2011年4月7日木曜日

今日の予定の絵日記

 今日は夕方、以前、簿記学校でパソコンの職業訓練をした2人と久しぶりに会う。
ここで楽しく過ごすため。













88円の缶酎ハイを片手に
ささやかな観桜の宴でいいんだ。場所なんかなくったって、僕らは足があるもの元気に今日まで歩んできたんだ。一緒に歩こうぜ。
 そぞろ歩きを楽しみながら友と語り、今日を一緒に歩む。こんな贅沢はないぜ。

 今宵の月は、そういや、昨夜は鎌のような月が西空にかかっていたっけ。
 花とともに愛でる月でさえ孤独なんだ。暗き山の端より出でて、やがて暗き山へと入っていく。空に道づれなんていやしない。

 でも、今、僕らはいっしょなんだ。ひと時でも、今が過去になる前に、おおいに語り飲みましょう。

暗きより暗き道にぞ入りぬべきはるかに照らせ山の端の月
(和泉式部作)


渋い中年の魅力ある
役所さんことたけちゃん


ガタイがよく陽気な
シュワちゃんことこうちゃん
 
そしてレオこと私
  
たのしいひとときになるといいな

これはアバラが折れとる

 4日前に風呂を掃除していた。洗い場にしゃがみこみ浴槽の中へ手を伸ばしタワシで洗っていた。胸のアバラの浮き出たところに風呂タブの縁が当たっていたが無理して、タブの奥を洗おうと胸の脇が強く押し付けられたとたん、グキ、痛みが。
 痛みはすぐおさまったがそれから日にちを経るごとに痛くなってくる。今日は咳をしても痛い。

 10年以上前も、神戸へバスで行っていて席でかがみこみ、落ちた何かを拾おうとしたとたん肘掛でグキ、同じように日を経るにしたがって痛くなった。この時もアバラが折れていた。

 今回も同じと思う。でも、折れてはいるが
処置しなくても自然治癒で治るとおもう。少々アバラが折れても、実際の治療では、病院はギブスなど巻かない。自然治癒にまかせ、せいぜい湿布をくれるくらいである。
 だから放っておくことにした。

 咳をすると痛いが、他は別に不都合がない。内に折れ込んで肺に突き刺さっていれば、ちょっと困るが上から触った限りでは変形などしていないから大丈夫。

 もう私の体は故障だらけである。車に例えれば廃車寸前のポンコツ車、今回の故障などはボディが少しへこんだくらいだろう。

 夜、今日も健康の為ウォーキングに出る。同じように夜歩くたくさんのご老体に出会う・・・マル!
で、終わるつもりだったが・・・・・

 私も含め、夜このようにエネルギーをどしどし発散させながら歩くご老体が多いのを見てあることについて考えさせられた。
 
 今回の原子力事故の処理人員についてビートたけしと曽野綾子が同じことを書いていたのを思い出した。それは
 
 「60歳以上の人々で老人決死隊を作って若い人に代わって作業すればよい。」
 
 なるほどこれはいい。私は進んで応募に応じます。と言っても技術がないから大したことはできないが、バルブの開閉や消火ホースを持つくらいはできそうである。
 高齢になっているので生殖機能への放射能の影響なども心配しなくていい。若い人の生きのよい細胞なんかは放射能に敏感で致命的になるかもしれないが、わたしのような老化した細胞だともしかしてうんと鈍感になっていて耐性が何倍もあるかもしれない。

 「はいはい、わたし行きます。」

 是非行かせてください。この歳まで生きたからそう思い残しもありません。若い人のこれからの人生の長さ、価値に比べたら惜しくありませんわ。

 老残をさらし、忘れ去られフェイドアウトするより、みんなに役だって名誉に死なせてくれるなんて、むしろありがたいことです。

 こんな素晴らしい死に場所を提供する「老人決死隊」を作れば、私も含め我も我もと大勢が申し込むような気がします。

 そうそう、週刊誌によれば、原子炉危険手当、一日8万円と言ってた。これも魅力だわ。直葬でも最低30万はかかるから、もらった手当で葬式代くらい出せれる。残された親族に迷惑もかからん。

 ほんまに老人決死隊編成せえへんかいなあ~。

2011年4月5日火曜日

さくらはすき?

