身内が今年亡くなったこともあり、元旦の初詣は忌むため、きょうの大晦日、亡き人の供養も兼ねて一番札所霊山寺にお参りしてきた。本尊・釈迦如来さんと十三仏さんに灯明と香をささげ、心経を誦し十三仏真言を唱えてきた。
もうすっかり正月の準備ができているようだ、山門には門松がたっていた。深夜、日が変わるころの参拝者のためだろうか、篝火の鉄製の台も用意されている(大麻比古神社へ初詣の人はこの前を通って、そう遠くない距離を露店などを見ながら歩く)。
身内が今年亡くなったこともあり、元旦の初詣は忌むため、きょうの大晦日、亡き人の供養も兼ねて一番札所霊山寺にお参りしてきた。本尊・釈迦如来さんと十三仏さんに灯明と香をささげ、心経を誦し十三仏真言を唱えてきた。
もうすっかり正月の準備ができているようだ、山門には門松がたっていた。深夜、日が変わるころの参拝者のためだろうか、篝火の鉄製の台も用意されている(大麻比古神社へ初詣の人はこの前を通って、そう遠くない距離を露店などを見ながら歩く)。
この暦本(運勢暦)は毎日、その日ごとの暦注(その日の公的な行事や暦上特に記すること)などが書かれているばかりか、曜日はもちろんのこと旧暦では何月何日に当たるか、十干十二支、九星、さらには六輝(六曜とも)、十二直、二十八宿など、数千年の伝統はあるが、多くの人は良く知らない暦日の循環呼称が細かく記されている。今では暦日の循環呼称は七曜(いわゆる日月火水木金土)しか知らない人が多数だが、昔は上記のように様々な循環呼称があったのである。そのなかでも六曜(六輝)の循環呼称はいわゆる大安、仏滅、友引・・などで割と知られているが。
160ページの暦本であるが、これが税込みで110円というから、その内容、ボリュームからすると信じられない安い値段である。十干十二支、九星、六輝、十二直、二十八宿などのいわれや意味なども分かりやすく説明されている。これらを知る読み本としてみても面白い。
先に説明したいろいろな暦日の循環呼称は、吉凶を知る手段として使われる。そのためこの高島暦は運勢暦とも呼ばれ、昔から運勢をしる占いの一種として、信じる人には買われ読まれてきたのである。
今日、私はそのダ〇ソーに足を運び、来年の暦本である運勢暦を買ってきた。毎年、買っているが、今日店に入って、この本が目に入るまでは、この内容ボリュームで110円で売るのはもしや去年(令和六年版)が最後かもしれないと思っていたのである。というのも、書店に並んでいる同じような厚さの「高島運勢暦」は800~900円はするのである。しかし去年と同じ110円ということで無事今年も購入できた。
私はこの暦本を運勢占いのために購入しているわけではない。占いなどとは関係のない純粋に暦上のことを知るためである。まず、新暦のある日が旧暦の何月何日に当たるのか、それがわかれば月の満ち欠け形、潮の満ち干も自ずからわかる。また春分などの二十四節季がいつに当たるか、これはかなり詳しく書いてあって、日どころか、何時何分に二十四節季の黄道上の位置を通過するかも書いてある。
天文現象の記載も見逃せない、特に月食や日食があれば、月食は旧暦の15日、日食は1日に必ず起こるので本年の暦本を買うと必ずチェックする。ところで旧暦の各月にも大の月小の月がある(大30日と小29日)が、固定した新暦と違って、旧暦では何月が大小の月になるか、この暦本を見るまではわからない。だからこの暦本から旧暦の月の大小を知るのである。
また旧暦独特の「閏月」にも注意を払う、二十四節季の「中気」を含まぬ月が閏月となることがわかっているが、実際に今年のを見るまでは私はわからない。ちなみに来年・令和七年の旧暦では「閏六月」がある。つまり閏を含む六月が二回あるわけである。ちなみに来年の新暦7月25日が旧暦閏六月一日となる。これもこの暦本からわかる。以上のような理由から私は毎年高島運勢暦(暦本)を買っているのである。今は書店などで購入する暦であるが、明治以前、旧暦で暮らしていた時代は、年末になると暦売りがあらわれ町中を声を上げて売って歩いた。左は江戸職人風俗絵の「暦売り」
昨日新聞のローカル紙に徳島市丈六寺山門の紅葉が綺麗ということで写真とともにその紹介が載っていた。例年よりおそい紅葉で、最終の鑑賞に本日バスに乗って見に行ってきた。
