2025年1月26日日曜日

オールドファッションド・ラブ

  数日前の夕方6時過ぎ、暗くなった駅前の広場を横切って駅へ急いでいた。駅への最後の横断歩道の手前がずいぶんと賑やかである。まず聞こえてきたのが、♪~しやわせは~あるいてこない~だっから、あるいてゆくんだね~♪、ワイ「うぅぅ~ん?」「何ごつぞいなぁ~?」耳に注意が向くと次々音が聞こえてくる。タンブリンを叩くシャカシャカ、ジャラジャラの曲に合わせたリズムが聞こえる。暗い中、7~8人が何やらパフォゥマンスをやっているようだ。そして叫んでいる、さらに耳を傾けると、ギェンパツ~ハンタァァァイ~~~~!と繰り返し叫び、シュプレェイヒコールを繰り返している。曲とタンブリンのリズムに合わせ、まるでヨイショヨイショの掛け声で、踊っているようにリズムに体を預けてノリながら。グループの何人かは長い旗指物の竿を持って立っているが、曲リズムに合わせ体を揺らしている。旗は読まなかったがやはりゲンパツハンタイを書いてあるのだろう。


 この人たち、新興宗教でもなく、奇をてらったパッフォオマンスをやっているわけではない。いたって真面目な、ある政党のサポーターたちである。というのも、同じ場所で、だいたいは明るい時、「原発反対」「戦争絶対反対」「地球環境を守ろう」というスローガンを掲げ、それを叫んだり、またビラ・チラシの類を道行く人に配布し、また署名を集めたりしているのだ。手渡されたチラシを読んだことがあるが、その政党名が書かれていた。またその中のオバサンはピンクの服が好きでいつも着ている。ショッピングモルのイートインコーナでよくお会いするので知っている。このグループの人々全員、少なくともワイ(かぞえドシ75でおます)と同じ歳か、実のところは数歳上とみている。まさに団塊の世代イコール後期高齢者である。

 この活動、同じ年代のワイから見ても、多少の陳腐さを感じないでもないが、決して馬鹿にしたり、嘲ったりするつもりでこの人たちを取り上げたわけではない。

 時を55年前の1970年に遡らせてみる。ワイは紅顔白皙(?)の青年、青春真っただ中の大学二年生、当時は学生運動が盛んであったが、田舎である地元の大学であったことや、ワイ自身、政治的目覚めにオクテだったこともあり、全国を吹き荒れた学生運動の大波に洗われ強い影響を受けることはなかった。しかし富の平等や人権を最も大事にする社会主義思想には親近感をよせ、初めての選挙権行使となった国会議員選挙ではマルクス主義政党に投票した。ある時、学生の政治集会に誘われたことがあった。学部は違ったがその勧誘の学生は顔見知りであった。ノンポリ学生と思われるのも嫌なので参加した。一方的な演説を聞く集会ではなく、各自がそれぞれ意見を戦わす円卓の討議会のような集会である。

 まず自己紹介から始まったが、もうそこからワイはしどろもどろ、何を言ったかも覚えていないが思い出すのも恥ずかしいことは確かである。そりゃそうだ政治や社会変革に何の信念も思想ももたないんだもの。それに比べ、社会主義、具体的にはマルクス主義の系譜を引く活動に参加している学生たちの輝くような鮮やかさに驚嘆してしまった。女子学生もいたが、どう表現すればいいのだろうシャープ?スマート?タフ?一騎当千の女戦士?、男子学生と議論しても一歩も引かない自分の立ち位置を明確にする主張は、威厳さえ感じた。本当にみんなみんな言うこともすがた形もカッコよかった。

 そして時は流れ令和七年の初春、あのすばらしかった討議会に出た学生たちはどうしているのだろう。もしや今夜の駅前のこのパッフォゥマンスにいるのだろうか。

 この駅前のパッフォゥマンス、「陳腐」とはよびたくないな、ワイの二十歳の頃、あこがれさえ覚えたんだから。同世代を生きたワイからすると「古風」とでも呼んだ方がいいだろう。「古風」にはワイがその時感じた懐かしさや愛着がこもっている。

 ふと、「オールドファッションド・ラブ」(古風なものへの愛着)という言葉が頭に浮かんできた。と同時に、目の前で流れている曲が水前寺清子の「三百六十五歩のマーチ」であったんだなと思い出すより先に、当時の深夜放送ラヂヲから聴いた「オールドファッションド・ラブソング」の歌が思い出された。

 懐かしいのでヨウツベでオールドファッションド・ラブソングを聴いてみました。

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