そこから川に沿って山の奥の方に入る。「口山」集落のまだ奥、川幅も狭くなり崖がせまってきているあたりにこんなところがあった。
「恋人峠」、ずいぶんロマンティックな地名である。
源平の昔、とあるから古くからこの名前がついているのだろう。この伝説によれば「恋人峠」とは言いながら、男女は別れ別れになったとある。
難所に遮られ女は涙のうちに袖を分かったと書いてある。確かにここは上も下も崖で蜀の桟道のような雰囲気のある道である。今は車も通れるように崖を切り崩し広げてあるが昔は難所だったに違いない。
しかし難所とはいえ恋しい男が通った道である。ここで諦めて別れたなどとは私にはとても思えない。伝説にもなるような恋に身を焦がす女性である。「八百屋お七」は恋しい男に会うため火付までしてしまう。たとえ崖から落ちようとも恋しい男を慕って行ったと思いたい。
この崖下の穴吹川の深緑の淵を見ているとまたまた妄想が湧いてくる。
その1
慕いながら女はついていくが「蜀の桟道」のような道は、二人が手を引くことも並んで歩くことも許さない険しく狭い道である。後ろから来ていた女は石につまずき
「あれぇぇぇぇ~」
という哀しい悲鳴を残し穴吹川の淵に吸い込まれていった。男はなすすべもなかった。一人残された男は悲嘆にくれる。
その2
女が落ちる寸前、男は自分の身も顧みず後ろに手をのばし、女の手を取るが、二人とも仲良く崖下の川に飲み込まれる。ほとんど入水心中となる。
その3
男は平家の公達、当時のイイ男、都落ちとはいえ慕う女は多いがさすがこんな四国の山奥まで追いかけてくる女はまずいないはずだが・・・・
最後まで後を慕う女が一人いた。最初はそうでもなかったが、付きまとわれ、鼻につき、やがて顔を見るのも嫌になった。源氏からの逃避行である。足手まといにもなった。
いろいろに言いくるめて都に返そうとするが、悪女の深情け!絶対別れようとしない。
そして2人はここまでやってきた。黄昏時、雨も降りだした。
何を隠そうこの男は女をここまで誘い出したのだ。永遠に手を切るため。
親切に手を引くふりをして、淵の上まで来たとき、男は女を突飛ばす
「ひぇぇぇぇ~!」
ほとんど「怪談累ヶ淵」となる。
『手を引き急ぐ悪縁の 末は涙の藻塩草、噂の種にとなりにけり』 (心中、道行より)
最後の3になると怪談話となって「恋人峠」にはふさわしくない。「恋人峠」にふさわしいのは1か2であるが、これも悲劇になる。
観光で「恋人峠」を売り出すのに悲劇や別れ別れはまずかろうというのでこの近くに地元の観光係りがこんなものを作った。
2人で来て鍵をかければ結びつくという「おまじないスポット」
他の地方の観光地でも聞いたことがある。
でもこれで「恋人峠」に付きまとう不吉さは払しょくできる。
少し奥には滝があった。
さて、みなさん、恋人峠の伝説であなたは、オリジナル、妄想その1、2、3、あるいはそれ以外、どれをとりますか?
みなさんに恋人あるいは奥様がいらっしゃる場合、これはなかなか面白い心理分析テストになるやもしれません。公言する時は僕は絶対その2だ!といいましょう。