2012年11月26日月曜日

事故で緊急外来へ

  佐古駅前を自転車で走っていた。雨が降っていたのと段差があるのが原因だろう。自転車がスリップしたかと思う間もなく、自転車ごと転倒。体をしたたかに打った。
 
  しばらく痛みで起き上がれない。起き上がる前から、かなりの怪我の予感がする。

  起きてみると、あちこちが痛い。手を見ると、左の中指が変な方向に曲がっている。
  人一倍、血を見ることや、事故の怪我を見るのが嫌いな私の驚き。御想像ください。

  うろたえまくり

  「どなんしょう、どなんしょう」

  「救急車だ!」

  なぜか携帯がつながらない。そう痛みはないので、少し冷静になった。佐古駅前なのでタクシーで県立中央病院緊急外来へ行った。

  レントゲンで見ると見事に指が外れて妙な方向に向いている。

  治療後はこんな状態

 精神的落ち込みもあるので、 しばらくブログもアップできないかもしれません。

 ところでブロガーは今日、急に1GB以上の画像がアップできなくなってます。なぜでしょう。(4枚のこのサイズの画像は拒否されます)そしてポップで有料ブロガー月300円のお知らせがでます)

 ブロガーはCMもなくよかったのですが無料のブロガーが1GBになるんだったら他の容量の大きいブログでアップします。
 2年ブロガーのお世話になったが、乗り換える潮時かなぁ~。ググルもどうしたんだろ。

2012年11月25日日曜日

高知へドライブ

 久しぶりに茶飲み友達と高知へドライブに行きました。一応、目的は高知美術館の「絵金」(江戸期の高知城下の絵師でおどろおどろしい役者絵を得意とする)の鑑賞です。しかし紅葉もついでに見るということで大歩危に寄りました。

 高知についてまず、日曜市を見て回り、市場でカツオのたたき定食を食べました。
 目の前で炙ってくれるカツオのたたき定食
 クジラとウツボの天ぷらも買いましたが、私はよ~食べなんだ。
 日曜市の通りの行き止まりは高知城の大手門なので高知城も見ました。
 そして最終目的地美術館へ
 下はまとめの動画です

2012年11月21日水曜日

助任緑地公園

 墓の敷地そのものが公園というのは珍しいのではないだろうか。ふつう、墓が緑の木々や芝生に覆われていても墓とかかわりのない市民が憩いの場所とするには、ちょっとビビる。

 しかしこの助任緑地公園はある一族の広大な墓地を公園にしている。もちろん墓はそのままでお祀りしてある。その一族とは江戸時代この阿波藩の藩主蜂須賀家の代々藩主と家族である。
 これだけ年月がたって、しかも阿波の藩主の墓という歴史財であるので、もはや墓という意識もないのであろう。

 蜂須賀家の正嫡は現代、絶えたと聞く。そうならこんな代々の大きな墓をお祀りする人はいまい。そのため公園にして国か市に管理、整備をまかせているのだろう。

 晩秋の静かな公園は小春日和の日もあってか、小学校や保育園の子供たちが野外学習をしていた。犬を連れた散歩者もいる。墓の台の芝生には『犬の糞をさせないように』との注意書きもある。
 糞はダメだが小便は仕方ないということか。見てはないが、中には犬が片足をあげて墓石にションベンをしていることもあるかもしれない。

 ともかく、ここは緑地公園であって、墓であるという畏怖、畏敬を伴なう意識は市民にはない。



 しょせん墓というものはこんなものではなかろうか。年月を重ね、代を重ねると、石で作られた墓であっても苔むし、彫られた文字も消え、祀る子孫も歴史の中に霧消していく。
 無縁墓から、ただの石へ、それさえも風化し、自然に帰って行く。それがあるべき姿である。