 世は挙げて桜をもてはやし、あちらこちらで花見の宴。街路も公園も土手もダムも桜の花盛り。
 これだけさくらさくら、と言われ、これでもかとばかり目につく限りさくらを見せられると、天邪鬼でなくても桜に反感を持つ人間が出てきてもよさそうなものだけど、

 「花は桜木、人は武士」

 「桜は日本の象徴、日本人の心情にあった花だ。」

 なんどとやたらと日本だの、心情だのと、精神性をいうものだから、

 「僕は桜なんか大っ嫌いだぁ~!」

 と公言するにははばかられる。だからか、桜は嫌いだ、という人にはあまりお目にかかったことがない。
 しかし以前読んだ本の中には徹底して桜が嫌いな人の話があった。桜の咲く時期は家に引きこもって外に出ないそうである。百人に一人くらいの割合でこのように徹底して桜嫌いがいる方が健全な気もする。だが、わたしの周りにはいそうにない。

 さくぅら~、さくぅら~、と草木も靡く風潮の中にあって、その時期は引き籠るほど嫌悪感あらわに自己主張ができる人って素晴らしいと思うんだけどそんな人いませんかねえ。
 盛りのド派手なさくらを嫌いで見たくない人は一週間も引き籠ればさっさと散ってやり過ごせますから、嫌いだけど自己主張できないあなた、安心して、引き籠るほどのさくら嫌いになりましょう。
 これが椿や百日紅が嫌いと来たひにゃあ、数か月引き籠らにゃならないから、さくら嫌いがう~んとお手頃ですよ。
 さあさあ、隠れさくら嫌いのあなた、カミングアウトしましょうよ。

 てなわけで、やまさん

 「桜なんか 大っ嫌いだ!」 

 とは言っても、私が嫌いなのは、みんなにもてはやされている人気者の「ソメイヨシノ」の種類だ。

 本当の古来からの「桜」 今では「山桜」と呼ばれている花は嫌いなわけがありません。和歌に詠まれ、平安の貴人が観桜の宴を開き愛でたのはこの花。今は片隅で一本か二本、あるいは在来種のため山にぽつぽつ、愛でる人もソメイノよし子ちゃんに比べたらほとんどいない。
 でもそれでいいんだ。この木の下でカラオケをがなり立てたり、酒飲んで狂喜乱舞したり、焼き肉やバーベQの煙でいぶすのは許せない。それはソメイヨシノにまかせるのがいい。

 気品ある山桜はひっそりとやまさんが鑑賞します。

敷島の 大和こころと 人問わば 朝日ににほふ やまさくら花 (本居宣長作) 

山桜
ソメイヨシノのように花数は多くなく、ご覧のように薄い茶色の小さな葉と一緒に咲くのが特徴。ソメイヨシノは花だけ先に咲く。

私の大好きな中世の絵巻物、「一遍上人絵伝」、13世紀末
 満開の桜が風にさそわれ花吹雪を散らす。
 よく見てくださいよ、満開の桜に上の写真と同じように葉っぱが出てますね。
 これが本来の桜、今では山桜といわれる。

 私の持っている大判の絵巻物の本から写メールで直接撮りました。

 中世の一風景をまるで風景写真に撮ったような絵巻のシーン、わたしゃ、見るたびエクスタシーを感じるくらい超好みだぁ~。








上の2枚の写真はMOTOさんに捧げます。

2011年4月4日月曜日

面接じゃ~

 久しぶりに朝の通勤列車に乗り徳島へ行く。緊急雇用の面接日である。いつもは朝はだらだらと炬燵で横になり、朝のニュースを見守り、10時近くなって外出する生活を続けていた。朝の食欲もなく、便通も悪かった。ところが、今日は5時前に起き、通勤時間帯までに間に合うように面接の用意をしていると、腹も正常にすいてくるし、便通もたっぷりぷりぷりあって気色がよい。
 あらためて思いますわ。

 「早起きし、通勤時間にあわせ、身支度、心支度するのが人間にとって一番いい。健康の元だ。」

 通勤の列車は鴨島からだと満員で座れないこともあるので心配したが、案に相違してすいている。

 「おおそうじゃ、まだ春休みで、坊ちゃん嬢ちゃんがおらんのじゃ!」

 ハロワの緊急雇用だというので、私のような中高年の人ばかりかな、と思い待合室に入ると
 
 「まあ~~~ぁ。若いし、ばっか!」

 60の爺さんはわたしだけ。となりに坐った男の子を見ると童顔で(といっても23か24)私と並ぶと爺ちゃんと孫。まっさらぴんぴんの濃いグレーのスーツを着ている彼に対し、わたしはというとワインレッドのよれよれのカラーシャツにコバルトブルーのネクタイ、30年前に買ったもはや元の色は何の色か定かでないブレザー。駅から長距離歩かなければならないので履いてきた、というかフォーマルな革靴なんぞ持ってまへん。で、2年前に980円で買ってそろそろ破れてきたからガムテープを巻いて修理して履こうかと考えている襤褸スニーカー。

