非欧米諸国の中で近代国家を植民地にならずに自ら作った日本はすごい。ヨーロッパの近代諸国は、王・貴族から市民階級へと権力が移って行ったといわれている。英仏などはその過程で流血革命を経ている。日本の特異なのは近代化を進めたのが同じ支配階級だった武士であることである。
結果的に支配階級である武士の特権を廃止するようになる革命といってもいいような維新を成し遂げたことは、おおいに評価していいだろう。「痛みをともなう改革」などと今の政府もいってるが、自分の特権や利益を捨てる改革は容易ではない。どこを見ても自らがそんなことをして国の体制を変えたものはいない。
そんな稀有なことをやり遂げたのがこの時代のわかい武士たちである。
ま、そんなわけで若いエネルギーがたぎる「坂本竜馬」をみてるんです。今日は大政奉還を説得するところだったんだけど、なかなか面白かった。ドラマだから多少は誇張があるだろうが、今日の大殿さま容堂公、かっこよかったね。若い志士からみたらほとんどおじいちゃん。保守的にならざるを得ないが、でも最後は自分で決断する。説得されたにしろ、最後は自分の決定だからね。大政奉還の建白書を慶喜に奉るのも、史実。
今まで、酒ばかり飲んでて、酔眼で家臣をかなり斜に見ていた、ちょっと妖怪じみた印象だったが今日の決断見直しましたわ。
ところで彼ら志士たちは外国の先進的な科学技術や制度に非常な危機意識を持っていて、自分たちもこれらを学び克服しなければと思っているんだけれど、道徳・倫理は決して外国に負けていると思ってない。すごくその点だけはプライドを持ってる。
NHKにはそこのところを強調してほしかったけれども、残念ながらそうなっていない。竜馬もなんか無国籍でひたすら人類愛とでもいうような、ほんわかした希望のようなもの。世界市民の一員のようなこの世紀ではありえんようなことを言う。違う、違う。
武士としての道徳・倫理がしっかりあったればこそ稀有の改革の信念、エネルギーが生まれたのである。
維新の英傑となったような人は竜馬も含めてみんな漢籍で道徳・倫理を徹底して習った。武士の徳目は血肉となっているのである。その基礎の上に蘭学。英学があるのである。けっして逆ではない。和魂洋才はスローガンだけではない。
よく武士の徳目は八つあるといわれている。仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌である。日本で一番重んじられたのは「忠」である。中国も韓国も最上と考えられていた徳は「孝」である。日本だけ違う。この二国では不孝はもっとも忌むべきものであって、国家の大事(たとえば戦争従事中でも)であっても親が死ねば一定期間喪に服さないことは許されない。職務に忠実のあまり親の死に目に会えないことは日本ではゆるされることもあるが、この二国ではぜったい許されない。
この日本の武士の「忠」が、唯一非欧米諸国のなかで近代化が成功した原因の一つではないだろうか。
「忠」という概念は鎌倉時代から「滅私奉公」という概念を含んでいる。竜馬たち志士は、最初は藩主に忠をささげる。しかし、「忠」は、藩をも「私」とし、もっと外部のおおきい範囲へと「公」を広げていく、とくに外国の脅威のもと、やがて公は日本国全体へと広がる。「孝」は家、一族からは広がらない。「忠」を最高徳目とした日本が近代化に成功するのである。
志士たちの多くは途中で非業の最期をとげるが、維新は成し遂げられる。彼らは「滅私奉公」し、まだ見ぬ国家に「忠」だったのである。
明治以降、昭和まで日本人のもっとも好きな芝居は武士の時代から続く「忠臣蔵」でありつづけた。
2010年11月14日日曜日
日曜の午後の散策、今日は池めぐり