 インド渡来の本来の仏教はそんなことはわかっていた。先祖祀りについては本来仏教は関心がなかった。墓とか先祖祀りは仏教とは関係がない。

 公園を歩いているとこんな五輪の塔があった。私の見るところなかなか示唆に富むものであったので撮影した。
 下から、地、水、火、風、空、となっている。

 人はこの地球の岩石圏(土)と水圏(水)のごく薄い間で生まれる。旧約聖書なんかでは人は土と水とを練った粘土で作られたという。

 まさに人そのものが土と水、そして活躍するのは、地と水の空間。

 やがて朽ち果て死す。

 火によって元素に分解され

 その煙は風によって還元されていく

 そしてすべては『空』に返って行く。

 墓などいらないのではないか

鳥辺野に 捨てにし人の 跡たえて 
雲さえ 風にをくれ先立つ
書き付けし その名ははやく 消え果てて
たれとも知らぬ 古卒塔婆かな

2012年11月18日日曜日

中世を歩く その2 56億7千万年

 義政の時代西暦1467年に始まった応仁の乱より以降、全国は群雄割拠、各在地領主たちは勢力拡大を求めて争うようになる。いわゆる戦国時代の始まりである。

 もっともこの阿波の国では南北朝時代より(14世紀中期)南朝方武士と北朝方武士とに分かれあい争っていた。そのため有力在地領主の館は戦に向くように整えられていった。館は、砦になり、やがて自然の地形、川、谷、山、崖などを利用した山城へと発展していく。

 南北朝~戦国時代~秀吉政権時代~江戸初期まで同一の場所で規模を拡大しながら築城を重ねていった山城に一宮城がある。

 18日にその一宮城に行ってきました。広い山域に何とか丸、曲輪(くるわ)、など多くの城址の遺構があちこちに散らばるようにあるため、かなり歩きました。

 遊歩道は整備されていてこのような感じです。
 この城の発掘調査であるものが発見されました。これです。
 『経筒』?なんでしょうか。

 仏教でもキリスト教の最後の審判によく似た思想があります。

 死んでも極楽に行けず、霊魂がこの世にとどまり、成仏できぬ人でも、はるか未来に現れる『未来仏』にすがり、救済されるというのです。しかし、その時、仏の教えはすでに滅びてしまっています。その時の為に土中に経の入った金銅製の経筒を埋め、役立てようというのです。

 そのはるか未来に現れる未来仏の御名は『弥勒菩薩』。どれくらいの未来かというとなんと、56億7千万年の未来。途方もない未来です。

 説明板を読んでみましょう。
 もう11世紀には仏法は衰え、災厄が降りかかる末法の世になるといっています。この説明板では未来はいつとは書いてませんがそれが56億7千万年なのです。

 この城で戦いに明け暮れていた武士たちは、戦国乱世、まさに末法の世で、修羅道、餓鬼道、畜生道を苦しんでいたのでしょう。
 正しい行いをしようにも自分は武士、殺し合わなければなりません。死後、簡単に救われるとは思っていませんでした。悪業に引かれ、死後も輪廻転生を繰り返し、苦しみが車輪のようにいつまでも廻ると思っていたのでしょう。

 だからその輪廻転生が尽き果てるはるか未来、56億7千万年後に現れる救済仏、弥勒菩薩に会ったときのため経を埋めたのだろうと推測するのです。

 この場所から上の方、本丸までは動画を撮ってありますから、ご覧ください。

2012年11月17日土曜日

中世を歩く 勝瑞城跡

 今の日本の状況どころではない、その何倍もの国家的混乱、血を流す内乱が勃発。家の跡継ぎは決まらず、後継者が血肉の争い。自分より力も富も持っている嫁はんとは別居状態。

 一応、自分が政治のトップだから、毎日、処理しきれない問題が持ち込まれ、山積み状態。しかし、ほとんど対処できず、もうずっと昔から、無能のトップと、烙印をおされている。

 中世後期こんな男が日本にいた。その名を足利義政、室町幕府八代将軍である。彼は現実世界には無能の人であったが、文化、精神世界に生きた。
 餓死者・戦死者が満ちた洛中の死臭も気にならず、民の怨嗟の声も聞かず、ひたすら精神世界に生き、文化の創造を楽しんだ。

 今、こんな男に興味が湧いてきた。こんないやな俗世、雑事、家庭内のごたごたに囲まれたら、逃避したいのはわかる、わかるが、本当に心から精神世界に遊び、何か文化と呼べるモノにに昇華させる、などという芸当は普通はできまい。