 コントラストが強烈でありました。

 何十分も待つ間、彼は緊張しているのか姿勢正しく坐っています。が、私は首をぐるぐる回したり、居眠りしたり、一人リラックス。
 袖すりあうも多生の縁と言いますから、この坊ちゃんに話しかけたかったんですが、彼は第二第三希望の職種まで申し込んでいるのか、隣り合った3つの面接室に次々呼ばれて話す暇なし。
 ちなみに私は一つだけ。

 「どうせ、あけへんわ」

 と思っている私は自分の面接が来ても緊張感ゼロ、面接官にこちらから質問したりして、他の人の倍時間をかけて終わりました。

 結果?あかんのに決まってますわ。自分よりもあの坊ちゃん、あの歳で緊急雇用とはかわいそう、受からせてあげたいですわ。

 せっかくここまで来たから、二軒屋から列車に乗るつもりでてくてく懐かしいJメイトに歩いていきました。久方ぶりに皆さんの顔を見れてうれしかった。

 二軒屋から1時過ぎの列車に乗ったんだけど石井駅の近くで特急がおばあさんを轢き殺したとかで、国府でずいぶん列車が停まり帰りが遅れました。

 夕方、庭の草むしりをしていると可愛いスミレが咲いているのを発見しました。我が家の庭は帰化植物の野草(雑草)ばかりですが、けなげに咲いた可憐な在来種のスミレはこころ和ませます。

十円玉と比べると小ささ可憐さがわかる


2011年4月3日日曜日

男はつらいよを見る 最後のシーンに鳴門が

若い人には過去の映画となっているが、「フーテンの寅さん」の映画、「男はつらいよ」は私の中ではいつまでも生き続けている。寅さんのように放浪癖があった私は映画の寅さんのように日本全国旅してまわった。
 各地の有名な風景が出てくるシーンを見ながら、
 
 「ああ、これは昭和〇〇年ころ旅したな。」

 と懐かしく思い出す。
 映画の「男はつらいよ」シリーズは昭和44年8月に始まった。私が高校3年生の時である。そして48作まで、(平成7年の12月封切り)続いた。この時、私は45歳になっていた。そして翌年渥美清が死亡し、寅さんシリーズはこの回で終わる。
 唐突に死亡のニュースを聞くまでは、寅さんの映画は毎年1本は必ず作られこれからも続いていくと思っていた。まさかこの年に亡くなって終わるとは全く予想もしていなかった。

 死亡のニュースを聞いた場所は今でもよく覚えている。平成8年8月、網走駅の待合室に備え付けられているTVであった。
 この時

 「終わったんだ」

 と嘆息した。一映画俳優になんと大げさなと思われるかもしれないが、終わったんだな。という主語は渥美清、でもあり、「寅さん」でもあり、実は私でもあった。
  
 その嘆息したようにこの年の夏をもって私の全国放浪の旅も終わったのである。
 まるで渥美清の死亡、寅さんの終焉にあわせるように。

 寅さんの映画は今まで幾度となく見たが、「心の旅」がしたくなったら寅さんのDVDを借りてきて見ている。私の放浪と軌を一にした「寅さんシリーズ」は私だけの「思い出の旅日記」でもある。

 「寅さんが活躍している全国の場所場所にわたしの思い出も踊っている。」

 今晩は「男はつらいよ寅次郎カモメ歌」(昭和55年)を見ました。北海道江差が舞台です。この年、私も1か月くらいかけて北海道を回りました。その時の思い出を重ねながら懐かしく見ました。

 寅さんは全国を回りましたがここ徳島は舞台になっていません。徳島にも来てもらおうと運動もあったようですが(それくらいの国民的な人気の映画だったんです)とうとう実現しませんでした。

 しかし実はほんのちょこっと徳島でロケをしてるんです。この今晩見た映画の最終シーンで鳴門の島田島スカイラインの展望所が出てきます。徳島の人でも意外と知りません。
 TVスクリーンから写真に撮りました。


