朝から雨、そして一日降り続くようだ。また降り込められる一日となる。そこで今日のブログは先日(14日)のブログで取り上げて印象に残った「消え去りゆく阿波の民俗芸能」から印象に残った下の芸能パッフォーマンスについて調べることにした。
上の写真は昭和43年秋、檜瑛司さん撮影、私がまだ17歳の時である。当時の私と違わぬ若者がこの躍動(右)のパホーマンスである。左の少年も同じ衣装なのでおそらく同じ流れの一環かと思うが、立膝になり手を広げるパッフォーマンスは勇壮なアメリカインディアンの戦いの舞に似ている印象だ。どちらも荒々しいパッフォーマンスである。
お祭りは若者の爆発的なエネルギが噴出する、おとなしい昔の日本人は普段はそのような爆発は抑えていたが祭りは別であった。多くの祭神は荒ぶる神の性格を持つ。人々は若者の力の迸りを大目に見たというのではなく、若者の荒々しさを荒ぶる神の憑依としてみて、むしろそれを鼓舞したという側面があるのではないか。特にこの神社の御祭神は八幡神(応神天皇)が主神で神功皇后(三韓征伐)もともに祀られている、いずれも戦いの神といってよい(そのため武家の棟梁源氏の信仰が篤い)。
祭神が神社から出てよそへ渡御するのには御輿(神体が乗っている)を担いで行く。祭神が乗った御輿であるにもかかわらず、しずしず行くというのは少なく、かなり荒い渡御が多い、他の御輿と出会うと御輿を担ぎながらのぶつかり合いとなり、他の御輿との喧嘩となる。荒々しい渡御、雄叫び、他の御輿との喧嘩、などに当時の若者の爆発的なエネルギを見、それが祭りのハイライトとなる。しかし私の好みとしては若い衆の御輿担ぎより、上のような個々の若者のパッフォーマンスを見る方が好きである。
神事にかかわる若者たちは裸体に近いのが多い。荒ぶる行を見せるのは裸体に近いほうが筋肉などの盛り上がりや、緊張した体躯などの見せがいがある。それに少年期から青年期に移りかわりつつある若者の体は美しい、古今東西、多神教世界では青少年の美を愛でることは一般的なことであった。またかなり有力な説として女神さんも「若い男の裸が好き」というのがあるらしい。この神社も八幡さんと並んで神功さんの女神さんが主神でいらっしゃるから、そういう見方も出来そうである。(中上健次の熊野小説の中に、木こりが誤って神の木である「榊」にションベンをひっかけるのがある、すると先輩が、はよ~チンポだしてみんなで山に向かって見せぃ、といって皆で一斉にズボンおろしチンポを見せる、そのわけも言っているが、山の神さんはオナゴやさかい男の裸がすきなんじゃわだ、といっていたのを思い出す)
上の写真の若者も身に着けるものは少なく裸体に近い。腰にさらしを巻いていて下半身はふんどしだけでほとんどむき出し(黒の脚絆はつけているが)、上半身もわずかな布が肩を覆うだけで、乳首丸見え、腕を上げていて飛び跳ねている若者はわき毛も見えている。勇壮な男らしいパッフォーマンスであるにもかかわらず、肩には大きな花飾りがあり、キューピィさんのお人形が何体か肩からぶら下がっているちぐはぐ感が何とも言えずよい。男らしさの中にも優しさ、かわいらしさを見てくれということか。
「由岐町史」を調べるとこの神事はそもそもは「大名行列」の槍投げを取り入れたものから来ているとある。「大練(おねり)」と称するようだ。平成21年に撮影されたその動画を見てみる。
先日はこれより新しい(2009年)祭礼の大練(おねり)はウェブ上で探せなかったがその後詳しく調べると同じおねりの写真が見つかった。下の写真である。2018年秋とある。なるほど大名行列の先頭部分のパッフォーマンスを取り入れたのがよくわかる。手前は「毛槍」そして向こうは大型の「褄折り傘」の畳んだものか。その奥にも白い毛槍がある。
すでに廃れているのではないかとの心配があったが、三年前にも行われているところをみると伝統は途切れずに続いていて安心した。しかしおそらく去年、そして今年はコロナ下で中断しているのではなかろうか。早く再開できる状況になってほしい。
私が気に入り、感激させたおねり神事ではあるが、その元となったオリジナルの大名行列の先頭パッフォーマンスはどんなものであったかさらに知りたくなった。というのもこのように祭礼のおおきな見せ場としてそれが取り入れられたということは大名行列の先頭のパッフォーマンスは江戸時代大人気であったに違いないと思うからである。江戸の庶民のやんややんやの大喝采のなか、行われ、見せびらかされてきたのであろう。そうでなければ今も各地の神社祭礼に大名行列の先頭のパッフォーマンスが多く取り入れられてはいないだろう。
江戸の人を楽しませた道中パッフォーマンスで今も残るもっとも有名なものは「花魁道中」であろう。金糸銀糸の絢爛豪華な衣装に漆の高こっぽり(台形の大下駄)を履き、ド派手な髪型にバカスカ髪飾りをつけ、お供を引き連れ大下駄で8の字を描きながら優雅に歩く花魁道中は今も歌舞伎で見られたり、或いは時々時代祭などで行われて大人気である。しかし江戸時代にこれが見られるのは吉原の廓内であり、老若男女身分も問わず多くの人が見て楽しめるものではなかった。