ちょっと離れているが午後から池のある山際の公園へ行く。昔はため池・農業の灌漑のみに使われていたが、平成に入り公園を整備した。今は憩いの地として主に使われている。水位も昔と比べたら3メートル近く下がっていて、水門もなくなり自然排水で水位が一定になるようになっている。
前にもちょっと書いたが何より私のお気に入りなのは、人が少ないことである。公園と小高い丘が組み合わさった遊歩道を歩き、池を一周するだけで1キロ以上あるから、緑の癒しと、水の癒しが同時に得られるのでよい。
すこし小山になった脇道に入り展望所を経由して池を一周すると2キロ以上あるから気分次第でそちらの方にもいく。
人少ない遊歩道を歩いているとゆっくりとさまざまなことが考えられる。だいたいとりとめもないようなことで、またすぐ別の方に考えが飛ぶ。最初に何を考えていたのか忘れるくらいだから、目覚めると雲散霧消してしまう明け方の夢のようなものである。
歩きながらこんなとりとめのない夢のようなことを次々考えるのはしかし気持ちいいし楽しい。
今日は数について考え、「あやしゅう、ものぐるおしけれ」などとぶつぶついいながら兼好法師の真似をして歩いていた。
「1,2,3、のような数って人の頭から離れて存在するんだらろうか、」
「それとも人の頭の中のみに存在するんだろうか」
「そういえば、プラトンは理想的な幾何の図形は、イデアの世界にありといったぞ。うん、これはこのことと関連付けられんもんか?」
なんでか、ここでいま職業訓練でやってるパソコンに考えが飛ぶ。
「一昨日、画面にきれいなクラッシックの音楽と映像と貼り付けたとき、HTMLに切り替えたらなんかわけわからん記号や数字が表れたな。美に対するコンピュウターの認識ってあんなものなのか?」
「π・パイという数、我々は際限のないでたらめの繰り返しとしか思えんが、認識の主体が違えば、例えばコンピュータなんかは我々が1・イチという自然数を認識するように認識してるんじゃないのか?」
「いや、まだ、コンピュータに認識なんぞありはしない!」
などなど、まことにバカバカしいことを考えながら歩いているのです。でも、自由にふらふらあるけて、自由にバカな考えをめぐらすって楽しいよ。これだから、人少ない田舎の公園の遊歩道歩きはやめられん。
晩秋、可憐で美しい花を咲かせる野菊。今年は見なかったのですが、途中2,3輪みたので写メールに撮りました。これから咲くのかな。
前にもちょっと書いたが何より私のお気に入りなのは、人が少ないことである。公園と小高い丘が組み合わさった遊歩道を歩き、池を一周するだけで1キロ以上あるから、緑の癒しと、水の癒しが同時に得られるのでよい。
すこし小山になった脇道に入り展望所を経由して池を一周すると2キロ以上あるから気分次第でそちらの方にもいく。
人少ない遊歩道を歩いているとゆっくりとさまざまなことが考えられる。だいたいとりとめもないようなことで、またすぐ別の方に考えが飛ぶ。最初に何を考えていたのか忘れるくらいだから、目覚めると雲散霧消してしまう明け方の夢のようなものである。
歩きながらこんなとりとめのない夢のようなことを次々考えるのはしかし気持ちいいし楽しい。
今日は数について考え、「あやしゅう、ものぐるおしけれ」などとぶつぶついいながら兼好法師の真似をして歩いていた。
「1,2,3、のような数って人の頭から離れて存在するんだらろうか、」
「それとも人の頭の中のみに存在するんだろうか」
「そういえば、プラトンは理想的な幾何の図形は、イデアの世界にありといったぞ。うん、これはこのことと関連付けられんもんか?」
なんでか、ここでいま職業訓練でやってるパソコンに考えが飛ぶ。
「一昨日、画面にきれいなクラッシックの音楽と映像と貼り付けたとき、HTMLに切り替えたらなんかわけわからん記号や数字が表れたな。美に対するコンピュウターの認識ってあんなものなのか?」
