2013年1月12日土曜日

老?

 
毎日の習慣、癖が顕著になり、それに固執する。

古いことは覚えているし、勉強もするがそれは過去の学問であり、最新の学問は学ばなくなる。


他にもっと便利で合理的なツールや手段があると人に教えられても、今まで馴れ使っていたものから容易に離れようとしない。


新しいチャレンジはしない。冒険などもってのほか


 どうです。思い当たる節はありませんか?何?ない!それじゃあ安心してください。

 「あなたは若い!」

 私などは皆あてはまるようになった。

 でもまだ自覚するだけでもマシかも知れない。自覚もなくなれば、いよいよ・・・・・

 約3年前、パソコンオフィス講座に入りPCのスキルを学び始めた。何せ最新の技術であるから、「老」とは程遠いと思っていた。その後、ブログも始めた。

 しかし、そのブログの作成がどうだ!最近の傾向は上記の4つの項目すべてに当てはまっているではないか。PCを駆使しているとはいえ「老」の特徴が色濃く出ている。

 じゃあ「若い」という特徴を出すにはどうすればよいか?言葉で言えば簡単なことである。上記の4つの項目と全く反対のことをすればよいのである。しかし「行い」は難し(かたし)である。肉体的な老化は仕方ないが「行い」だけでも「老」の特徴がでないようにしたい。

 フェイスタオルやチターにチャレンジしようかな。

おしらせ

 ネットを年度替わりくらいで止めようと思っていましたが、最低2年継続予定の使用料金の安いネットに乗り換えることにしましたので当分続けることになりました。

 乗り換えの選択はいろいろあったようですが、最安ではなかったようでちょっと早とちりで申し込んだかなと、後悔しています。

 Sさんの紹介の「価格.com」が一番得なようであとの祭りか、と詳細をよく見ると、過去6か月間にADSLを利用していてやめた人はキャンペーン割引対象外、と小さい字だがしっかり書いてありました。
 最安商品はそれぞれ一長一短があり比較が面倒で私などはわかりづらいです。

よく調べると安売りプランがあふれている、なぜか?


 ネットを見てるとバナー広告や頼みもしないのにひょこっとでてくるポップCMが出てくる。
 「ど~せ、怪しげでいかがわしい信用置けない広告だわ」
 と無視していたが、最近、各ブロバイダー会社のADSLのネット接続サービスの料金の安さを売るCMを見て、比較検討して、ちょっと驚いた。

 ADSLの月当たりの料金がずいぶん値下がりしている。以前ADSLに入って高いまま継続しているものが馬鹿を見ることになっている。悔しくて何とかしたいと思う人も多いのでは・・・と思ったりもするが・・・
 しかし、昔にそれしかサービスがなかったからショーコトなしに(特に電話線しかない田舎では)ADSLにはいった人は、最近の高速通信網の発達で、ここ数年以内にほとんどの人(特にネット利用が高い若者)は光などに乗り換え、そちらの料金体系になってるから、ADSLが上がろが下がろが屁とも思わないわな。

 さあ、それがいったいどういう状態を引き起こしたのか?考えてみたい。

 光ファイバー網が整備されれば旧来の電話線はなくなる運命であろうがそんなに近々にはなくならない。
 その一方、上述したようにADSLをやめる人が増えるし、また携帯や光網に乗った電話が増えるため旧来の電話線の「通信容量」が空いてがらがらになってくる。電車にたとえれば定員100人の車両に数人を乗せて運んでいる状態になっている。

 「ど~せ、空いて、空気を運んでいるなら、安くして乗ってもらおう」

 と考えるわな。空きに空いたガラガラスカスカの電話線にはADSLのための席はいくらでもある、特に8Mだの12Mだの低容量などはいくらでも入る。

 それが最近、驚くほど安売り攻勢をかけている各ブロバイダーのADSL商品だ。

 ところでADSLはあと何年ぐらい使用されるのだろうか。日本人は新しいもの好きで、かつ被統治能力(支配される能力ですぞ!)が高いから(これ皮肉ですよ)、お上の命令に唯々諾々として従う。一昨年の地デジ廃止を見るがいい、この日を持って廃止!といえばみんなひれ伏して従ったではないか、(旧来の受信機が使えなくなるのに)、外国だと反乱だぞ!

 こんな日本に住んでいるのだから、切り替わるときは急であることを覚悟しといたほうがいい。どうせそんなときまでADSLを使っているのは、ワイらみたいな高齢者やIT弱者、かろうじて安いADSLを利用してる貧困者など少数派の下層民だから、そいつらがどうなろうとIT業界はそれこそ

 『屁とも思わん』

2013年1月8日火曜日

苦情

 

 Jメイトでブログを作りはじめて2年以上になった。パソコンのクラスには20人ほどいてみんなブロガーのアカウントを取り、それぞれの個性的なブログを作り始めた。
 そして今、正確には2年3ヵ月後、ブログを継続しているものは数人になった。さびしい限りである。パコさんはパソコン教室を終了して一ヶ月で更新がなくなった。ワンピースさんは長く続いていたがそれもここ半年くらい更新されていない。

 みんなそれぞれ事情があるから、そのことについてとやかく言うつもりはない。私などは暇があるから毎日のように更新していたが、仕事や家庭そのほかの雑用に忙しい人はそれどこれじゃないだろう。
 多くのクラスメイトが更新をやめる中、今でも時々更新してくれる人があるのはうれしい。できるだけコメントも入れるようにして、今後も続いてくれることを願っている。

 私は毎日のように更新していた。といったがごらんになればわかるように最近は毎日の更新がなくなっている。何日も間が開くときもある。でもブログの作成数が減ったわけではない。ほかのブログを開いていて、そちらもトータルすれば数は減ってはいない。粗製乱造を続けている。

