある
最近かなり話題になったのが某県知事のパワハラである。数か月前やったかな、新聞やテレビが、そのことを非難しても、この知事、ドびつこく(知事職を)やめなかった。ワイも、そのことをちょろと聞いた時は、「けしからんなぁ、知事の権力をかさに着て、弱いヒラの職員にパワハラしたんやな」と思った。しかし、その後よ~に聞いてみると、部下は部下だが、ヒラの職員なんどではなく、(県民)局長っつう県庁のお偉いさんだった。
なんや、お偉いさんどうしで、やったやられたのパワハラかい、ヒラの弱い職員ちゃぁうんかい。これ、パワハラちゅうより、権力争いっちゅうたほうが、すっきりするが、どうなんやろ。まぁ、お偉い同士でも、相対的に上司に当たる人がパワハラ行為ちゅうのはありえるが、そんなん、公衆の面前で熱入れて吠えまくらんでもええ、でるとこでるなり、話し合いでなり、当事者同士ですきにすりゃええ。パワハラで騒ぐなら、世の中のホンマに弱い下の者、非正規職員やパートの人に対してもっと敏感になってほしい。まぁ、知事と局長らのパワハラやったやられた言うのは、例えたら時代劇の、お代官さまと越後屋の軋轢みたいなもんとちゃぁうんかいな。「えちごやぁ~、おぬしも悪よのぉぉぉ~、いえいえお代官様ほどでは・・とてもとても」
もう社会から、そして間もなく世の中からもリタイヤしつつあるワイからみるとパワハラを目にすることは少ないが、上記の「カスハラ」(お客が店の人に対して過度に怒る)はよく見る。激高の度合いが高い(怒声が響く)のはオバサンもいるがジイサンがおおい。店側に落ち度がある場合、店側が全否定するならまだしも、だいたいは客が不具合不都合を合理的に説明すれば、店側もわかってくれて、両者が納得できる解決になるはずだが、いったん怒りに火がつくと、店側の対応にかかわりなく自ら怒りをエスカレーションしている人がいる。極度の怒りの興奮は、非常識な店側への要求となってくる。こうなると完全にカスハラである。
見ていて、思うのは、ワイくらいの歳になるとなると、偏屈になり、他意見を聞かない、独善的に陥り、他者の落ち度の許容範囲が狭くなる、また喜怒愛憎の「怒」と「愛着」がいびつに増大してくる。そしてその感情の突出を持て余す。いったん火が付くと一人で興奮する。これらはみなワイに当てはまる。つまりカスハラジジイになる要素満載である。人のふり見て我がふり直さにゃな。
2 件のコメント:
面倒な世の中ですね。
テルさんへ
お元気ですか、今年もあとひと月、なんとか無事年を越せて来年を迎えたいですね。
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