「π・パイという数、我々は際限のないでたらめの繰り返しとしか思えんが、認識の主体が違えば、例えばコンピュータなんかは我々が1・イチという自然数を認識するように認識してるんじゃないのか?」
「いや、まだ、コンピュータに認識なんぞありはしない!」
などなど、まことにバカバカしいことを考えながら歩いているのです。でも、自由にふらふらあるけて、自由にバカな考えをめぐらすって楽しいよ。これだから、人少ない田舎の公園の遊歩道歩きはやめられん。
晩秋、可憐で美しい花を咲かせる野菊。今年は見なかったのですが、途中2,3輪みたので写メールに撮りました。これから咲くのかな。
| 水上に浮かぶ東屋 |
| 水上遊歩道 |
| 野菊 |
2010年11月13日土曜日
黄砂、黄塵、黄土の大地から尊大な人も
一昨日の予報で昨日は黄砂が飛ぶといっていたが、昨日より今日の方が黄砂の影響がより大きいようである。朝のうちに洗濯をして干したが空はどんよりしていて、乾くのに時間がかかりそうな予感がする。その時は黄砂とは考えていなかった。
昼ごろ、徳島のハローワークへ行くため列車に乗った。車窓から南の山を眺めると霧や霞とは違う白っぽい紗のカーテンがかかったようになっている。その時になって、そういえば昨日黄砂が飛ぶといってたなと思い出した。でも、今日の方が、ひどいじゃないか。遠くをみると、やはり!ちょっと黄色っぽい。
みんな黄砂っていうけど、これは黄塵というほうが正しい気がする。きわめて小さい粒子だから砂などという表現はあたっていない。
用が済んで二時前の列車に乗った。徳島についた時から、気温はかなり上がっていて、十一月に入って秋冷が続いたが今日は春のような日、おまけに黄砂。これ、春の季語以外なにものでもない。秋の黄砂はおかしい。でも事実だから、今日なんか俳句を作ったらさぞ面白いのができるだろう。
小春日和は寒い日々の中、あたたかく風もなく、お日様の日差しも気持ち良いぽかぽかした日をいうのだが、今日の昼過ぎの暖かさは春そのもののようだ。これも異常気象か?列車の中はむせるくらい暖かく、乗客もほとんど上着を脱いでいた。
後で知ったが秋のこのような黄砂は数十年ぶりだそうだ。
これってもしかして、大陸のあの国の元首が今、横浜に来てるからいっしょに連れてきたんじゃないのかな。黄塵万丈の国だからね。よりによって国際会議の開かれる今日、日本があの国から来た黄色いものに覆われてるって気色わるいよね。
黄塵万丈。天子蒙塵。白髪三千丈。はあの国の文化、風土、これに対する我が国は、山紫水明。万世一系。正直誠実。菅さん負けたらあかんよ。
APECとは、Aあてられて、Pぺこぺこするの、Eええかげんに、Cしーや。
昼ごろ、徳島のハローワークへ行くため列車に乗った。車窓から南の山を眺めると霧や霞とは違う白っぽい紗のカーテンがかかったようになっている。その時になって、そういえば昨日黄砂が飛ぶといってたなと思い出した。でも、今日の方が、ひどいじゃないか。遠くをみると、やはり!ちょっと黄色っぽい。
みんな黄砂っていうけど、これは黄塵というほうが正しい気がする。きわめて小さい粒子だから砂などという表現はあたっていない。
用が済んで二時前の列車に乗った。徳島についた時から、気温はかなり上がっていて、十一月に入って秋冷が続いたが今日は春のような日、おまけに黄砂。これ、春の季語以外なにものでもない。秋の黄砂はおかしい。でも事実だから、今日なんか俳句を作ったらさぞ面白いのができるだろう。
小春日和は寒い日々の中、あたたかく風もなく、お日様の日差しも気持ち良いぽかぽかした日をいうのだが、今日の昼過ぎの暖かさは春そのもののようだ。これも異常気象か?列車の中はむせるくらい暖かく、乗客もほとんど上着を脱いでいた。
