昨日30日は雨、明石海峡大橋は小雨に煙っていた。
その明石海峡大橋の見えるところで我が親族が集まった。
最後の会食の時、ぐるっと見回してハッと気が付いた。
「なななんと!俺が最も年上ではないか」
もちろん親族にはもっと年上もいるが、高齢すぎて足が悪かったり、病気だったり、ボケていたりで会合には出ていない。集まった中ではワイが一番の年長だ。
「ちょっとした一族の長老か」
「いや~ぁ、こんな頼りない長老なんかいないだろう」
「ただの最高齢の爺さんか!」
集まった中には20代の男女が6人いる。そんな連中から見ると、俺は長老に見えまいか?
いやいや、そもそも長老とはただの年食った爺さんではない。経験、知識、そして一族を率いる統率力、有事の判断力、勇気、強固な意志、を持ったお年寄りでなければならない。
「やっぱ、俺はただの爺だ」
と言いつつ、聞いてもいないのに若いもの相手に満年齢と数え年齢の違いや計算方法の薀蓄を垂れる。
「役立たない『知識』のみは長老としていけるなぁ~」
長老の象徴的人物のモーゼを妄想する。
4 件のコメント:
親戚一同集まるなんて仲いいんですね。
やまさんには人を癒すオーラがあると思います。
長老っていやですね。下から崇拝や尊敬する分にはいいのですが、いざ自分がなると嫌なものです。したくもないのにリーダーシップを取ったり、仕切ったりしないといけないとか思うとプレシャーで嫌になります。やっぱり自由放漫な下っ端のぺ―ペーで気ままにやるのが一番ですね!今の職場はその点まあまあいい感じです。長老は祭りたてられるだけの存在か、男は黙って何とか的な存在でいいような気もします。でもここぞという時に、出てきて導く存在であればいいと思います。
>>てるさんへ
めでたい会合ではありませんでしたがみんな久しぶりに寄ったので話は弾みました。
癒すオーラですか!このブログの妄想の絵のようにまさにモーゼですね。
>>しんさま
中年から高年にかけて男の中には尊大で言動が鼻につくのが結構いますね。財産や社会的地位を持っている人は当たり前のようにそのように振舞うし、全然ない人は馬鹿にされないよう空威張りで態度がでかくなる。
中年以降の男で偉ぶらず、親切で、慈悲深く、謙虚な人はいるのでしょうか、やっぱ、モーゼのような宗教家や預言者のような人格の人出なければ無理かなぁ
そう思うとしんちゃんはいい職場にいますね。
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