この寺の三門は県内最古の木造建築物で室町期の建築である。
ワイらの世代で、寒ぅ~い冬の夜、銭湯帰りの二人(恋人)を歌ったフォークは?と聞くと、百人が百人とも答えるのは、かぐや姫の『神田川』であろう。
♪~貴方は もう 忘れたかしら赤い手拭 マフラーにして
二人で行った 横町の風呂屋 一緒に出ようねって
言ったのに いつも私が待たされた 洗い髪が
芯まで冷えて~♪
しかし、私は神田川を第一には思い浮かべない。神田川の歌は昭和48年9月にリリースされているが、その1年半ほど前に(昭和47年4月)に発売されたあがた森魚の「赤色エレジー」のシングル盤のB面に入っている「ハートのクイーン」を真っ先に思い浮かべる。
♪~ポッケに石鹸一個入れ 軽石手ぬぐいぶらさげて
君の細い影踏めば お風呂上がりの 寒い道~
B面であることもあり、今では、ワイらの世代でも知る人も、ましてや歌う人も、ワイ以外はいないだろう。今夜のような寒い夜、銭湯上がりで帰る道すがら、この歌を歌っている。歌詞の内容とは違って、一人暮らしのジジイの銭湯帰りだが、歌えばちょっぴりだけ半世紀以上前の青春時代の自分に帰った気がする。
その歌を下に張り付けておく
独居老人であるワイ、生来のものぐさであったのに、気・体も衰えたジジイになってよりものぐさになった。お片付けもしんどくなって、ほったらかし。家がゴミ屋敷になるのはいいとしても、なんぞエサはあさらにゃ命に係わる。去年くらいまでは朝メシをつくっていたが、それもしんどくなって、朝は手間のかからない買い食いか店屋物である。
バァガのファストフド店、某牛丼屋の朝定食などへ行くか、朝メシになるような出来合いの食品をスゥパで買って食べている。それでよくお世話になっているのがスゥパのイートインコゥナである。ワイがよく行くイートインコゥナのある某スゥパはうれしいことに24時間営業である。ただし、イートインコゥナは深夜12時から6時までは使用禁止となっている。今朝も朝7時過ぎにイートインコゥナでかけてサンドゥウィッチを買い、備え付けのドリップコーヒメェカでコーヒを落としそれで朝食を済ませた。
午前6~7時ころ行くと常連のジイやんやバァやんが何人もいる。まぁ、ワイと同じような独居老人かな、と思うが、フーテンの寅さん風に言えば「そうかそうか、意地の悪い嫁や息子に冷たくされて居場所がなくてここへきたのか」のセリフのように、家に居り辛いジイやんバァやんもいるかもしれない。このように書くとなんだか侘しげぇなイートインコゥナに見えそうだが、元気そうなジジババが何人もあつまってワイワイガヤガヤやっているので、そんなことはない。またこのスゥパの方針だろうか、3人もいる掃除係りのジイやんバァやんがせっせと朝から掃除しているので、イートインコゥナは隅々まで清潔である。もちろんトイレもきれいである。イートインコゥナで朝食をとる人ら、せいぜい500円びゃぁのモノしか買わんのになぁ。全くよぉ~できたスゥパやわ、儲けを度外視して老人社会福祉の一環に貢献してる。表彰されてもエエんとちゃうか。
先日、ここでサンドゥウィッチとコーヒの朝食をとっていると、隣の机に突っ伏してグウスカ寝ていたジイやんが(この人も常連はん)、ムクッと突然起き上がりワイの方を向いて、「すまんけどなぁ、セコぅてたまらんから、救急車よんでくれへんで」というのである。唐突なのでちょっと驚いた。救急車を呼んでくれと言いうのだからかなり苦しいのだろうし切迫しているのだろう。直接ワイの携帯から連絡することも考えたが、スゥパのイートインコゥナであることも考慮して、すぐスタッフの方を探し、スゥパから連絡してもらうことにした。店長らしき人がその人に問いかけ、救急搬送を依頼し、10分ほどで救急車は到着した。そのじいやんをストレッチャーに載せ救急車に乗せたがそこから救急車はなかなか出発しない。ワイがそのスゥパを出る頃になってもまだ停まっていた。もう乗り込んで15分は経っているだろう。一体どうしたのだろう。
翌朝、そのスゥパのイートインコゥナに行くと、なんと!そのジイやん、昨日と同じ机に突っ伏して寝ていた。