後で知ったが秋のこのような黄砂は数十年ぶりだそうだ。
これってもしかして、大陸のあの国の元首が今、横浜に来てるからいっしょに連れてきたんじゃないのかな。黄塵万丈の国だからね。よりによって国際会議の開かれる今日、日本があの国から来た黄色いものに覆われてるって気色わるいよね。
黄塵万丈。天子蒙塵。白髪三千丈。はあの国の文化、風土、これに対する我が国は、山紫水明。万世一系。正直誠実。菅さん負けたらあかんよ。
APECとは、Aあてられて、Pぺこぺこするの、Eええかげんに、Cしーや。
2010年11月12日金曜日
運命の車輪はまわる
日本の中世末期に流行した「小歌」の歌詞を集めた歌集が「閑吟集」で、大昔に買った岩波文庫本の一冊にある。この間からひっぱりだして、また読んでいる。小歌とあるが歌詞のみで楽譜もない。中世の流行歌だから無理もない。
若い時より今のほうが歌詞の意味がしみじみ理解出来る。全体をいろどっているのは、無常感と抗しがたい定めへの嘆き、あすはしかとはわからぬ身のせつなさ。である。しかし、それゆえに今を生きるよろこび、特に色恋のよろこびを歌い上げている。刹那の人生だからこそおおいに楽しもうという讃歌に、わたしには聞こえる。
運命に流され漂う中世人は、この世を、浮いた世(浮き流される世)と憂き世をかけて「浮世」と表現している。
浮世であるから運命を水のながれのようにとらえた中世人は、人生を「うたかた」(水の泡)ともとらえた。
この中世末期、宇治、淀にはかなり有名な水車がありました。人の世を水の流れととらえる中世人はこのくるくるまわる水車にも変転し転生する人の運命を重ねた。
「ただ何事もかごとも、夢幻や水の泡、」
「思い廻せば小車の、わずかなりける浮世かな」
「宇治の川瀬の水車、何と浮世を廻るらう」
「閑吟集」から
何週間か前、中世ドイツの歌の歌詞を見ていて、(もちろん日本語訳ですよ) おなじ中世人の心情の共通性を感じました。要約すると
「全てのものは運命に支配されるもので、運命の女神の持つ車輪の前にはすべて服従しなければならない。」
抗いがたい運命、そして運命をまわす車輪。閑吟集の歌詞の心情に似てはいませんか。
このドイツの中世歌謡、ラテン語で書かれています。ヨーロッパの古典語ですね。その古い歌詞に1936年、オルフが曲をつけました。
閑吟集の小歌は歌として聴かれませんが、ドイツの中世歌謡はそういうわけで聴けます。曲を入れておきますので、運命の車輪の廻る音をお聴きください。
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| 日本の水車 |
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| 中世ドイツの歌詞 |
若い時より今のほうが歌詞の意味がしみじみ理解出来る。全体をいろどっているのは、無常感と抗しがたい定めへの嘆き、あすはしかとはわからぬ身のせつなさ。である。しかし、それゆえに今を生きるよろこび、特に色恋のよろこびを歌い上げている。刹那の人生だからこそおおいに楽しもうという讃歌に、わたしには聞こえる。
運命に流され漂う中世人は、この世を、浮いた世(浮き流される世)と憂き世をかけて「浮世」と表現している。
浮世であるから運命を水のながれのようにとらえた中世人は、人生を「うたかた」(水の泡)ともとらえた。
この中世末期、宇治、淀にはかなり有名な水車がありました。人の世を水の流れととらえる中世人はこのくるくるまわる水車にも変転し転生する人の運命を重ねた。
「ただ何事もかごとも、夢幻や水の泡、」