 ではなぜ、ブロガーの作成が減ったかについて。ブロガーにちょっと苦情を申し述べたい。

 よくトラブルがあるのは以前から承知だが、これは一時的なものでしばらくたつと回復していた。ところが、最近はトラブルというものではなく、ブロガーの機能が変わってきた。ブロガーの立場からはこれは改良というのだろうが、私にはブロガーでブログを書く意欲を減退させるものとなっている。

●以前のブロガーの容量は無制限といってもいいくらいに大きかったが、今は1Mを超えると警告が出てきてそれ以上の写真などはアップできなくなった。

●ブラウザのIEでは自分の持っているパソコン上のファイルからブログに写真等をアップできなくなった。(火狐やクロムはOK)

 ググルの会長が何でか今、世界でもっとも不自由でネットのネの字もない。あの困った国Kへのこのこ行っている。なんで~~~

 ググルもブロガーも鼻につきだした。

2013年1月5日土曜日

新春の話題を17文字に託して

 下手くそだけど久しぶりにイラストを描きました。これ何の魚と思います?

 ええ~い、皆の者、頭が高~~~~い!
 我こそは青森県、大間のマグロなるぞ!

 な~んだただのマグロか。
 いえいえただのマグロじゃありません。
 今日の東京築地の初セリでななな・・・なんと!一億五千数百万値がついたマグロなのです。
 言っときますけど一匹(222kg)ですよ。

 このマグロ、全身金でできてるんじゃないでしょうかね。
 マグロとはいえたかが魚、これが一億五千数百万とはわれら庶民感覚からはずれてますね。
 まあ、ずれようかなにしようが、ワイらの口に入るものでなし、ど~でもいいかもしれません。

 少しでも安い食材を求めて苦労する者もあれば、こんな魚を口にする人もいるんですね。

 不況といいながらこんな売買もあるんですね。

 江戸初期の俳句に

 鐘ひとつ 売れぬ日もなし 江戸の春

 というのがあります。鐘のようなめったに売れない高価な商品でも江戸では商売が成り立つんだから、平成の東京の築地で一億五千数百万のマグロが売れるのも、江戸の春なんですね。

 江戸っ子というのは貧乏人でも見栄を張って初物をありがたがってたとえ高価でも買う傾向があります。江戸時代初カツオなんかは、女房を質においても食うのが江戸っ子といわれてましたから、もしかしたら現代もこの高価なマグロ、庶民が無理して買って食べるかもしれませんね。

 でも見えや体裁で買う亭主を見る嫁の目はきついですよ。江戸時代の狂歌にこんな句があります。

 寒いとき お前カツオが 着られるか

 金もないのに着物を質に入れてまで、初物を食おうとする亭主に向かって嫁が詠んだ句でしょうか。
 無理して初物祝儀物を食べることもないですね。

2013年1月3日木曜日

出来島川冬景色

かっもめの~水兵さん
な~みにチャプチャプ浮かんでる

新年早々イチャモン・ボヤキ放談

今日のニュースより

冬山遭難

 年末年始にかけて20人近くが遭難だ。厳冬期の高山に登るのはそれなりの覚悟をしているんだろうな。
 なにぃ~。それなりの覚悟わしてるわ~。
 だと?それにしちゃあ、20人近くも遭難するとはどうなんだ?こんなに数が多いと、ハイキング気分でのお気楽な登山じゃないかと疑ってしまうわ。
 年末年始、雪山で探す者の身にもなってみろ。
 自己責任といううのは今、禁句になっているらしい。

ガキのスマホ普及率が37%

 結構なことかもしれんが、おつむやおぎょうぎの方もそれだけ向上しとんやろな。

円安87円

 インフレでけいきがよ~なるといってるが、恐ろしいのは物価が上がっても収入が増えんかったらどうする気だ。

2013年1月1日火曜日

めでたさもちう位なり

 今日、御挨拶や年賀はがきの文でどれくらい「おめでとうございます」という言葉が使われたのだろう。みんながほとんど確信を持ったように使うので、確かにめでたいのだろう。ワシはめでたくないぞ!という人もいようがまあ今日はそんな表現はしない方がいい。心の中にしまっておこう。それにしても考えるほどわからなくなってくる。めでたいとはどんなことなのだろう。

 そういえば今朝のニュースで競輪ロトで5億数千万の当たりくじが出たといっていた。7つのレースの一位をロトで当てるのだが全部あたってこの賞金をゲットした。これなどは気が狂うほどのめでたさになるのだろうか。

 子が生まれ、長寿になることもめでたいといわれている。なるほど。でもワイは子がおらん。そして長寿であるが、不健康で貧にせせられて長生きなどしとうもない。ということはおいらはめでたさなんど関係ない。いらん、ちゅうことか。

 同じ大晦日のニュースで隣の県のここからもそう遠くない宇多津で自動車事故で22歳と18歳が2人、17歳の男の子4人が死亡していた。なんともったいない。これから花も実もある人生があったのに。これは「めでたさの」真逆のことだろう。若者が早死にして、爺や婆が長生きしてどうする。

 あまり深刻に考えず、普段と同じ朝の元日が迎えられたことをもってめでたいとしよう。昼ごろ近くの小さな山まで歩いたが、風もなく太陽がたっぷり降り注ぎ、歩くと少し汗が出るくらいで、小高い山頂は気持ちよかった。下を見下ろしながら

 めでたさもちう位なりおらが春

 の一茶の句が浮かんできた。一茶もワイと似てるんかなぁ。
今日は元日なのでめでたそうな歌をご用意しました。2つを同時に聴き、この世のものとは思えぬ絶妙なハーモニーをお楽しみください。