このところ老耄が激しく、動きは鈍ぅなるやら、アッチャコッチャの筋肉関節は痛いわ、日によってなんとなくセコイ日もあるやら、おまけにボロボロの歯まで痛いわで、どんならん。精神の方も惚けが進んだのか、人の名前ばかりかモノの名前まで忘れて出てこない始末。特にこの一週間、ボンヤリが過ぎる。そして彼岸の入りには6年ぶりに末妹と会っての先祖の墓参りで、なにやらもう死の前兆かもしれんと思うほど心身ともに弱っていた。
彼岸の中日は昔しゃぁよく切幡に(切幡観音)に言ったものだ。60才過ぎて車を手放してからは自転車で行くしか手はなくなった。しかしコロナの前までは茶飲み友達が車で一緒に彼岸に参拝に連れて行ってくれたが、ここ2、3年は行っていない。昨日の彼岸の中日は朝から小雨、押しつけるような低い雲が垂れ込め、とても自転車なんぞではいけないし、体調も悪く、今年の秋の彼岸の切幡観音参拝は諦めていた。このまま死ぬまで行けないのかなぁ~
しかし、今朝、空を見上げて青空に鰯雲が浮かんでいるのを見たら、頑張って切幡まで自転車で行こうという気になった。心身は若干重いが昨日までよりはましである。無理をせず、ゆっくり秋の風情を楽しみながら、自転車を漕いでのサイクリングをすると、むしろ心身も快調になるかもしれんと期待を抱きつつ、出発した。
午前9時過ぎ、鰯雲を見ながら鴨島駅前を自転車で出発する。
御所奥~讃岐へ抜ける国道を走る、すぐ吉野川に土手の上りになり、昭和28年架設の吉野川中央橋を渡る。
国道からそれて土手道を少し走り農道を北へ向かう。樹齢500年以上という楠のある「案内神社」の横を通る
さらに北上すると九番札所法輪寺に行き当たる
法輪寺でしばらく休憩する
境内のお休みどころの横に鐘撞き堂がある、そのネキをみると
「おお!こりは!芭蕉(バナナの木)ではないか?」
近寄ってよく見ると間違いない、芭蕉(バナナの木)だ。
実は切幡観音にお参りするのは信心や先祖回向もあるが、切幡寺にはバナナの木がある。最近、ディユ~~~オ、の叫びの歌「バナナボート」を原語で覚えて歌う練習をしているので、頓にバナナという植物(栽培種も含め)に興味がわいてきていた。幸い四国地方は暖かいのでバナナの(栽培種ではないが)遺伝的にほぼ近縁の「芭蕉」が植えられているので、それをじっくり見たいと思っていた。しかし手ンごろ易くどこにもある植物ではない。昔から切幡寺にはあることは知っていたのでそれを今回の参拝のついでに見ようと思っていた。しかし、ここにあろうとわ!このバナナの木(芭蕉)はお寺はんに何か縁、あるいはいわれがあるのかな。
ともかくこの寺にもあったとは!よく観察して何枚も写真に撮る(これについては改めてブログを立てようと思っています)
法輪寺を出て農道を行くとアッチャコッチャにヒガンバナが咲いている。例の♪~赤い花なら~♪、の「長崎物語」を歌いつつ、自転車を漕ぐ、ずっと登りになっている道のしんどさもこの間は吹き飛んだ。
切幡寺への道の途中、中世の城跡「秋月城址」がある、山の起伏を利用した砦のような中世の城跡だが、往時をを偲ばせるものはなく城址跡を示す石碑のみが建っている。
城址あとからはもうすぐで切幡寺の参道入り口である。九番はんからこの切幡寺までは信仰の道ゆえか、江戸期以来の石仏などが多い、この参道入り口にも庚申塔・青面金剛はんがいらっしゃる。寛政年間であるから230年びゃぁも前である。
山門からすこし行くと333段の石段がある。頑張って上るが、おジイにはキツイ、途中なんども小休止する。やっと切幡寺本堂に着く
下るのは石段でなく坂道の方にする。すこし下ったところに見たかったバナナの木(芭蕉)がある。
このバナナの木(芭蕉)については先にも述べたように次回のブログでまた詳しく取り上げます。
寺参拝のあと自転車に乗って帰路につくが、今回札所二ヶ寺を回ったが、験のいいところで三ヶ所参りにしようと帰り11番はんの藤井寺も参拝することにする。
寺入り口は扇状地の扇部分になっているためか結構高度があるようで、なんと!切幡寺参拝口からほとんど自転車を漕がず、吉野川土手まで自然に下り走った。
善入寺島、吉野川最大の川中島を通る、ここから見る別名麻植富士・高越山は秀逸な姿を見せる、下はマンジュシャゲと高越山
対岸の川島町から善入寺島を眺める、この橋は潜水橋で他郷の人は珍しいらしい。この橋は狭く対向できないので渡りきるまで車は待つ
そしてそこから藤井寺へ、道はだいたい平坦で楽である。体も思ったほど疲れていない。そして藤井寺参拝
出発点に帰り着いたのは午後2時過ぎ、約五時間のサイクリングであった。
2 件のコメント:
お疲れ様でした。
>>テルさんへ
秋分の日はバイトでしたか?いずれまた話しましょう
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