「思い廻せば小車の、わずかなりける浮世かな」
「宇治の川瀬の水車、何と浮世を廻るらう」
「閑吟集」から
何週間か前、中世ドイツの歌の歌詞を見ていて、(もちろん日本語訳ですよ) おなじ中世人の心情の共通性を感じました。要約すると
「全てのものは運命に支配されるもので、運命の女神の持つ車輪の前にはすべて服従しなければならない。」
抗いがたい運命、そして運命をまわす車輪。閑吟集の歌詞の心情に似てはいませんか。
このドイツの中世歌謡、ラテン語で書かれています。ヨーロッパの古典語ですね。その古い歌詞に1936年、オルフが曲をつけました。
閑吟集の小歌は歌として聴かれませんが、ドイツの中世歌謡はそういうわけで聴けます。曲を入れておきますので、運命の車輪の廻る音をお聴きください。
2010年11月11日木曜日
歴史好きは歴史の中で生きられるか
小さい時から歴史好きで、空想好きだったため、よく自分の気に入った時代で生活して、歴史を体験したいと空想していました。
そうすれば歴史が実体験できるし、歴史上の有名人にもあうことができていいだろうなと考えていました。義経や信長、秀吉が実際はどんな人かもわかるでしょう。
でも、こんな空想の時って、自分は必ず支配階級に身を置いているんですね。総人口の1%もいない人々の仲間だと考えているのです。確率的に生まれ変わるとしたら庶民になる率がずっと高いのにね。まあ、そこが手前勝手の空想なんですけれどもね。
中世以前の庶民に私が生まれたら1か月だって生きられないでしょう。飢餓、疫病、戦争、夜盗、追剥、重い租税、過酷な刑、私刑(リンチ)・・・・・・ブルブル
大きくなってくると空想好きは変わらないんですけれどもかなり現実味を帯びた歴史に自分をワープさせるようになりました。近世ですわ。江戸の時代大好きですから。それに大事なこと、忘れてたのに気づきました。ワープしても近世以前だとわたしにとって中世日本語は、外国語のようにわからない。言葉が通じないんじゃあそれこそ、「話になりまへんわ。」
江戸前期の芭蕉や近松門左衛門にあいたい。できたらちょっと話してみたい。この時代だったら話も通じないことがない。二人の著述読んでも口語に近い。
そして、じいさんになっても歴史空想、(いや、もう妄想だわ。)好きはかわらず、もう立派な奇癖。そして空想であるのに現実味をますます帯びてきました。
あれやこれやかんがえて、文化・文政年間から天保までに自分を置くことにしました。
もう私還暦だから、この時代の「ご隠居」さん。支配階級なんてずうずうしいこといいませんよ。庶民でけっこう。ただ隠居さんだから、年間、五石の米は食い扶持として「たのんます。」
なんで、この時代、選んだのか?これ以後になるともう幕末維新、長生きすれば明治に入っちゃう。ちょっと新しすぎる。
じゃあ芭蕉さんの江戸前期は?
私ね、目が悪くて眼鏡かけてるんですよ。だから、眼鏡が手に入る時代じゃなくてはね。芭蕉はんの時代も眼鏡はあります。だけどねえ・・・・。
一昨年の六月の深夜、わたし急に尿閉になりました。これ前立腺肥大の老人病。この時、膀胱ぱんぱん、おしっこ、しずくもでない。なった人でなくてはわからない七転八倒の苦しみ。
緊急外来で、カテーテルで導尿して地獄の苦しみから逃れました。以後も何回か。
もし、江戸時代、隠居部屋でこの症状になったら?カテーテルがなければ、あの苦しみが・・・・・・ヒッェー!
あきらめました。今の医学が一番。空想タイムマシンも終わり。
ところがね。去年六月、長崎へ旅行した時シーボルトの鳴滝塾(歴史的遺跡)を訪れました。医学の塾です。そこで展示物の真鍮製の細長い管を見ました。説明書きには、「導尿カテーテルで尿閉に使用。おどろくべき効果あり。」とあった。これだ!
