2024年3月5日火曜日

桜の花びら

  一日過ぎればこうも違うものか、昨日はうららかな春日の一日だったのに今日は未明から雨が降る。昼が過ぎてなおも降る。雨の一日だ。陰鬱な天気に同調するように体調は良くない。

 昨日の徳島城公園の助任川ぞい、満開の蜂須賀桜を愛でる人でにぎわっている。


 老いて朽ちた私は自分にふさわしく、下をうつむき、見棄てられた落花をこっそり見て歩く


 助任川に落ちた桜の花びらは、蛍のように淡い光を水面にきらめかせ、流れていく


2024年3月4日月曜日

椿園と大菩薩峠

  三月三日友人と一日のドライブに出た。出る時はどこへとも決めず、車中で気が向いたところに行くことにした。今日はひな祭り当日ということもあり、讃岐の引田のブギウギひな祭りはどうかとも考えたが、日曜と三月三日がかさなり車も人も混雑が予想されるのでやめた。それに五日前に坂本のひな祭りみたので、もうひな祭りはいいわ、ということであった。

 季節の花を見に行くということでは、梅と椿が考えられるが、私の好みで椿を見に行こうということになった。阿南市橘湾の山にある「椿自然園」を目的に定めた。ここは小ホテルもあり、宿泊もできるが、昼のランチ、そして展望露天風呂も利用できる。大勢の客で混雑するのを恐れていたがついてみると、人少なで、ゆっりと椿園の散策、そしてお昼のランチを楽しめた。

 周りの遊歩道にはたくさんの椿が咲いている。椿の温室もあり黄色の珍しい椿もあった。




 ホテルで食べたランチ

 橘湾を見下ろす景色もよい(動画)

 


 そして帰りは、橘湾へいったのなら必ず帰りに寄ろうと思っていた喫茶店に寄った。その名も「大菩薩峠」、この喫茶店に私が初めて行ったのは20代の時であった。友人から変わった喫茶店があるから行かないかと誘われてのことだった。何せ喫茶店の建物自体が、マスターの手作りで、その特異な建築が当時から話題だった。手作りだから木造のログハウスっぽいものかと思うが、なんと、中世の城や要塞のように煉瓦で作るというから、恐れ入る。ガウディーよろしく完成は(私の若い時の時点で)はるか未来ということだった。当時から作りかけ感漂う建物だった。

 もう30年以上来てなかった。入る前によく見ると、確かに前来た時より建物が増殖している。



 ヨーロッパ中世の騎士物語の撮影をこの日本で、この建物を使ってロケができそうだ。

 

喫茶室の内部はまるでノートルダム寺院の屋根裏にいるよう。丸い窓が印象的だった。

2024年3月2日土曜日

少子化

  先月下旬に発表された厚生省の統計によれば一年間の日本の出生率は過去最低となったそうだ。こんな状態が続けばやがて日本人がいなくなるということもあり得る。なんとか女性が二人ないしそれ以上生んでほしいと思うのは自然だろうと思うが、こればかりは強制どころか、いうこともタブーである。


 数日前にDVDで「女王陛下のお気に入り」という映画を見た。18世紀初めに英国の宮廷を舞台としている。主人公は三人いるが、そのひとり英国女王アンが出てくる。彼女のセリフで、私はたくさんの子を流産したり、幼くしてなくした、と映画の中で言っていたので、史実ではどうだろうかとネットで調べるとなんと17回妊娠し、そのうち13人は流産あるいは死産、のこり4人も幼くしてなくなり十歳以上まで生きた子は一人もいない。なんと!もし現在のように産科医療が発達していれば彼女は17人も子を持てた可能性があるのである。可能性としては一人の女性が17人も子を持てるのである。

 私が子供の時はまだ子供が5人あるいはそれ以上いる家もあった、昭和10年代は二けたの子を持つ夫婦もいたとよく祖父母が話していた。まぁそんな時代もあったのである。もうベビーブームはこないのだろうな。日本は衰退一方になるのか。

2024年2月28日水曜日

ひなの里に行ってきた

  わが県の山間部にある勝浦町は「ひなの里」として観光PRに力を入れている。県内外から、不要になったため勝浦町に寄贈されたひな人形を集め、いろいろな場を設け、たくさん飾っている。寄贈されたといったが、最近は勝浦町まで寄贈者がもっていって、雛祭り始原本来の「厄」を流す、あるいは払うためといって、御祈祷料を払って引き取ってもらうそうだ(知人は5000円いったといっていた

