墓の敷地そのものが公園というのは珍しいのではないだろうか。ふつう、墓が緑の木々や芝生に覆われていても墓とかかわりのない市民が憩いの場所とするには、ちょっとビビる。
しかしこの助任緑地公園はある一族の広大な墓地を公園にしている。もちろん墓はそのままでお祀りしてある。その一族とは江戸時代この阿波藩の藩主蜂須賀家の代々藩主と家族である。
これだけ年月がたって、しかも阿波の藩主の墓という歴史財であるので、もはや墓という意識もないのであろう。
蜂須賀家の正嫡は現代、絶えたと聞く。そうならこんな代々の大きな墓をお祀りする人はいまい。そのため公園にして国か市に管理、整備をまかせているのだろう。
晩秋の静かな公園は小春日和の日もあってか、小学校や保育園の子供たちが野外学習をしていた。犬を連れた散歩者もいる。墓の台の芝生には『犬の糞をさせないように』との注意書きもある。
糞はダメだが小便は仕方ないということか。見てはないが、中には犬が片足をあげて墓石にションベンをしていることもあるかもしれない。
ともかく、ここは緑地公園であって、墓であるという畏怖、畏敬を伴なう意識は市民にはない。
しょせん墓というものはこんなものではなかろうか。年月を重ね、代を重ねると、石で作られた墓であっても苔むし、彫られた文字も消え、祀る子孫も歴史の中に霧消していく。
無縁墓から、ただの石へ、それさえも風化し、自然に帰って行く。それがあるべき姿である。
インド渡来の本来の仏教はそんなことはわかっていた。先祖祀りについては本来仏教は関心がなかった。墓とか先祖祀りは仏教とは関係がない。
公園を歩いているとこんな五輪の塔があった。私の見るところなかなか示唆に富むものであったので撮影した。
下から、地、水、火、風、空、となっている。
人はこの地球の岩石圏(土)と水圏(水)のごく薄い間で生まれる。旧約聖書なんかでは人は土と水とを練った粘土で作られたという。
まさに人そのものが土と水、そして活躍するのは、地と水の空間。
やがて朽ち果て死す。
火によって元素に分解され
その煙は風によって還元されていく
そしてすべては『空』に返って行く。
墓などいらないのではないか
鳥辺野に 捨てにし人の 跡たえて
雲さえ 風にをくれ先立つ
書き付けし その名ははやく 消え果てて
たれとも知らぬ 古卒塔婆かな
2 件のコメント:
前にも書いたような気がするのですが、以前、派遣社員の時、同僚に蜂須賀という人がいました。正嫡の意味が解りませんが、お墓参りしてるのかな~?
人は死んでも魂になりどっかに行ってしまうという考えが大昔から定着しているように思うのですが、そうであれば何故墓なぞ作る様になったのか不思議です。たぶん死んだ人を忘れきれない人が創ったエゴの産物ではないでしょうか?もしくは埋葬したという物的証拠、または自分と他人に故人の死を知らしめ認め受け入れるための印みたいなものとか、いろいろと考えられますが、本人とか家族の好きなようにすればいいんではないでしょうか。でもこのような立派なお墓を作られた方の子孫の方は大変ですよね(^o^)/
蜂須賀という姓は珍しいのでその一族かもしれませんね。
まったくその通りで人それぞれ好きにすればいいと思います。昔は社会的に制約がありましたが今は自由にできます。いい時代になりました。
でも書いているように先祖からの立派な墓がある人は大変です。単なる石の記念とはできないでしょうからね。
インドの聖地ベナレスでは火葬後、ガンジス川に流すそうです。この五輪の思想に一番近い気がします。
実は私もそう願っているのですが・・どうなるかわかりませんね。
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