これが使用されたのは、文化・文政以降、これ以降だと私が存在しても、だいじょうぶやわ。などと、かんがえましてね。
文政か天保の時代のご隠居さんになることにしまして、きょうこの頃も江戸の歴史本なんぞ読みまして空想・妄想をたくましくしているのでございます。
シーボルト先生、尿閉起こったら頼んます。
そうすれば歴史が実体験できるし、歴史上の有名人にもあうことができていいだろうなと考えていました。義経や信長、秀吉が実際はどんな人かもわかるでしょう。
でも、こんな空想の時って、自分は必ず支配階級に身を置いているんですね。総人口の1%もいない人々の仲間だと考えているのです。確率的に生まれ変わるとしたら庶民になる率がずっと高いのにね。まあ、そこが手前勝手の空想なんですけれどもね。
中世以前の庶民に私が生まれたら1か月だって生きられないでしょう。飢餓、疫病、戦争、夜盗、追剥、重い租税、過酷な刑、私刑(リンチ)・・・・・・ブルブル
大きくなってくると空想好きは変わらないんですけれどもかなり現実味を帯びた歴史に自分をワープさせるようになりました。近世ですわ。江戸の時代大好きですから。それに大事なこと、忘れてたのに気づきました。ワープしても近世以前だとわたしにとって中世日本語は、外国語のようにわからない。言葉が通じないんじゃあそれこそ、「話になりまへんわ。」
江戸前期の芭蕉や近松門左衛門にあいたい。できたらちょっと話してみたい。この時代だったら話も通じないことがない。二人の著述読んでも口語に近い。
そして、じいさんになっても歴史空想、(いや、もう妄想だわ。)好きはかわらず、もう立派な奇癖。そして空想であるのに現実味をますます帯びてきました。
あれやこれやかんがえて、文化・文政年間から天保までに自分を置くことにしました。
もう私還暦だから、この時代の「ご隠居」さん。支配階級なんてずうずうしいこといいませんよ。庶民でけっこう。ただ隠居さんだから、年間、五石の米は食い扶持として「たのんます。」
なんで、この時代、選んだのか?これ以後になるともう幕末維新、長生きすれば明治に入っちゃう。ちょっと新しすぎる。
じゃあ芭蕉さんの江戸前期は?
私ね、目が悪くて眼鏡かけてるんですよ。だから、眼鏡が手に入る時代じゃなくてはね。芭蕉はんの時代も眼鏡はあります。だけどねえ・・・・。
一昨年の六月の深夜、わたし急に尿閉になりました。これ前立腺肥大の老人病。この時、膀胱ぱんぱん、おしっこ、しずくもでない。なった人でなくてはわからない七転八倒の苦しみ。
緊急外来で、カテーテルで導尿して地獄の苦しみから逃れました。以後も何回か。
もし、江戸時代、隠居部屋でこの症状になったら?カテーテルがなければ、あの苦しみが・・・・・・ヒッェー!
あきらめました。今の医学が一番。空想タイムマシンも終わり。
ところがね。去年六月、長崎へ旅行した時シーボルトの鳴滝塾(歴史的遺跡)を訪れました。医学の塾です。そこで展示物の真鍮製の細長い管を見ました。説明書きには、「導尿カテーテルで尿閉に使用。おどろくべき効果あり。」とあった。これだ!
これが使用されたのは、文化・文政以降、これ以降だと私が存在しても、だいじょうぶやわ。などと、かんがえましてね。
文政か天保の時代のご隠居さんになることにしまして、きょうこの頃も江戸の歴史本なんぞ読みまして空想・妄想をたくましくしているのでございます。
シーボルト先生、尿閉起こったら頼んます。
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| シーボルト先生 |
2010年11月10日水曜日
正義と法
政治や事件など生々しい話題はブログでは取り上げまいと思っていましたが、どうしても書きたくなったので一般的な話として聞き捨ててください。
法と正義の対立についての話です。
今日、国家機密漏えい罪である人が取り調べられています。顛末はまだわかりません。これが法と正義の二項対立の図式になるやらどうやらもわかりません。でもこのことに触発されて私が考えていることはありますので、この事件とはなれてみなさんも考えていただければと思います。
法と正義の対立はありうることです。でもその対立の図式がはっきりするためには法治が行われていることが大前提です。法が存在しそれに基づく統治です。古今東西、法により統治され秩序が保たれたといわれたりしますが、「法治」ということの意味での法でない場合が多いです。
一番簡単にみわける方法は、為政者によって、その法が自分の都合の良いように勝手に変え、あるいは解釈されうるか、ということです。「法」が為政者自身も縛り、恣意的に変更がされ得ないのであれば、「法」が行われているということができるでしょう。
現代国家は法治が原則でありますが、現代でも某超大国は「法治」の法が行われているとはとてもいえない状態であることはご存じのとおりです。
その前提があって正義との対立が存在しえます。