 まぁそうやって集めたひな人形を街角のあちらこちらに飾って観光客の目を引いているが、大規模に集め、工夫をこらした展示にしているのは、道の駅横の「人形文化交流館」である。ただし街角展示と違いこちらは入場料が400円びゃぁいる。まえは銭やとらなんだのになぁ。

 で、今回は、以前何度もみている人形交流館の見学はパスして、まだ行ったことのない、そこより車で10分びゃぁ奥に入った坂本地区にある八幡神社のひな人形を見に行った。ここは誰が名付けたか「ひな社」というそうだ。この地区一帯に(家の軒、道の角などに)ひな人形の野外展示しているが、この日は寒く風も吹いていたので、神社会場以外は行かなかった。

 確かに「ひな社」と言われるだけある。ひな人形、ひな飾りなど満艦飾の飾りつけである。ド派手な神社じゃ。


 本殿前もこれ、この神前で乙女が(年齢はかんまん、結婚してないおなごシ)祈願すれば、ええ男シと結ばれ、願いが叶いそうなきがする。しかし平日もあってか乙女らしきおなごシもアベックもおらず、ワイも含めジジ、ババばっかじゃ。

 

境内もこれ




2024年2月26日月曜日

雀のお宿はどこじゃ

  先日、夕方になって晴れ渡り、木々に最後の残光が当たって消えるころ、人の背丈以上にのびた満開の山茶花の木の横を通ると、チュン、チュン、チュンとうるさくがさえずる声が聞こえ、山茶花の小枝や葉っぱがゆれている。みると雀が、密生した山茶花のなかにおそらく数十羽近くいるのだろう、外から中へ、また逆に中から外へと出たり入ったりしている。感じた疑問は、なんで山茶花の木に夕方になってたくさん群れているのだろう、ということである。ふつうに考えれば、夕方になって(一般的な鳥は夜は夜目が効かないから)ここをねぐらとして帰ってきて、群れて騒いでいるのか、とおもうがそんな単純なものだろうか、この山茶花の木は駅舎に寄せられて植えられている。そんなところが果たして雀ちゃんのねぐらとなりうるのだろうか。本格的なねぐらへ帰る前に、中継地あるいは仮の集合場所としてこの木が選ばれたのではないか。

 こゆうときネットは便利である。しらべると中継地でも仮の集合場所でもなく、まさにここが雀のお宿だったのである。この山茶花の木、ピンクの八重の大輪の花が五月蠅いくらいたくさん咲いている(乙女サザンカというらしい)。雀ちゃん、なかなかしゃれたねぐらを見つけたものである。そういえば「雀のお宿はどこじゃ?」といいながら雀のお宿をたずねる日本昔話があったっけ、ありゃ、なんだったんぞいな、あぁぁぁ、思い出されん!やっぱりネットで「雀のお宿はどこじゃ」といれると、でた、「舌切り雀」じゃ、こんなんもおもいだされんかったわ、ボケが進んみょぅわ、小ンまい時は頭にこの題名、焼き付いとったはずなのになさけなぁ~~~。

2024年2月24日土曜日

鳴門・島田島の展望カフェ

  瀬戸内国立公園の中でも特に優れた景色・展望の場所が鳴門島田島にある四方見展望所である。このところ数日間、雨もよいのうすら寒い陰鬱な天気が続いていた。今日は午後から久しぶりに太陽が顔を出した。しかし明日はまた雨の日となりそうである。そこで昼から友人を誘って車で四方見展望所を訪れた。

 まず四方見展望所の鳥観図を見てもらおう。このようなところである。瀬戸内海を小さくして入れ子にしたようなウチノ海が眼前に見え、北方には鳴門海峡鳴門大橋が見えている。


 展望所の駐車場は車の数より、バイクの数が多い(それも大型)、ライダーは中年から老年が多く、ツーリング仲間でなくても談笑しながら、みんな楽しそうにくつろいでいた。


 展望所には小じゃれたカフェがある。店名は「せとうちフードアート」と読める。


 そこへ友人と入った。一階フロアは展望カフェになっていて、コーヒーとスイーツ二人分(約1800円)を注文して半時間ほどすごした。階段を上にあがると屋上テラスになっていて、360°の展望が楽しめる。


