●北京五輪
直接知りもしないのに西側諸国のマスコミの尻馬に乗っているといわれるかもしれないが、中国の人権状況、人々の自由度を見るとき、私個人としては全く祝福する気にはなれない。「知りもしないのに、」と矛盾したことをいうようだが、あの国の(主に支配階級が中心だが)人々が求める歴史的な国家体制のあるべき姿(一昔前は「イデオロギィ」といったが)を考えるとき、日本を含め西側で指摘されている人権抑圧や自由度の欠如はさもありなんと思う。中国は今国家の隆盛期を迎えているようだが、秦の時代から大陸には巨大な王朝が興亡を繰り返してきたが隆盛期の時代、周辺国に対する態度はどれも同じ傾向がある。いわゆる中華を中心とした華夷秩序、具体的にゆうなら周りの中小国を朝貢国・子分の国としてみる、決して中国と対等ではなく一段と下に見る、というドでかい態度である。もう中国人のDNAに組み込まれているのかもしれない。このように対外的な他の国を差別するような態度は今も引き継いでいると私は見ている。そして過去の王朝よりもっと統治が進化したのは、過去の王朝は下々の民の把握がむつかしいこともあって、税を納め、反乱を起こさねば放任というところがあったが、今は一人一人の人民にスマホを持たせ、買い物決済、移動、もちろん通信・コミュもすべて国家がもれなく把握できる仕組みになっている。少しでも国家・社会に対する不都合があれば細大漏らさず握り管理・強制することができるのである。まったく恐ろしい国家・社会である。そこで、平和、自由、平等を基にしたスポーツの祭典なんど開かれるのであるからふさわしくないことこの上ない。
●英女王即位70周年
先日エリザベス女王が即位70年を迎えたそうだ。英国史上最長の君主在位だという。70年も君臨するのは英国史上だけでなく、世界史の君主たちでも(神話時代の君主は除くとして)史上最長ではないかと思っていたが、報道の新聞をよく見ると、上には上があるもので17世紀のフランスのルイ14世がそれを上回る72年の治世期間であるという。エリザベスさんは死ぬまで君主を続ける意向と漏れ聞くが、あと2年すれば世界史上最長となる。
●大雪
去年の11月前くらいだったが、ワイのブログでも書いたが、今年はラニィニャ現象(南米西方海域の海水温異常現象)が起こったので寒い冬、あるいは大雪の傾向があるらしいと。まさに2月に入って日本は北陸・北海道で大雪である。それも北陸の米原のあたりや札幌では一日当たりの降雪量が観測史上初めてというくらい多いという。今年の雪国の人の苦労は大変だ。そういえば北京五輪の会場あたりは冬はカラカラに乾燥して雪は少なく、本来なら雪が必要な五輪なんど開けないそうだが、そこは中国、大型の人口増雪機をたくさん稼働させて人工雪で競技場を覆った。日本は根性悪(コンジュワル)しない国なのでできれば大雪を分けてあげたい。ただし費用はそっちもちで。
●作家の享年
瀬戸内の出家バァサンが99歳、やたらとうるさい右巻きの慎太郎ジイサンが89歳、まぁ十分平均寿命を生き、多くの価値ある作品を残したのでワイとしては、そうおしぃなぁ~ちゅう感じはない、しかしつい先日聞いた「西村賢太」の訃報は大変残念に感じた。享年なんと54歳である。酒好きで、太目、中卒で様々な肉体労働を経験しつつ作品を書いての芥川賞受賞である、そして受賞会見で風俗へ行こうか云々などの型破りな話を聞いていて、私の好きだった中上健次をちょっと思いだす。中上健次も46歳で亡くなった。そして経歴も似通ったところが多い。中上の作品は大体読んでいたが、これからも面白いものを書き続けてくれると思っていたのに残念だった。中上がなくなったのが平成4年、彼のような作家はなかなか現れないだろうなと思っていたが、それから20年余りたち「西村賢太」があらわれた。彼も中上健次が受賞した芥川賞を受賞した。西村の受賞時の感想やそのあとのインタビューでの言説を聞いたとき中上健次とよく似た作家が出てきたと思い、いつかは読んでみようと思っていたが、その後忘れてしまいそのままになり結局作品は訃報を聞くまで読んでいなかった。訃報後図書館で彼の受賞作品「苦役列車」を探したが、何冊かある本はすべて借り出し中だった。予約も多いと聞いた、また落ち着いたらじっくり読んでみたいと思っている。
2 件のコメント:
西村賢太さんは、中上健次さんが亡くなってから、途絶えた日本私小説の伝統<無頼派>を引き継ぐ男だった。残念。
中上健次さんは、1946生まれ。和歌山新宮市で育つ。大学受験で上京する。全共闘や新左翼運動が盛んな時だった。新宿でのフーテン生活の後、羽田空港などで肉体労働に従事していた。喫茶店を書斎代わりにして執筆をおこなっていた。
1976年『岬』で第74回芥川賞を受賞。戦後生まれで初めての芥川賞作家となった。酒乱で、酔って暴れることもあった。1992年46歳病死。
1970年代、ある大学で中上健次の講演会があるということを知った。その主催者に友人がいたので、もぐりこんだ。講演会後の中上さんを囲んで、ちっちゃな店で話をしたことがある。中上さんは体格のいい人で、どんぶり鉢に日本酒を注いて、おまえも飲めと言われた。講演会料はそこの飲み代として全額置いていったそうだ。男前やなあ。
写真見ると、中上さんも西村さんも似てる。無頼派は長生きはしないようだ。それでこそ無頼派とも言える。
えぇ~っ、カルロスさん羨ましい。中上健次と酒を飲んで話をしたんですね。中上健次ファンの私としては、それは宝物のようなすごい思い出ですよ。タイムマシンでもあれば私もその場に行って、見て、聞きたかったなぁ。
ファンになる人が最初に読むのはやはり「岬」でしょうね、私もそうでした。最初は彼の文体に馴れずに読むのに気になりました。というのもそれまでに他の文豪といわれる作品を読んでどうしてもそれに慣れてたからか、彼の「岬」の文章はちょっと違和感がありました。型破りというのでしょうね。しかし読むに従ってこの作品はすごい力をもって私に迫ってきました。なにか外部に作用せずにはいられない人の心の奥底の情念の放射を文体に感じました。一介の小説に経やマントラ・真言のような「呪力」を感じるのはおかしいとは思いますが、そう思わせるような不思議な作品でした。
その後、主人公アキユキの物語がこの「岬」だけにおさまらず、前後の物語群が次々書かれていきましたが、どの小説も最初の「岬」が私に与えたインパクトを減ずることなく心酔して読んでいきました。今70歳を越えましたが、私の生きる力が衰えたようなとき、まぁそう頻繁ではないですが10年間に一度くらい、中上健次の熊野を舞台にしたこれらの小説群を読んで力を貰っています。だからもう5回くらいは繰り返し読んだでしょうか。
前も書いたかもわかりませんが私の大好きな作家は二人、三島と中上です。三島は理知的で整った美、人格神にたとえるならアポロンとすれば、中上は不合理な情念、欲望、むき出しの性、しかし人の心の奥の奥にあって生きるエネルギーの元、人格神にたとえるならディオニソス(バッカスとも酒神とも)でしょうか。
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