 しかし彼はそれをやった。

 「自分もそうしたいと願う」

 昨日、人っ子一人いない公園の東屋でそんなことを考えた。
 この公園の東屋、こんなところである。

 むこうに何か建物が見えらますね。あれはなんだと思います?
 堀の手前から撮影してみた。

 ここまで近づいてこのように池のようになった掘割から眺めると、すぐある有名な中世の建物が連想されます。
 これが京都にあるオリジナルです。

慈照寺、別名銀閣寺。もちろん細部は違いますが、この公園の設計者もこのことを念頭に設計したのではないでしょうか。










 もっと近くで撮影しました。
 
 銀閣寺を建てたのは上記の男、将軍義政です。この場所、勝瑞城跡は彼の有力被官(管領)、まあ筆頭家来です、の細川氏のこの時代の根拠地だったのです。義政と細川そしてその居城(勝瑞城)、密接なつながりがあるのです

 そんな関連からこの史跡公園を整備するにあたってこのような銀閣寺様式を真似た建物を建てたのでしょう。

 話は前後しますが、ここ徳島の藍住の勝瑞城跡の東屋に坐って、あの男、義政について考えたのはこのような足利時代の様式を思い出させるモノを見たからなのです。

 動画も撮影しました。

2012年11月16日金曜日

今日のニュースから

 ここ数日どん底状態が続いている。

 ネットの動画ニュースを見ていると、衆院解散の映像が映し出された。解散すると宣言したところで間髪を入れず、皆さん、ばんざ~~い、はて、いったい何を バンザイするのだろう。

 私の見るところ、これは、もうどうしようもないから、『お手上げじゃ!』のやけくそバンザイだろう。 

 袋小路に入り出るに出られぬ息の詰まりそうな状態にある私も、もうどうしょうもない、お手上げじゃ、という意味で、やけくそバンザイをやってみた。

 気分はよくはなりはしないが、なんかアナーキーな笑いが(狂気の笑いと言った方がいいか)もれてきた。

 「あははは!なるようになれ!バンザイじゃ」

 どっぷりと、引きかえしもできない狂気に身をゆだねるのが楽かもしれない。狂気になるのは最終的な自己防衛の心理メカニズムかも知れない。

 究極の解決は、狂気か、自殺か、自己破滅かもしれぬと思いはじめた。嫌な世に住んでいるものである。

 さて、次のニュースは、自己破滅に身を置いた人である。

 よく見知っている某公共放送の有名アナウンサーが痴漢逮捕。

 この人がそうなのかどうかはわからないが、どうしようもない状態に置かれたとき、犯罪や社会的に許されない行為を行って、自ら破滅させることによって今の状態を突き破る人がいる。

 もうすぐ平成24年の最後の月、師走である。狂気、自殺、自己破滅に走る人が増えるんじゃないだろうか。

2012年11月14日水曜日

明後日解散?徳島県は大騒ぎ?

 まあ、私にとってはどうでもいいようなことなんだけど明後日解散とか言ってる。

 徳島はちょっと大変なことになりそうだ。

 徳島選挙区は3人の代議士を選ぶ、激戦区が多い。

 ところが年内解散、総選挙のお約束事が0増5減案。

 徳島がその5つの中に入り、定数が3から2へ、

 ただでさえ競争の激しいとこへ持ってきて、代議士が一人減る

 今、5人もいる(比例区もあるから)代議士先生は、えらいこっちゃ、えらいこっちゃ、よいよいよいよい。

 少数精鋭となってほしいが、どうだろう

 内心、まだまだと思っていた人が多い。それが俄かの解散。首相が明後日解散すると、明言するのは滅多にない。

 なんで、と思う。うそつき首相、と呼ばれるのにブチ切れたという説もあるが、私の見るところ、第三極の政治勢力がまとまるのを避けたかったんじゃないのか。

 師走は師(先生)が走ると書く。今月から来月にかけて、先生方がウロチョロしたり、走ったりする姿が見られるだろう。
  (定数減は今回の衆院選には適用されないとのニュースもあるが、どちらだろう)