 屋上テラスから撮った動画もご覧ください。

2024年2月23日金曜日

2月23日ニュゥス雑感

 

 今日は天皇誕生日 
 現在世界には約二百の国があるが、君主国はその一割程度、18世紀の終わるまでごく一部(都市国家)をのぞいてほぼすべてが君主国であったが、近代世界史の展開として今まで残ったのはわずか30にも満たない君主国である。民主政治と君主制は合わないという人もいるが、これには私は疑問を呈する。イギリスを含めた北西ヨーロッパの国には君主国が多いが、どの国も世界のトップクラスの民主度であり、民生福祉の面でも世界をリードしている。君主制と民主制そして国民の幸福は共存できる。

 また私は文化・伝統を大事にする国柄であってほしいとおもうが、連綿と(世襲)によって続く王朝を持つ君主国は、君主制がその伝統・文化尊重の象徴的存在として、もっとも貴重な文化遺産となっている。

 「日本」という国号は遅くとも7世紀には成立していた。その時代からずっと天皇家は続いて今に至る、もちろん世界最古の王朝である。先にも言ったように君主制と民主制は仲良く共存できる。どちらの弥栄も望める。率直に今日は陛下の長寿と国の栄を祈りたい。

 株価がバブル以降最高値ってか!

 今はわずかな年金で余命をつないでいる哀れなジジイだ。株価などには関心がないし、またそれが浮かれ騒ぐようなことなのか、経済音痴の私にはわからない。この株価最高値というのは何を意味するのか。株価は景気と正比例するものだろうか?もしそうなら景気も非常にいいということになるが、そう単純なものではないだろう。新聞にはバブル期と違って今回は外国人投資家による影響が大きいと書いている。そのことはバブル期とくらべると景気への影響はマイナスとして働くのだろうか。

 ぶっちゃけた話、われわれ庶民の金回りがバブル期と似たものになっているのか、が最大の関心事である。よんべいつも行く銭湯でその話題がでたが、どの人も否定的であった。商売をしている人などは、あかん、悪すぎる(景気が)、と言っていた。銭湯で体を洗うように赤貧洗うがごときオイラの実感としたらワイの金回りはズンドコである。物価がおぶけるびゃぁ上がっとるのに年金は上がるどころか、もらい始めた60歳から比べると逆に下がっとぉがな、これは65歳から介護保険料・健康保険料を有無を言わさず天引きされとるせいだが、ともかく手取りがさがり、この物価高!わが財布は遠からず破綻するだろう。いったいどないすんねん  結論 〇株価は最高値だが庶民が実感する景気はイイとは言えない最貧層のワイらは経済的破綻のくらい底なしの穴に落ちそうである。

 山本陽子さんがなくなった 

 ワイの20代、30代の時に持ったイメージは「和服の似合う若妻」である。同じ姓の山本富士子さんと美人型タイプとしてはよく似ているとワイは思っている。山本富士子さん(92歳)は現在もお元気で時々マスコミにも姿を見せている、陽子さんもごく最近テレビでお見かけしたのに急性心不全ということで急死に近いご逝去だ(享年81)。歳が行ってからも映画「デンデラ」のうす汚たない老婆役や、テレビドラマでの悪役など、若い時のイメージにとらわれず芸域を広げ、今後の活躍も期待していたのに残念である。

 ワイが35歳になる時まで生きていた明治人のジイちゃん(祖父)はテレビで知ったのだろう、贔屓の女優の第一と第二は佐久間良子と山本陽子であった。二人とも和服の似合う(昭和の)美人であった。いま、ジイちゃんがよく言っていた山本陽子さんに対する顔判断を思い出す。「この人、美人じゃけんど、額が広い、こんな顔の美人は後家性(相手が早死にする)じゃ。」と。訃報に接し改めて彼女の記事(スポ紙)をみると、田宮二郎や沖田浩之とのロマンスがあったようである。田宮とは不倫状況下の恋愛、沖田とは21歳も年上でありながら熱愛から結婚かと噂されたが、両人ともなぜか自殺した。山本陽子はその後誰とも結婚はしなかった。そんな記事を見るとジイちゃんの顔判断も当たっていたんじゃないかと思ってしまう。また昭和が遠くなった。

 ご冥福をお祈りします。