法は強制力をもち、罰則も伴います。万人が守らなければならないものです。人はそれぞれ信念を持っていますが、たいていは信念が法の前に折れる。しかし、ある人が正義の信念を持ち、多くの人がそれを正義として認めた場合。ある人がその正義の信念のためあえて法を犯せば、そこではじめて「法と正義」の対立となるのです。
ただ、二項対立といっても「法」は定義がしっかりしていてあいまいさはみじんもないように書かれています。それに比べ「正義」は人々の価値観に基づくためあいまいさをどうしても伴いますが、人々に共有される正義はあります。
正義のため法を犯した場合。たいていは正義の主張は為政者に無視され、法を犯したことで罰せられます。対立の痕跡もかき消されます。
法と正義の対立が大きな話題となること自体、かなり成熟した民主主義社会です。
ましてや、為政者が犯した人を正義と認めつつ、法治の原則から、やむを得ず罰を加える。など背反するようなことのできる為政者を持った国は世界史上まれです。ソクラテス、プラトンのいた古代民主政体のギリシャか、近代以降のフランス、イギリス、アメリカくらいなものでしょう。(英米仏は直後に特赦をあたえ罰則を停止するでしょうが)
このなかでギリシャは燦然と光輝を放っています。「法と正義」の対立のばあい必ず取りあげられるほどです。
ソクラテスの信念はゆるぎないものでしたが、合議制の裁判から死刑の判決を受けたとき「悪法も法なり」といって従容として受け入れました。弟子プラトンは、なぜソクラテスは死ななければならなかったのか、と深く考え、法と正義について哲学的な著述をしました。
このようなまれなこと、実は300年前我が日本にもあったといえば驚かれるでしょうか。
為政者は、五代将軍徳川綱吉。法を犯したものは、赤穂浪人、いわゆる四十七士。義のためにあえて幕法を犯した彼らを綱吉は内心助けるつもりだったといわれています。
そして綱吉は荻生徂徠に諮問します。徂徠は「義のよってなしたことはわたくしごとである。法を犯したことはおおやけごと、おおやけによって幕法で裁かれなければならない。」と答えます。
綱吉は、義であることを認めつつ法を厳格に適用します。為政者であっても情によって法は曲げないという、「法治」につながる信念が貫かれています。
われわれはこのようなみごとな芸当といってもいいような法と正義をあつかえる先人をもった国です。
はたしてこのような対立が起こったとき、正義と認めつつ、法は厳格に適応するということが今の政府にできるでしょうか。
輿論におもねり正義と認め罪を消す。や、正義と認めず法のみ厳格に適応する。には私は反対です。
みなさんの意見はどうですか。
2010年11月9日火曜日
新品の暖房器具を使い始めた。
ファンヒーター
去年まで使っていたファンヒーターは今年の3月頃壊れて、そのままになっていた。十一月に入って寒い日が続いているので買わなければと思いつつ、パソコン購入とインターネットの契約で使えるお金は極めて窮屈。
日曜日、町内の電機量販店へ行って見ていると、限定5台とあって、9480円のファンヒーターが置いてある。「安い!」 聞けば保証もついてるということなので、買ってそのまま持って帰る。
そして今日、昨日とうってかわって、寒い。夕方さっそく灯油をいれ初始動する。調子はいいようだ。さすがファンヒーター、すぐ暖かくなる。
今日は旧暦十月の最初の亥の日。昔はこの日に炬燵をしつらえ、火をいれたのである。
「おお、ふさわしい日じゃ!」
時雨の炬燵
今日は朝から風も強く、気温が下がり時雨もよいの日。そして炬燵びらきの日。時雨と炬燵、この二つから何を連想しますか?冷たい雨で外に出られず、おこたに体の大部分を入れて寝そべっている。中では猫が丸くなっている。
まあ、たいていの人はそんな連想でしょう。
じゃあ時雨にふりこめられその炬燵に入っている人はいったい何を考えているのでしょう?ゆったりした気分か、ぼんやりしているか、そんな感じでしょうか。
実はね。その炬燵には一人前の男が入って、女房と恋人のどちらを見切ろうか、こっち、いやあっち、とウジウジクドクドと考えているのです。いったんは恋人と別れると、女房の前で口にするのですが、また、思い返したりするのです。いまはやりの「ダメンズ」男。
なんで、強引にそんなことわかるの。と聞かれるでしょうが「時雨、炬燵」といえばそうなのです。インターネットで検索してもそれ以外にはヒットしないでしょう。
「心中天網島・時雨の炬燵」、近松門左衛門作、歌舞伎や文楽ファンならよく知っています。
炬燵の中でこの主人公情けなくなるくらい女房と恋人との間を気持ちがふらふら行きつ戻りつします。
これってでも300年前の戯曲ですよ。日本ってマッチョな武士ばかりじゃないんですね。現代人にも負けない優男っていたんですよ。顔はよくて女にもてても、からっきしダメな男。
誠実でブ男の私から見れば「けしからん!」
結局、切羽詰まって、恋人と心中。どう思います?