それに対して大名行列の先頭を行く「やっこ」のパッフォーマンスは誰でも見ることができ、また街道の庶民に見られることを意識してやっていた。「やっこ」の人数の多さ、そして大名家に特徴的な槍や毛槍、豪華な挟み箱は大名の格式を表すもので、また行列の先頭をいく「やっこ」が行うパッフォーマンス(これを「やっこぶり」というが)は大名の威勢を広く知らしめるもので特に大大名は競って行ったのである。
野性的な男の肉体美をみせつつ、アクロバット的な技で毛槍をさばき、あるいは手や足を大きく振りつつ歩くさま(その実、行きつ戻りつするためほとんど進まない)は江戸時代の庶民にとってまず見られぬ花魁道中よりずっと娯楽性の高い一般的な見世物であった。ここで疑問だが、先頭のやっこがそんなことをすりゃぁ、大名行列はどれびゃぁも進まず行き暮れて困るだろうと思われるが、まさか参勤交代の道中、のべつ幕なしに行うわけではない。宿場の中心地などの重要な場所、あるいは他の大名行列と行き会った時、ここぞという時に行ったのである。
17世紀の末、五代将軍綱吉の御世、江戸参府に行ったオランダ商館の医師ケンプウェルが西洋人の目でこの行列パッフォーマンスを見て記録しているのでその文を引用する。
「大名行列の武士団は黒の絹の服を着て歩き実に規則正しい見事な秩序を保ち、大集団であるにもかかわらず騒音も立て静々と行くが、これと対照的に槍持ち(挟み箱、日傘雨傘持ちも同じ)や駕籠かき(つまりやっこである)は衣服の後ろを非常に高くはしょっているので下半身はふんどし以外むきだしである。そしておかしいことに人がたくさん住んでいる町筋を通ったり、他の行列のそばを通ったりするときに、馬鹿げた歩き方、をすることである。この歩き方というのは、一歩踏み出すごとに足がほとんど尻に届くまで後ろに蹴り上げ、そして同時に一方の腕をずっと前の方に突き出すので、まるで空中を泳いでいるように見える。こういう歩き方の時に、彼らは飾りの槍や傘や日傘を二、三回あちこちに動かし、挟み箱も肩の上で踊っているのである。・・・そして膝をこわばらせたりして、こっけいな恐ろしさを装ったり、用心深い振りをしたりする。」
見せ場をつくり、どうだ俺たちはすごいだろ、とやるパッフォーマンスは『奴ぶり』といわれる。大名行列などは街道筋の庶民には迷惑だおもわれようが、それは宿場役人や本陣の役人にはそうであったかもしれない、しかし庶民はちがう。その「奴ぶり」を見ることは大きな楽しみであった。あまりにも面白く、見ごたえのあるみごとな荒事の(芸能で神業、神力、怪力のパッフォーマンス)一つとなったのである。そのため荒ぶる神事との相性も良く、江戸中期以降各地の神社の祭礼の中に取り入れられていったものと思われる。
その「奴さん」は特徴ある法被を着、そしてやっこ髭を蓄えているのが一般的である。子どもの時「やっこ凧」を上げた人はその絵でおなじみだろう。顔を隈どるようなやっこ髭は怪力、神力の象徴的意味合いがあるのだろう。江戸時代の正式な武士はまず髭など生やさない。そう、髭など生やす「やっこ」は武士ではないのである。「奴」すなわち「下僕」である。まぁそれはそうだろう、なんぼう大名家の格式や威勢を示すためとは言いながら、庶民の目を楽しませるためアクロバット芸人のようなことをするのは武士にはできない。「芸人」は江戸時代ずっと下に見られていたのである。下僕ならではのパッフォーマンスである。
下は現代、東海道筋の宿場町祭りで行われている「奴ぶり」である。さすがにやっこ髭は生ではなく墨で顔に描いている。ケンプウェルのいっていたような手足の動かし方をしている。パッフォーマンスのあいだはどれびゃぁも進まない。
江戸中期以降この「奴ぶり」は庶民に大人気だったのだろう。参勤交代が頻繁にある東海道筋やそのほかの街道筋ならわかるが、そもそもこのブログで取り上げたのは阿波の南方海岸部にある僻地の漁村の祭礼だったのである。そんな辺境の地にまでこの「奴ぶり」をまねた神事があったことはその奴ぶりの人気の隆盛を示している。
最初に示した白黒の写真の神事芸能は昭和43年である。この写真の青年も今は70歳近くなっているだろう。あとで調べてこの神事祭礼は現代も途切れることなく続いていることがわかった。カラー写真に見える(3年前)の中学生はもしかして昔槍投げ神事をした青年の孫かもしれない。このように世世をかさね神事は続いていくのだ。しかし今後もどんどん少子化、山村の過疎化がすすみ、そして近い将来、日本が移民社会に移行すれば各神社の神事どころか日本の神々の多くも死に絶えるかもしれない。
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