島田島スカイラインの展望所からうちの海の釣り筏を見下ろす。
 絶景であり今も観光客が絶えない。








ここで北海道奥尻のおばちゃんと再会する寅さん。
 この後、一緒のバスで旅をする。









 鳴門国立公園の雄大な景色の中、遠ざかるバス、「終わり」の文字が重なりエンディングの曲が流れる。 






2011年4月2日土曜日

遅き日のつもりて

 石井町の前山公園から山を縦走し椿園に降りるコースを歩いた。
 上の地図の右、起点から出発し、最初のポイント地蔵峠まで上り坂を歩く。
 途中にかわいらしいスミレがあったので写真におさめる。
 地蔵峠、分水嶺、左手は入田町、右手は登ってきた石井町である。
 尾根道はこんな感じの道がつづく、背丈より高い篠竹が左右に茂っている。
 午前中は体が何となくしんどかったが、昼からこのように山をてくてく歩くとなんだかずいぶん元気が出てきた。

 尾根と言っても標高300米くらいだから鬱蒼として、華やかな花木などはないが、歩いていると冬には感じられなかった木から分泌された樹脂の匂いが鼻につく。春を強く感じる。

 春は再生、若やぎの季節であるが、やまさんのように60回も春を重ね、積もり積もってくると、過去の遠い春があちらこちらに埋もれている。古い春が堆積し腐敗しその腐葉の上に新しい春が芽吹く。
 
 「やまさんもそろそろ次代の養分になるため倒れ土に帰してもいいんでないかい?」

 遅き日の つもりて遠き むかしかな (蕪村作) 

 尾根道から椿園に降りる。ここの写真は編集しヨウツベに投稿しましたから見てください。

 
 BGMの「ロンドンデリーの歌」はアイルランド民謡であるが、日本ではこの歌は歌詞を変えた「ダニー・ボーイ」としての方が有名である。

2011年4月1日金曜日

三面記事をみて思うこと

 夢、希望に胸ふくらみ幸福感や満足感に包まれている人を見ると
 「いいな、見ていてこちらまで気持ち良くなる。」
 祝福したくなるとは思いますが、私はその人に対してそれ以上はどうも想像力が湧いてこない。

 幸せはどれもよく似ている。だれもかれも幸せ色は案外単純な色なのかもしれない。
 しかし、不幸は人の数だけあって、どれもその人の個性があり一概なものではない。それぞれに言い尽くせぬドラマがありそうである。

 人間の特性なのか苦悩、悲しみ、恨み、暗い暗い感情は幾らでも言葉が出てきそうである。またこれらのことは述べるだけでなく、聞くのも好きであるのが人の性である。

 人を遠慮会釈なく観察し、それに基づき材料を集め空事虚言を書き綴る狂言作者、今だと「小説家」という人々、世にあふれる様々なニュースの中でも特に不幸を注意深く観察しているに違いないと思うのである。
 なんか嫌だと思うかもしれないが、それは仕方のないこと、小説は殺人でも不道徳でも大反逆でもなんでも作品にする。「自由」が小説の命である。書くことはなんでも許される。面白くなく、人が受け入れてくれなければそれまでのことである。だが殺人、不幸をたくさんちりばめた小説はもてはやされている。

 ところで私は小説家でもないし、文才があるわけでもない。不幸や暗い感情をネタに絵空事を書き綴れるわけではないが、ニュースで見聞きすると空想はずいぶん広がっていく。文才があり脈絡をつけて叙述できれば小説でもかけるのだが。

 実際に起きた事件を先ほど報道していた。これはかなり私の想像を刺激しあれこれとその想像が広がっていった。

 事件は怪我もしていない被害金額も20万以下のまあありふれた強盗事件である。主犯の23歳の南米系の男とすぐ後で共犯の46歳の女性が捕まった。発表では交際相手とある。男はもとは中部地方にいて何らかの理由で徳島まで流れてきた。日本には2、3歳の幼児の時来たらしいから言葉文化も日本人と同じだろう。

 これを聞いて空想(妄想にちかいかも)はどんどん広がっていく。
 まず男は23歳、危うい青年期後期である。生い立ちから反社会的な性向かもしれない。しかし純情さは外せない。南米系だからラテンイケメンのバレンティーノのような男前に設定しよう。
 女性はどうしよう。46歳、見目容姿を単純に美人とするのは考えものだぞ、性格、これは楚々としたしとやかさ、はあり得ない。毒婦、そこまではいかない、まあ筋の流れから後で考えるとして、今は保留にしよう。

 空想の中心になるのは二人の出合い関係である。セックス?もちろんありますよ。たっぷりしっとり、じゃが単純に肉体を求め合うものでないことにしよう。
 ここは、それ、それ、光源氏のように母性を追い求める青年にしよう。とすると青年の生い立ち、それにまつわる不幸も見えてくる。
 中年女性と母性をそれに求める美青年の初めての抱擁は念入りに描写がいるぞ。なにか小さな事件、ちいさな不幸が用意されてと・・・・・・・・・・