わたしも炬燵が恋しい
いまファンヒーターは回っていますが、足元、さむ~い。去年はホットカーペットで座卓に炬燵布団をかけて炬燵を作っていたが、炬燵布団は長年の使用がたたってぼろぼろ、牛の喉の奥から引っ張り出したようなぼろきれになった。綿はところかまわず飛出し、最早、いくらなんでも今年は使えない。ああ、炬燵が恋しい・・・いや、もとい、炬燵布団が欲しい。
去年まで使っていたファンヒーターは今年の3月頃壊れて、そのままになっていた。十一月に入って寒い日が続いているので買わなければと思いつつ、パソコン購入とインターネットの契約で使えるお金は極めて窮屈。
日曜日、町内の電機量販店へ行って見ていると、限定5台とあって、9480円のファンヒーターが置いてある。「安い!」 聞けば保証もついてるということなので、買ってそのまま持って帰る。
そして今日、昨日とうってかわって、寒い。夕方さっそく灯油をいれ初始動する。調子はいいようだ。さすがファンヒーター、すぐ暖かくなる。
今日は旧暦十月の最初の亥の日。昔はこの日に炬燵をしつらえ、火をいれたのである。
「おお、ふさわしい日じゃ!」
時雨の炬燵
今日は朝から風も強く、気温が下がり時雨もよいの日。そして炬燵びらきの日。時雨と炬燵、この二つから何を連想しますか?冷たい雨で外に出られず、おこたに体の大部分を入れて寝そべっている。中では猫が丸くなっている。
まあ、たいていの人はそんな連想でしょう。
じゃあ時雨にふりこめられその炬燵に入っている人はいったい何を考えているのでしょう?ゆったりした気分か、ぼんやりしているか、そんな感じでしょうか。
実はね。その炬燵には一人前の男が入って、女房と恋人のどちらを見切ろうか、こっち、いやあっち、とウジウジクドクドと考えているのです。いったんは恋人と別れると、女房の前で口にするのですが、また、思い返したりするのです。いまはやりの「ダメンズ」男。
なんで、強引にそんなことわかるの。と聞かれるでしょうが「時雨、炬燵」といえばそうなのです。インターネットで検索してもそれ以外にはヒットしないでしょう。
「心中天網島・時雨の炬燵」、近松門左衛門作、歌舞伎や文楽ファンならよく知っています。
炬燵の中でこの主人公情けなくなるくらい女房と恋人との間を気持ちがふらふら行きつ戻りつします。
これってでも300年前の戯曲ですよ。日本ってマッチョな武士ばかりじゃないんですね。現代人にも負けない優男っていたんですよ。顔はよくて女にもてても、からっきしダメな男。
誠実でブ男の私から見れば「けしからん!」
結局、切羽詰まって、恋人と心中。どう思います?
わたしも炬燵が恋しい
いまファンヒーターは回っていますが、足元、さむ~い。去年はホットカーペットで座卓に炬燵布団をかけて炬燵を作っていたが、炬燵布団は長年の使用がたたってぼろぼろ、牛の喉の奥から引っ張り出したようなぼろきれになった。綿はところかまわず飛出し、最早、いくらなんでも今年は使えない。ああ、炬燵が恋しい・・・いや、もとい、炬燵布団が欲しい。
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